藍坂素敵な症候群

第二診「対症療法」-at peace×at many pieces- ②

 あまりのアッサリさに、何か裏があるのではないかとかんってしまう。すると素敵はこちらの表情を見て、さらにほおゆるめた。

 どこか──さびしそうに。


けいかいしなくてもいいわよ。あんたの言う通りだな、って今更気付いただけ。いくら前に進める可能性があっても、無関係なあんたを巻き込んでまですることじゃなかった……ううん、そもそも前に進める、っていうレベルの思いつきだったんだから。実際、冷静になればこんなに本気になって検査しようとしても意味なんてないのよね。かげるさんに乗せられちゃったのかしら」


 スポイトを体操服のポケットに仕舞いつつ、素敵は肩をすくめた。グラウンドの中央で顔面セーブを果たした男とそれを演出した女、その立ち話姿にはさっきから周囲の注目が集まっている。よく考えれば、さっきはみんなの前でこいつの頬をはさんでグリグリとかやってしまったのか。急にずかしくなってきた。

 素敵は足元のボールを拾い、くるりと身をひるがえしながら──自分の鼻の頭に指を当て、「ホントに鼻血出そうなら、保健室行ったほうがいいよ?」とおどけたように言った。

 そして授業に戻っていく。

 浩介は何も言葉を返さない。返せない。

 さらに、何もわからなくなった。


 あいさか素敵は、いったい、何を考えているのだろう?


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 学校が変わったとはいえ、授業の退たいくつさは同じだった。五時間目の授業を終えた休み時間、浩介が眠気覚ましに伸びをしていると、不意に前の席のながが振り向いてくる。


「ん、どうした?」

「いやー、ちょっと気になってさ。お前昨日、藍坂素敵に連行されてたろ? で、体育のときは何やら二人でニコニコないしよ話だ。何があったのかなって」


 連行とは実に正しい表現だ。だが体育のときのことについては全力で否定したい。もしあれがニコニコ笑い合っているように見えたのなら、ながそつせんしてレーシック手術を受けるべきだろう。

 ふと視線を動かすと、制服の上に白衣をった人影は今まさにふらりと教室を出て行ったところだった。トイレにでも行ったのだろう……彼女とは体育の後から一言も会話をしていない。する用事がなかったから当然だ。


「いや……別に何も。昨日のはたいしたことじゃない。体育のときは、ボールをぶつけられたから文句言ってただけで」

「何もってわけねぇだろ。気になるなー……なあ、つかはらさんも気になるだろ?」

「え?」


 急に話を振られ、となりの席のわずかにおどろいたように顔を上げる。優等生オーラただよう彼女もやはり昼休み直後のさいみん古文はそれなりにつらかったらしく、今までは机の上に立てた消しゴムやらシャーペンやらを指先で押して倒してはまた立てて、というようなことを繰り返してぼーっとしていた。子供じみたそのひまつぶしに、なんとなく親近感がく……授業中にも何度かそんなことをやっているのが見えたから、ただのくせなのかもしれないが。


「だから、昨日の。気になるよなー」

「えと……そうだね。あいさかさんとなにお話ししたの?」


 驚いたのはいつしゆん、伊万里も興味を示した様子で身体からだをこちらに向けてきた。


「まあ、いろいろ変な話をされたっつーか……ええと……」


 口ごもる。昨日聞いたこうとうけいな話をそのままこの二人に伝えるのははばかられた。転校二日目にしてデンパ系のレッテルをられてはたまらない。話をらすついでに、逆に二人に聞いてみることにした。大っぴらに部室があるのだ、質問しても別におかしくはないだろう。


