明けの空のカフカ

第1章 空のない空の上で ②

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「じゃあまた明日の朝にね」


 みんなの「おやすみー」って声を背に船から降りて、『きょうはやすみ!』と書いた看板がかかった、うちの生活用品店に入った。今日も楽しい話をたくさん聞かせてもらっちゃった。

 わたしは物心つく前からこのどうくつむらでじめじめ暮らしてきたから、外の世界を見たことがない。だからみんなの話はどれもしんせんでキラキラかがやいて聞こえる。どこまでも広がる青空、季節ごと色とりどりの花がく平原、水がる小さなゆうじまが無数にある南の空……作り話じゃなくて、どれもこれも本当に存在するらしい。想像するだけでドキドキする。


「今日も一日平和でした、と」


 日誌を書き終えて、軽い足取りでガレージに向かう。

 ランタンを手に持ってドアを開けると、おじいちゃんの相棒がいつも通りにそこにいた。


「コチちゃん」


 つやつやの紅白ボディがランタンの光をぴかりと反射して、まるで返事をしてくれたみたい。

 ちっちゃな二人乗り飛行機、コチ三〇六。おじいちゃんは「こいつ」とか「コチ」って言ってわいがってた。

 バレンさんが持ってきてくれた新しいバッテリーをつなげて操縦席に乗り込み、無線機をいじくる。ノイズが消えて、ぱっと明るい声がひびいた。


『カフカ!』

「ノルン!」


 ほぼ同時におたがいの名前を呼んで、くすくすと笑い合う。

 わたしの数少ない楽しみのうち、もう一つがこれ! 同年代のゆいいつの友達、ノルンとこうしてお話しすること!


「一週間ぶりくらいかな。元気だった?」

『うん。ちょっといそがしくて。カフカも変わりない?』

「相変わらず毎日退たいくつでーす。今日はバレンさんたちが来てたからちょっと楽しかったけど」

『ああ、商船の人ね。今日はどんな話だったの?』

くうぞくをばったばったとなぎたおす最強の船長バレンさんの話」

『……実話?』

「だったらよかったんだけどね~」


 ノルンとは半年前に無線機をこねくり回してたらぐうぜんチャンネルがつながって、それで友達になったんだ。としはわたしと同じ。兄弟がたくさんいて、いつもいそがしいから毎日はお話しできないんだけど、できる日はこうして夜の九時ごろに通信をつなげるの。

 しゃべるのはあんまり得意じゃないって言うから、いつもわたしがたくさん話す。どうでもいいような話でもしんけんあいづちをうってくれるし、いっしょに笑ったりおこったりしてくれるんだ。


「やっぱりノルンと話すのは楽しいな。いつか絶対会いに行くからね」

『え゛!?』


 なにその反応。わたしに会いたくないの? 急に不安になってきた。


『い、いや、うん! ぉあ、たしも、会いたい!』

「……ほんとに? いやだったらなおに言ってくれたほうが」

いやじゃない、絶対! さっきはちょっとビックリしただけ!』

「そ、そう? ならいいけど」


 なんだか必死なノルンに押されて、さっきの声は忘れることにした。たまに勝手に変な声が出ることあるもんね。


『あの……でもその、カフカ。私ね……』

「なあに?」

『…………いや、なんでもない』

「えー気になる」

『ほ、ほんとになんでもないから! また話そうねおやすみ!』


 ぶちっ。一方的にまくし立てたと思ったら、通信が切れちゃった。

 なによノルンってば。なにかかくしてる? わたしは言いたいことがあるならはっきり言ってほしいタイプなのに。次に話す時に聞き出してやろ。

 ノルンとの通信を切ると、いつもさみしいくらい静かになる。なんとなく家に帰りたくなくて、操縦席に浅く座ったままこしをずるずるとだらしなく下げた。

 こうしていると、コチちゃんにきしめられているみたいで安心する。だんだんとまぶたが落ちてきて、意識が暗くて温かいところにとろんと落ちた。



 夢を見た。

 大好きなおじいちゃんが、まんの相棒を整備している。ボディをみがいて、油を差し、たまにようりょくそうどうさせて、ちょっぴりゆかからかせてみたり。かつての相棒をねぎらうような、やさしいまなざし。わたしに向けられるものと同じぬくもりがこもってる。

 カッコイイねぇ、なんて言いながらその周りをまわるわたしをきかかえて操縦席に乗せ、エンジンのかけ方、そうじゅうかんにぎかた、それぞれのボタンやレバーの役割をまんげに教えてくれた。正直、あんまり興味はなかったけど、楽しそうに話すおじいちゃんを見ているのが楽しくて、にこにこうなずいて聞いてたんだ。


『俺がこいつと出会ってどれくらいのころだったかな』


 この語り出しから始まるのは、おじいちゃんのぼうけんたん! 大きなりが語りをいろどる。いつもわくわくしながら聞いてた。

 冒険の続きを勝手に考えてみたりもした。話の中にちゃっかりわたしを登場させて、コチちゃんの操縦席にはおじいちゃん、後ろの席にはわたし。いっしょににじの輪っかをくぐったり、空から落ちてくるたきの源流を探しに行ったり。

 想像と夢の中なら、わたしはどこへだって行けるんだ。今でもおじいちゃんに会える。

 だけど、ベッドの中でえがいた物語が楽しいほど、夢から覚めた時にさみしくなる。


「ん……」


 はだざむさに体を縮こめる。うっかりこんなところでちゃってた。

 コチちゃんのつばさに置いたランタンのあかりはすっかり弱まっていた。完全に消えちゃう前に家にもどろう……そう思ってコチちゃんに足をかけ、ぴょんと飛び降りた、その着地のしゅんかん

 ガララン! 外から大きな金属音。そして外で窓が開く音がして、


だれだ!」


 声がひびいたの。バレンさん、かな。厳しい声。ちょっとこわいと思いつつ、様子を見に行こうとしたその時。

 ガレージのとびらばやく開いて、ひとかげが飛び込んできた。びっくりしてランタンをかざそうとしたら、そのひとかげは小さくおどろいた声をあげて、わたしめがけて走りだす。


「わぁ! だっ」


 だれ、って言おうとした口を『もちっ』とふさがれて、そのだれかはコチちゃんのかげにわたしを引きずりこんだ。だれ? 何しに来たの? もしかしてどうくつむらの人じゃないの? こわさよりもおどろきとこうしんがあふれてきて、質問をするために口をふさいでいるみょうにもちもちした手をはらいのけようとする。


「シーッ! たのむ、絶っ対に危害は加えないからかくまってくれ!」

「ふが」


 わ、なんか悪役みたいなこと言うね、この人。それに声が若い男の人っぽい。やっぱりこの村の人じゃないんだ。

 どうしよう。本当に悪い人なのかな? わたし悪い人に会ったことがないから、悪い人がどんなことをするのか想像できないや。でもすごく必死にお願いしてるし、危害は加えないって言ってるし、助けてみる?


「おいだれかいるのか!」


 ガレージのとびらが開いてバレンさんの声がした。この人のことを探してるみたい。ちょっとなやんだけど、やっぱり人助けって大事だと思う。