明けの空のカフカ

第1章 空のない空の上で ①

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「今日こそお願い……お願い……」


 両手をからめてぎゅーっと目をつぶり、お願いごとのポーズ。スピーカーから流れ出したゆるい歌とは真逆に、わたしはしんけんそのもの。


『ララニ郡にお住まいの、ラジオネーム.お兄ちゃん軍団さん。【ヒリカちゃん、しゅまりちゃん、こんユク。この前の公開収録、最高でした。人気者になってもファンサービスを忘れない二人には頭が下がります。体に気をつけてこれからもがんってください】だって。ありがとー』

「なによ、あなた。わたしはライブに行けないどころか二人の顔も見たことないっていうのに、こんなひねりの無いお便りを読んでもらってぇ……!」


 ソファの上でにぎりしめたこぶしをわなわな。だけど落ち着いて、わたし。まだあきらめる時間じゃないよ!


『ハソン市にお住まいのラジオネーム.ちーちゃんさん』

「くっ。次!」

『カシギア市にお住まいのラジオネーム.波打つおなかさん』

「次!」

『というところでお時間なのにゃ』

『みんな、お便りいつもありがと。採用された方にはろしブロマイドをプレゼント。来週もどしどし送ってね』

『ばいにゃ〜ん!』

「ウワーーーーン!」


 はい、これで九連敗。フェードアウトするジングルといっしょに意識まで遠のきそう。

 わたしは「なんとなく」とう稿こうしてるそのへんのとう稿こうしゃとは信念もはくちがうのに、なんで!? パーソナリティーの二人がどんな姿をしているか気になるだけなのに!

 今回のお便りは五日かけて完成させた力作だった。一体何がダメだったの? 空の上からのおうは受け付けてなかったりする?


『この後のお天気です。シパーフ郡、晴れ時々くもり。東の風、のちに南東の風。予想最大風速は三メリル。夕方にかけて、急ならくらいやゲリラごうにご注意くださ……』


 ラジオのツマミをくるりと回して音量を下げた。天気予報なんか聞いたってほとんど役に立たないんだもん。むなしくなるだけだよ。

 だって起き上がって窓の外を見てみたって、そこに青い空なんてない。わたしに見えるのは岩のてんじょうにへばりついたけいこうきのこの群れと、作りかけのくらい──

 コンコンコン!


「うおーいカフカちゃん! 畑で使うひもがこんがらがったんでほどいてくれや! わしら老眼でなんにも見えんのよ」

「うわ出た」


 まどわくはしからにゅっと生えてきたつるつる頭。長老がいつものようにお手伝いようせいに来たんだ!


「えーっ。このあと聞きたい番組あるのに」

「録音したらいいじゃないの。先行っとるぞ」


 毎日こんな調子でじじばばたちのお手伝いをしていたら、一生かかっても外に出られる気なんてしない。

 だって今わたしを呼びに来た長老は今年七十二歳になるのに「カフカちゃんのためにあと百年は生きるぞ!」ってくちぐせみたいに言ってるんだもん。わたしのほうが先に死ぬって。

 もう、仕方ないんだから。ラジカセの横に積んであるカセットテープの山から一つをしセットして、長いかみを適当に結んだ。それからおじいちゃんのジャケットを羽織る。ぶかぶかだしそでもだいぶ長いけど、わたしの大事な宝物。

 おじいちゃんのにおいはもう消えちゃったけどね。



 わたしの名前はカフカ。十二歳。お年寄りばっかりのこのどうくつむらに住むゆいいつの子どもで、生活用品店を営んでる。同居人はゼロ、友達はたった一人といっぴき。ああ、自分で言っててむなしくなってきた。なんてつまんない暮らし!

 わたしが暮らすこの村は空の上、ゆうどうくつの中にある。四方八方を石のかべに囲まれていて、光源は自生してるけいこうきのこだけだからうす暗い。

 なんでこんな不便なところで暮らしているんだろうって、ここで育ったわたしですら思うよ。さらに不思議なのは、こんな村に二十人も暮らしていて、だれもここを出ていこうとしないこと。


「はぁーあ、いつか体からきのこでも生えてきそう」

「わふ?」


 ぼやきながら、きのこだなの周りをウロウロしていた長老の飼い犬をなでる。わたしの友達のうち『いっぴき』のほう。名前はダウ。


「結局最初のお願いついでに別の仕事まで手伝わされたの。人使いがあらいんだから」


 ダウにを聞いてもらって、それからうす暗い帰り道を一人でひょいひょい進む。

 ちゅう、雨水を引き込むための穴からちょっとだけ外が見える所があって、そこで足を止めた。そこから見えた空はさわやかな青色。まぶしい光に鼻がツンとして、気分がちょっと明るくなる。直接は見えないけれど、太陽はちょっと西にかたむいているみたい……。


「って、もうすぐバレンさんが来る時間だ!」


 どうくつの岩をくりいたり積んだりして作られた家々を小走りで通り過ぎていく。村のはしにあるうちのお店の前に着いたその時、耳をふさぐほどの金属音が村にひびいた。

 ギギギギ。村の入り口で大きな飛行船がシャッターが開ききるのをお利口に待っている。バレンさんの商船だ。

 シャッターが上がりきって、ぽっかり空いた岩の港に大きな飛行船が入ってきた。顔見知りの船員さんがせんから顔を出す。おーらい、おーらい、すとっぷー。お店のすぐ目の前に係留すると、中から他の船員のみんなもぞろぞろと出てきた。


「ようカフカ。元気だったか?」

「元気だよ! おつかさま、ジンさん」

「やっほー。今日はなにしてたの?」

「メリさん! いつも通りだよ。退たいくつしてたから、みんなが来てくれてうれしい!」


 船員は二十歳から五十歳までの男女六人。みんなわたしのことを気にかけてくれて、すごくいい人たち。いろんな話を聞かせてくれるしね。

 そして最後に降りてきた背の高いおばちゃんがバレンさん。この商船の船長さんなんだ。


「バレンさん、今日は積み込むきのこがいっぱいあるよ」

「そうか」


 バレンさんはむすっとしたままわたしの頭に手をぽこんと置いた。いつも無口であいだけど、実はすごくやさしい。こんな空の上まで商品を持ってきてくれるくらいだしね。

 ギギギギ。またシャッターが閉まっていく。もこもこの入道雲が見えなくなって、えのでも表せないくらいあざやかな色が、びたシャッターにりつぶされていく。

 それをぼーっと見ていたら、バレンさんがわたしの白いかみをくしゃっとした。


「積み荷を降ろすぞ。……終わったら船に来い。あいつらも楽しみにしてる」

「あ、うん!」


 バレンさんたちが来る日は、船員のみんなに外の世界の話を聞かせてもらうんだ。これがわたしの数少ない楽しみの一つ。

 最後にほんの少しだけ、せばまっていく空を目に焼き付けて、すぐに仕事にとりかかった。