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「じゃあまた明日の朝にね」
みんなの「おやすみー」って声を背に船から降りて、『きょうはやすみ!』と書いた看板がかかった、うちの生活用品店に入った。今日も楽しい話をたくさん聞かせてもらっちゃった。
わたしは物心つく前からこの洞窟村でじめじめ暮らしてきたから、外の世界を見たことがない。だからみんなの話はどれも新鮮でキラキラ輝いて聞こえる。どこまでも広がる青空、季節ごと色とりどりの花が咲く平原、水が湧き出る小さな浮遊島が無数にある南の空……作り話じゃなくて、どれもこれも本当に存在するらしい。想像するだけでドキドキする。
「今日も一日平和でした、と」
日誌を書き終えて、軽い足取りでガレージに向かう。
ランタンを手に持ってドアを開けると、おじいちゃんの相棒がいつも通りにそこにいた。
「コチちゃん」
つやつやの紅白ボディがランタンの光をぴかりと反射して、まるで返事をしてくれたみたい。
ちっちゃな二人乗り飛行機、コチ三〇六。おじいちゃんは「こいつ」とか「コチ」って言って可愛がってた。
バレンさんが持ってきてくれた新しいバッテリーをつなげて操縦席に乗り込み、無線機をいじくる。ノイズが消えて、ぱっと明るい声が響いた。
『カフカ!』
「ノルン!」
ほぼ同時にお互いの名前を呼んで、くすくすと笑い合う。
わたしの数少ない楽しみのうち、もう一つがこれ! 同年代の唯一の友達、ノルンとこうしてお話しすること!
「一週間ぶりくらいかな。元気だった?」
『うん。ちょっと忙しくて。カフカも変わりない?』
「相変わらず毎日退屈でーす。今日はバレンさんたちが来てたからちょっと楽しかったけど」
『ああ、商船の人ね。今日はどんな話だったの?』
「空賊をばったばったとなぎ倒す最強の船長バレンさんの話」
『……実話?』
「だったらよかったんだけどね~」
ノルンとは半年前に無線機をこねくり回してたら偶然チャンネルがつながって、それで友達になったんだ。歳はわたしと同じ。兄弟がたくさんいて、いつも忙しいから毎日はお話しできないんだけど、できる日はこうして夜の九時頃に通信をつなげるの。
しゃべるのはあんまり得意じゃないって言うから、いつもわたしがたくさん話す。どうでもいいような話でも真剣に相槌をうってくれるし、いっしょに笑ったり怒ったりしてくれるんだ。
「やっぱりノルンと話すのは楽しいな。いつか絶対会いに行くからね」
『え゛!?』
なにその反応。わたしに会いたくないの? 急に不安になってきた。
『い、いや、うん! ぉあ、たしも、会いたい!』
「……ほんとに? 嫌だったら素直に言ってくれたほうが」
『嫌じゃない、絶対! さっきはちょっとビックリしただけ!』
「そ、そう? ならいいけど」
なんだか必死なノルンに押されて、さっきの声は忘れることにした。たまに勝手に変な声が出ることあるもんね。
『あの……でもその、カフカ。私ね……』
「なあに?」
『…………いや、なんでもない』
「えー気になる」
『ほ、ほんとになんでもないから! また話そうねおやすみ!』
ぶちっ。一方的にまくし立てたと思ったら、通信が切れちゃった。
なによノルンってば。なにか隠してる? わたしは言いたいことがあるならはっきり言ってほしいタイプなのに。次に話す時に聞き出してやろ。
ノルンとの通信を切ると、いつもさみしいくらい静かになる。なんとなく家に帰りたくなくて、操縦席に浅く座ったまま腰をずるずるとだらしなく下げた。
こうしていると、コチちゃんに抱きしめられているみたいで安心する。だんだんとまぶたが落ちてきて、意識が暗くて温かいところにとろんと落ちた。
夢を見た。
大好きなおじいちゃんが、自慢の相棒を整備している。ボディを磨いて、油を差し、たまに揚力装置を駆動させて、ちょっぴり床から浮かせてみたり。かつての相棒を労うような、優しいまなざし。わたしに向けられるものと同じぬくもりがこもってる。
カッコイイねぇ、なんて言いながらその周りを駆け回るわたしを抱きかかえて操縦席に乗せ、エンジンのかけ方、操縦桿の握り方、それぞれのボタンやレバーの役割を自慢げに教えてくれた。正直、あんまり興味はなかったけど、楽しそうに話すおじいちゃんを見ているのが楽しくて、にこにこ頷いて聞いてたんだ。
『俺がこいつと出会ってどれくらいの頃だったかな』
この語り出しから始まるのは、おじいちゃんの冒険譚! 大きな身振り手振りが語りを彩る。いつもわくわくしながら聞いてた。
冒険の続きを勝手に考えてみたりもした。話の中にちゃっかりわたしを登場させて、コチちゃんの操縦席にはおじいちゃん、後ろの席にはわたし。いっしょに虹の輪っかをくぐったり、空から落ちてくる滝の源流を探しに行ったり。
想像と夢の中なら、わたしはどこへだって行けるんだ。今でもおじいちゃんに会える。
だけど、ベッドの中で描いた物語が楽しいほど、夢から覚めた時にさみしくなる。
「ん……」
肌寒さに体を縮こめる。うっかりこんなところで寝ちゃってた。
コチちゃんの翼に置いたランタンの灯りはすっかり弱まっていた。完全に消えちゃう前に家に戻ろう……そう思ってコチちゃんに足をかけ、ぴょんと飛び降りた、その着地の瞬間。
ガララン! 外から大きな金属音。そして外で窓が開く音がして、
「誰だ!」
声が響いたの。バレンさん、かな。厳しい声。ちょっと怖いと思いつつ、様子を見に行こうとしたその時。
ガレージの扉が素早く開いて、人影が飛び込んできた。びっくりしてランタンをかざそうとしたら、その人影は小さく驚いた声をあげて、わたしめがけて走りだす。
「わぁ! だっ」
だれ、って言おうとした口を『もちっ』とふさがれて、そのだれかはコチちゃんの陰にわたしを引きずりこんだ。だれ? 何しに来たの? もしかして洞窟村の人じゃないの? 怖さよりも驚きと好奇心があふれてきて、質問をするために口をふさいでいる妙にもちもちした手を払いのけようとする。
「シーッ! 頼む、絶っ対に危害は加えないから匿ってくれ!」
「ふが」
わ、なんか悪役みたいなこと言うね、この人。それに声が若い男の人っぽい。やっぱりこの村の人じゃないんだ。
どうしよう。本当に悪い人なのかな? わたし悪い人に会ったことがないから、悪い人がどんなことをするのか想像できないや。でもすごく必死にお願いしてるし、危害は加えないって言ってるし、助けてみる?
「おい誰かいるのか!」
ガレージの扉が開いてバレンさんの声がした。この人のことを探してるみたい。ちょっと悩んだけど、やっぱり人助けって大事だと思う。