背後にいる人の腕をとんとん叩いて、ぐっと親指を立てる。そしたら口をふさいでいた大きな手が離れたから、立ち上がってコチちゃんの陰からひょっこりと顔を出した。
「バレンさーん」
わたしが吞気な声を上げるとバレンさんは強ばった顔をゆるめた。隠し事をするのってなんだかドキドキする。
「カフカか……さっきの音もお前か?」
「ごめん、外の空気を吸おうとして。怒られるかと思ってあわてて逃げてきちゃった」
ちょっと言い訳が適当すぎたかな。
「夜なんだから気をつけろ。この村は音がよく響くからな」
「はーい。ごめんなさい」
よかった、うまくごまかせたみたい。「早く寝ろよ」と言い残して出ていった。
少しして、船の重い扉が閉まる音。ドアからこっそり顔を出して辺りを見回す。……よし、もうだれもいない。村の出口のほうを見たら、村の外につながる非常通路の錆びた鉄柵が倒れていた。ガラランって音はこれのせいだったんだね。
「もう大丈夫だよ」とささやいてコチちゃんの裏を見に行く。弱ったランタンの光を向けると、帽子を目深にかぶった謎の人が下向きに持っている灰色の物体に目が釘付けになった。
「あ、知ってる! これてっぽうだむぐっ」
「シーッ。撃たないから静かに」
謎の人は鉄砲をホルスターに引っかけて立ち上がり、またわたしの口をふさいできた。こくこくと頷きながらもわたしは鉄砲に夢中。手が離れてからもじーっと腰に納まるそれを見てる。かっこいい!
「わたしも撃ってみたいなぁ。離れたところに空き缶を置いて、それを狙ったりするんでしょ? 射撃訓練!」
「緊張感ないやつ……音が鳴るだけの火薬銃だよ」
「えへへ、それでもかっこいいよ」
手で鉄砲の形を作ってバキューン! 笑いながら、その時初めてランタンに照らされた謎の人の顔を見た。
犬だった。わんちゃん。わんわん。毛むくじゃら。
思考停止。笑ったまま固まっちゃった。
「…………え、え、え………………犬だ」
「……おう」
「しゃべってる。立ってる」
「まあ、見ての通り」
「…………なんで?」
きゅるるるる。思考再開。犬がしゃべってる。立ってる。かぶり物? ……うーん違うっぽい。ちゃんと口が動いてるし、たまに犬歯が見える。
謎の人(わんちゃん)が気まずそうに首をかいた。その時に黒くてもっちりとした手のひらが見えて、はっと納得!
「あ、肉球だー! そっか手のひらが肉球になってるからもちってしてむぐっ」
「だぁから静かにしてくれ!」
また口をふさがれちゃった。反省。
3
「粗茶だよ」
「あ? ……どうも」
とりあえず家に連れてきた。最初は警戒していたけど、家にはわたし以外だれもいないって言ったら大人しく付いてきたよ。
石造り、というか岩をくり抜いて作られた、わたしとおじいちゃんのおうち。わたしの向かいに座った犬の人は、大きな指でカップをつまみ、顔に近づけて鼻をひくひくさせる。
「あ、そっか猫舌……いや犬舌?」
「ばかにすんなよ」
軽くこっちをにらみながらマズルにカップを近づけてお茶を飲んだ。飲みにくかったら平たいお皿に移してあげようかと思ったけど大丈夫そう。
向かいに座ってじーっと観察してみる。やっぱりどう見ても犬だ! すごいすごい。カリカリのトーストみたいな柴色の毛並みに長いマズル、ぴんと尖った三角耳に黒い目……あ、目は村長が飼ってる犬のダウと比べて、白目が多い気がする。
なんで犬が立ってしゃべって座ってお茶を飲んでるの? もしかしてダウも大きくなったら後ろ足二本で立ち上がってしゃべり出すのかな。「カフカ、いつも可愛がってくれてありがとう」って言ってきのこ畑の隅に隠してある大事な干し手羽先をプレゼントしてくれたりして。
じーっと見てたら嫌そうな視線が返ってきた。そっか、ちゃんとあいさつもせずにじろじろ見たら失礼だよね。
「わたしカフカ。ねえあなたの名前は? どこから来たの? 何しに来たの? なんでわんちゃんみたいな見た目なの? 男の子? こっそり隠れてたのはなんで?」
「まてまてまて」
わたしの質問ぜめを手のひらを向けて止めた。また口をふさがれる前に口にチャックをする。
「俺の名前はハヤテ。さっきはありがとうな、カフカ」
「うん。どういたしまして」
わたしはふふんと胸を張った。
「俺は配送局で働いてて、ここへは速達の依頼を受けて来たんだ。急ぎの手紙だったのに、集荷にほんのちょっとの差で間に合わなかったらしくてさ」
それを聞いて、窓からちらりとバレンさんの飛行船を見た。普段の荷物や手紙はバレンさんが運んできてくれるんだけど、商船は週に一回しか来ないから、手紙を出し損ねたら一週間待たなきゃいけない。
「ふうん。そんなに大事な手紙だったのかな」
「多分な。手紙一通のために小型機飛ばさせる依頼主なんて初めてだよ」
「飛行機で来たの?」
「そりゃそうだろ。この洞窟、空の上にあるんだから」
「そういえばそっか!」
「おまえって変わったやつだな」
それあなたが言う? って思ったけど黙って話を聞いた。洞窟の外に飛行機を係留して、非常通路の足場をたどって中に入ってきたはいいけど、うっかりボロボロの鉄柵を蹴飛ばしてバレンさんに見つかりそうになったんだって。
中身の少なくなったカップにお茶を足して、「もっとお話ししてね」っていう意思表示をする。わたしもいっしょにお茶を飲んだ。飲み飽きたいつものきのこ味。
ハヤテはちょっと脱力して足を組んだ。靴を履いているけど、中はどうなってるんだろう。足の裏にも肉球がついてるのかな。
「手紙一枚くらいこっそりポストに入れてとっとと帰ろうと思ってたのに、まさかこんなことになるなんてな」
「ねえなんでコソコソしてたの? ふつうに入って来たらよかったのに」
「閉鎖的なヒト類の村に堂々と入れるわけないだろ。捕まって吊し上げられたらどうするんだよ」
「ヒト類ってなに?」
ハヤテはきょとんとした目をわたしに向けて、それからゆっくりと指でさした。
「わたしのこと?」
「ん。祖先は猿。二足歩行の先駆け。少数人類のヒト類様。お前らのことだよ」
「そんな呼び方初めて聞いた! じゃあハヤテはヒト類じゃないってこと?」
口の端を引きつらせて「えっ」て顔をするハヤテ。なに?
「当たり前だろ。見ての通りイヌ類だ」
「イヌ類? 犬と違うの?」
きょとんと目を丸くしてハヤテが答えた。
「犬が立って歩くかよ」
ということは、ダウは大きくなってもしゃべらないらしい。ちょっと残念。