「そうだ、かんゆう。部活の勧誘されたんだ。医術部っていう変な部活、俺は今まで聞いたことがなかったんだけど……どういう部活なのか、二人は知ってるのか?」


 あー、と長尾は合点がいったようにうなずき、どこかもごもごと、


「知ってるっちゃ知ってるけど……ぶっちゃけ、変わり者が多いこの学校の中でもぶっちぎりの変人集団だな。あんまり好き好んで近付くやつはいないと思うぜ」

「私は、あんまり知らない、かな。でもね、藍坂さんも他の人も、悪い人達じゃないと思うよ?」


 伊万里は微笑ほほえみながら、けれどこちらも何か言葉を選ぶように。


「ふーん……そっか……ま、勧誘は断ったから別にもういいんだけどな」


 そんな感じであいまいして話を打ち切ろうとしたとき、何かを思案するような顔つきになっていた長尾ががっしとこうすけの頭をヘッドロックしてきた。


「ぐお、何だ」

「悪いつかはらさん、ちょっと俺、こいつと男同士の話するから。びっくりするほどエロいやつ。とても学年のアイドルには聞かせられないからかんべんな!」

「しねぇよ!」

「私、アイドルなんかじゃないけど、え、えっちなお話……? う、うん、わかった」


 顔をぽっと赤くして、はそそくさと身を退いた。どこかぎくしゃくとした仕草で次の授業の準備を始める。


「しねえって言ってるのに……なんだよなが

「まあ聞け。小声で話せ。んで心当たりがなかったら聞き流してくれな。お前……あいさかてきに変な病気の話されなかったか?」


 心臓が跳ねる。ヘッドロックされながら、ぎょっとした視線を長尾に向けると、


「……やっぱりそうか」

「お前、知ってるのか……? あの、フェチがどうこうみたいな話」

「俺の他にも知ってるやつは知ってると思うぜ。誰もぺらぺら人前でしやべったりはしないけど、公然の秘密ってやつだ。医術部は急に変なフェチになるような病気を治してくれるってのは。でもまぁ、基本的には与太話だよ。本当に信じてる奴はひとにぎりだ」

「そ、そうか。だよな。あんな話……」


 そろそろ息苦しくなってきたので、こうすけは長尾のうでをタップする。だが離してくれない。もう一度首をひねって長尾の顔を見上げると、彼のほうも浩介の顔を見下ろしてきた。それからやはり小声で、


「なあぎり。こうやって友達になったのも何かのえんだ。他の奴に言ったことなんてないんだが、お前にだけ教えてやる。友達記念・二人だけの秘密だぞ」

「男同士で二人だけの秘密とか言われても、あんまりうれしくはないんだが……何だよ」


 すうしゆんの間があり、そして聞こえてきたのは、小声よりもさらに小さなささやき声。


「──簡単に言えば、俺は医術部の話を信じてる」


 きようがくの一言だった。浩介はまゆを寄せ、


「何でだ?」


 長尾は何かをじるように笑った。


「決まってるだろ。

「な」

「俺だけじゃなくて、他にもそれなりにいると思うぜ。誰も他人に話さないだけで……あー、でも実際に何があったのかは勘弁な。恥ずかしいから。知りたきゃあいつから聞けよ」

「本当、なのかよ」


 腕のロックが解ける。長尾は自分のの背もたれに身を預けながら言葉を続けた。


「まぁな。くわしいくつなんてのは全然わかんねーけど、自分がなんだかおかしな感じになって、それがあいつらのとこに行ったら治ったのは事実だ。だからいちがいに与太話として切り捨てるのはどうかと思うぞ、みたいなことを言いたかっただけ。転校初日に医術部部長殿どの本人がわざわざお前を連行していったんだ、俺的には何か非常事態のニオイがプンプンした」

「……そんなんじゃねぇよ」

「そうか? ならいいんだ。あ、もし何かのフェチになってもボーイズラブ系のだけはかんべんな。前の席に座ってる美少年のオシリをねらわれたら困る」

「安心しろ、その可能性だけはありえない。なぜならそんな美少年は存在しないからだ」


 あきれの息を一つき、それでながとの会話は終了。鹿な会話で受けたダメージをいやすべくとなりを見るが、彼女はまた、消しゴムを立てては倒しをぼんやりと繰り返しているだけだった。

 そのまなしがどこか苦しげなものに見えたのは、多分、こうすけの気のせいだったのだろう。


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「くそ、結局来ちまったぞ。もう来ないって決意が一日しか持たないとは……!」