藍坂素敵な症候群

第二診「対症療法」-at peace×at many pieces- ①

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 転校二日目の金曜日。

 登校したしゆんかん、いきなり夢のようなイベントが起こった。


「こ、これは……!」


 箱を開いた姿勢のまま、こうすけは固まる。眼前にあるのは自分のうわき。そしてその上にちょこんとった便びんせんのようなもの。これはもしや、アレか。アレなのか。転校してたった一日で、まさか、そんな……

 待て、何かおかしいぞと頭のかたすみけいしようが鳴ってはいるものの、興奮せずにはいられないのが男のサガ。ササッと周囲を見回し、人気がないのを確認。下駄箱のふたで隠すようにして、もどかしく便箋を開けて中の文章に目を走らせる。


『好きです。それはともかくこれは私のにおいです。いでね♪』


 キター! と思ったのは一文目までだった。二文目でまゆが寄り、三文目を読んだところで上履きの上に便箋以外のものも載っていることに気付く。四角く折りたたまれた、可愛かわいらしいハンカチだった。

 自分の匂いつきラブレター? つーか『好きです』の後に『それはともかく』って意味わかんなくね? とか思いつつ、そのハンカチを手に取ってみる──瞬間、


「クサッ!?」


 別にもうれつたいしゆうが届いてきたとかそういうわけではない。こうに入ったのは、もっとあからさまな……なんというか、そう、まるでのような……?


「……はっ!?」


 あわててハンカチを手放すのと同時、おんな視線を感じてばっと振り向く。下駄箱の列に姿を隠し、はんになってこちらをうかがっていたのは──

 白衣を着た、がらな人影。


「ちっ。なおに眠ってればいいのに……」


 舌打ちを残し、しゅっとその姿が消える。追いかける気力もなく、浩介は半眼でその場に立ち尽くしているしかなかった。

 オイ。何を考えてるんだ、あいさかてき……?


 一時間目が終わった休み時間には、トイレに行くちゆうの廊下にエロ本が落ちていた。


「……」


 しかも三冊。前門のとら、後門のおおかみなどという言葉が頭に浮かんだ。

 廊下のみぎはしにある雑誌では、似合わないスクール水着を着込んだ巨乳の女性が「私、先生となら……いいよ?」などと満面の笑みを浮かべている。左端ではフリフリの服を着たがらな女性が「お兄ちゃん、あそぼっ」などと上目遣いで縦笛を吹いている表紙。廊下の中央にはふくを着たみようれいの女性(最大限のえんきよく表現だ)が「いけません、主人の十五回という日に……!」と涙目でしなをつくっている。

 三匹の虎がもうれつな存在感を持って行く手に立ちふさがっていた。今すぐ回れ右をしたいところだったが、もし背後に無関係な女子生徒(狼役)がいればどうなるか。れ違った後で廊下のこれに気付き、「あの転校生、いきなりこんな多趣味な落とし物を!? フケツ!」となる可能性もゼロではない。新しい学校での生活はかいめつ的なスタートを迎えることになるだろう。

 となると、こうすけの選択は決まっていた。

 ごくり、とのどを鳴らしてから、浩介は三匹の虎(エロ本)へとまっすぐ歩を進め──そして普通に中央の雑誌をまたいで通り抜けた。もちろん未亡人マニアではないので心は痛まない。

 なんとなく予想はできていたが、さらに先にある廊下の曲がり角にはやはり白くちっこい影がある。家政婦は見た! みたいなポーズで角に張りついている女にジト目を向けると、


「ちっ……せいへき調査にも引っ掛からない……」


 などとつぶやいてその姿を消す。

 性癖調査か。昨日言っていた「検査させてくれない?」の続きがコレ……なのだろう、多分。こんなものに引っ掛かると本気で思っているのかどうかは定かではないが。

 てきを捕まえて問いただしたいところではあるものの、正直なところそれもまた面倒なことになりそうだ。だから浩介はいき一つで彼女を追うことをあきらめ、「誰だこんなものを持ってきたのは!」という教師の怒鳴り声を背後に聞きながら、つかれた足取りでトイレに向かった。


