明けの空のカフカ

第1章 空のない空の上で ③

 背後にいる人のうでをとんとんたたいて、ぐっと親指を立てる。そしたら口をふさいでいた大きな手がはなれたから、立ち上がってコチちゃんのかげからひょっこりと顔を出した。


「バレンさーん」


 わたしがのんな声を上げるとバレンさんはこわばった顔をゆるめた。かくごとをするのってなんだかドキドキする。


「カフカか……さっきの音もお前か?」

「ごめん、外の空気を吸おうとして。おこられるかと思ってあわててげてきちゃった」


 ちょっと言い訳が適当すぎたかな。


「夜なんだから気をつけろ。この村は音がよくひびくからな」

「はーい。ごめんなさい」


 よかった、うまくごまかせたみたい。「早くろよ」と言い残して出ていった。

 少しして、船の重いとびらが閉まる音。ドアからこっそり顔を出して辺りを見回す。……よし、もうだれもいない。村の出口のほうを見たら、村の外につながる非常通路のびたてっさくたおれていた。ガラランって音はこれのせいだったんだね。


「もうだいじょうだよ」とささやいてコチちゃんの裏を見に行く。弱ったランタンの光を向けると、ぼうぶかにかぶったなぞの人が下向きに持っている灰色の物体に目がくぎけになった。


「あ、知ってる! これてっぽうだむぐっ」

「シーッ。たないから静かに」


 なぞの人はてっぽうをホルスターに引っかけて立ち上がり、またわたしの口をふさいできた。こくこくとうなずきながらもわたしはてっぽうに夢中。手がはなれてからもじーっとこしに納まるそれを見てる。かっこいい!


「わたしもってみたいなぁ。はなれたところにかんを置いて、それをねらったりするんでしょ? しゃげきくんれん!」

きんちょうかんないやつ……音が鳴るだけのやくじゅうだよ」

「えへへ、それでもかっこいいよ」


 手でてっぽうの形を作ってバキューン! 笑いながら、その時初めてランタンに照らされたなぞの人の顔を見た。

 犬だった。わんちゃん。わんわん。毛むくじゃら。

 思考停止。笑ったまま固まっちゃった。


「…………え、え、え………………犬だ」

「……おう」

「しゃべってる。立ってる」

「まあ、見ての通り」

「…………なんで?」


 きゅるるるる。思考再開。犬がしゃべってる。立ってる。かぶり物? ……うーんちがうっぽい。ちゃんと口が動いてるし、たまに犬歯が見える。

 なぞの人(わんちゃん)が気まずそうに首をかいた。その時に黒くてもっちりとした手のひらが見えて、はっとなっとく


「あ、肉球だー! そっか手のひらが肉球になってるからもちってしてむぐっ」

「だぁから静かにしてくれ!」


 また口をふさがれちゃった。反省。


3


ちゃだよ」

「あ? ……どうも」


 とりあえず家に連れてきた。最初はけいかいしていたけど、家にはわたし以外だれもいないって言ったら大人しく付いてきたよ。

 石造り、というか岩をくりいて作られた、わたしとおじいちゃんのおうち。わたしの向かいに座った犬の人は、大きな指でカップをつまみ、顔に近づけて鼻をひくひくさせる。


「あ、そっかねこじた……いや犬舌?」

「ばかにすんなよ」


 軽くこっちをにらみながらマズルにカップを近づけてお茶を飲んだ。飲みにくかったら平たいお皿に移してあげようかと思ったけどだいじょうそう。

 向かいに座ってじーっと観察してみる。やっぱりどう見ても犬だ! すごいすごい。カリカリのトーストみたいなしばいろの毛並みに長いマズル、ぴんととがった三角耳に黒い目……あ、目は村長が飼ってる犬のダウと比べて、白目が多い気がする。

 なんで犬が立ってしゃべって座ってお茶を飲んでるの? もしかしてダウも大きくなったら後ろ足二本で立ち上がってしゃべり出すのかな。「カフカ、いつもわいがってくれてありがとう」って言ってきのこ畑のすみかくしてある大事な干し手羽先をプレゼントしてくれたりして。

 じーっと見てたらいやそうな視線が返ってきた。そっか、ちゃんとあいさつもせずにじろじろ見たら失礼だよね。


「わたしカフカ。ねえあなたの名前は? どこから来たの? 何しに来たの? なんでわんちゃんみたいな見た目なの? 男の子? こっそりかくれてたのはなんで?」

「まてまてまて」


 わたしの質問ぜめを手のひらを向けて止めた。また口をふさがれる前に口にチャックをする。


「俺の名前はハヤテ。さっきはありがとうな、カフカ」

「うん。どういたしまして」


 わたしはふふんと胸を張った。


「俺は配送局で働いてて、ここへは速達のらいを受けて来たんだ。急ぎの手紙だったのに、しゅうにほんのちょっとの差で間に合わなかったらしくてさ」


 それを聞いて、窓からちらりとバレンさんの飛行船を見た。だんの荷物や手紙はバレンさんが運んできてくれるんだけど、商船は週に一回しか来ないから、手紙をそこねたら一週間待たなきゃいけない。


「ふうん。そんなに大事な手紙だったのかな」

「多分な。手紙一通のために小型機飛ばさせるらいぬしなんて初めてだよ」

「飛行機で来たの?」

「そりゃそうだろ。このどうくつ、空の上にあるんだから」

「そういえばそっか!」

「おまえって変わったやつだな」


 それあなたが言う? って思ったけどだまって話を聞いた。どうくつの外に飛行機を係留して、非常通路の足場をたどって中に入ってきたはいいけど、うっかりボロボロのてっさくばしてバレンさんに見つかりそうになったんだって。

 中身の少なくなったカップにお茶を足して、「もっとお話ししてね」っていう意思表示をする。わたしもいっしょにお茶を飲んだ。きたいつものきのこ味。

 ハヤテはちょっとだつりょくして足を組んだ。くついているけど、中はどうなってるんだろう。足の裏にも肉球がついてるのかな。


「手紙一枚くらいこっそりポストに入れてとっとと帰ろうと思ってたのに、まさかこんなことになるなんてな」

「ねえなんでコソコソしてたの? ふつうに入って来たらよかったのに」

へいてきなヒト類の村に堂々と入れるわけないだろ。つかまってつるげられたらどうするんだよ」

「ヒト類ってなに?」


 ハヤテはきょとんとした目をわたしに向けて、それからゆっくりと指でさした。


「わたしのこと?」

「ん。祖先はさる。二足歩行のさきけ。少数人類のヒト類様。お前らのことだよ」

「そんな呼び方初めて聞いた! じゃあハヤテはヒト類じゃないってこと?」


 口のはしを引きつらせて「えっ」て顔をするハヤテ。なに?


「当たり前だろ。見ての通りイヌ類だ」

「イヌ類? 犬とちがうの?」


 きょとんと目を丸くしてハヤテが答えた。


「犬が立って歩くかよ」


 ということは、ダウは大きくなってもしゃべらないらしい。ちょっと残念。