 二時間目の終わり。次の体育の授業のため更衣室に移動していると、今度は廊下のすみに机とそこにった段ボール箱の登場。横面に穴が開いており、「現金つかみ取り(うでまくりしてね♪)」などという張り紙があった。当然のように無視して歩を進めた浩介の背後、甘言にられたながが腕を突っ込んで、


「おいおいぎり、なに自然にスルーしてんだよ!? こんなステキイベント見逃せねぇだろ、豊かな学生生活を送るにはまずカネからだぜ! もらったぁぁぁーっ! お……あれ……待て、なんか、めつけられるーっ! 食われる、俺、食われる!?」

「……安心しろ。多分、血圧測定器かなんかが仕込んであるだけだ」


 浩介はもう周囲に視線をめぐらせることもしなかった。小さな舌打ちと、「もー。なんで血圧くらい測らせてくれないのよぅ……」というつぶやきが聞こえてきただけだった。無視。

 だが、それがさらにヤツの何かに火をつけてしまったのだろうか。

 次の体育の時間のこと。てきはついに実力行使に出た。


「あぶなーい!」

「ん? ……ぶっ!?」


 ミニサッカーに興じていたこうすけがその声に振り返ったしゆんかん、どこからか新たなボールが飛んできて浩介の顔面をちよくげきする。まぁ同じくミニサッカーをやっていたとなりの女子のフィールドから以外にありえないのだったが。そして浩介が振り返るのを待ってボールをってきたその犯人も一人以外ありえず、


「まあ大変! もし当たればと思ってやってみただけなのに、ラッキー……じゃなくて、これはホントに不幸な事故だわ! ていうか鼻血出た? 出た?」

「……オイ」


 今まで無視してきたが、さすがにそれはツッコまざるを得なかった。犯人は満面の笑顔で、しかも両手にスポイトをかかげながらダッシュで近寄ってきたのだ。


「なんだ。出てないのか……」

「なんだ、じゃねえ。朝から一体どういうつもりだよ!?」

「あ、朝? ええと、な、何のことー?」


 挙動しんに視線をらす。ほおを両手でがっしとつかんで視線を固定してやった。


「ほほう……クロロホルムで俺を眠らせようとしたことをもう忘れたと言うか、この女は」

「こ、こら、離ひなひゃいよ……違うわよ、そんなの使ってないわよ! クロロホルムとかエーテルですぐ人を眠らせることができるなんてのは映画の中だけの話で間違いで迷信で」

「んなこた心底どうでもいいっ。他にもずいぶんとくしゆな趣味のエロ本で俺をトラップにかけようとしたな? それからアホな血圧測定ボックスを作ったな?」

「さ、さぁて。身に覚えがないわね! いやもう全然!」


 目を泳がせながら言う素敵。どっと疲れが出てきた。浩介は肩を落としつつ、両手を離して素敵の頬を解放してやる。


「はぁ……」

「な、なにいきなりいきなんかついてんのよあんた。鼻血出そうなの?」

「スポイトを鼻にじ込もうとするな! まったく……なんでだ? なんでこんなことするんだよ」

「なんでって……それは、その」

「昨日も言っただろ。お前の話が本当だったとしよう。それで自分が病気になったとしても、俺は別にいいって言ってるんだ。俺の体質は俺の事情で、お前らの事情じゃない。はっきり言って、検査やら何やらに協力してやる義理はないぞ。あと当然だがシロウトのりよう行為ほどこわいものはない。かんべんしてくれ」


 一息に言う。にゃによー! と鼻をふくらませて反論してくる……かと思いきや、てきはその言葉に軽くうつむいていた。そしてすうしゆんちんもくを形作った後、


「……そうね」


 予想外の同意。わずかなおどろきをもって、こうすけは力ない笑みを浮かべた素敵の顔を見る。


「よく考えれば……そうかもしれないわ。これは私の、私達だけの、自分勝手なくつだった……かも。あまりにあんたの体質がめずらしかったから悪ノリしちゃったのかしらね。ごめん」

「お……おう」