「……コチちゃんも、ずっとここにいるの?」
おじいちゃんに置いていかれたっていう点では、わたしたちって似たもの同士かも。一人じゃこの村から出られないっていうところも。
もしもわたしが大人になって村を出ることになっても、コチちゃんはずっとここで暮らすのかな。ほこりをかぶって、色もくすんで、プロペラも回らないくらいクモの巣が絡んで……。
それってなんだか、すごく寂しいな。
「コチちゃんがもっと……こう、これくらい小さかったらさ、抱っこして連れて行ってあげられるのにね。それか逆に、わたしのことを乗せて……」
そこまで言って、わたしはぴたっと動きを止めた。
「…………」
頭に浮かんだ、ちょっぴり無茶な想像。
そわそわした気持ちで操縦席を出る。ランタンを持ってコチちゃんの全身を眺めて、それから視線をガレージのシャッターへと移す。シャッターの横幅は、広げた羽の先がギリギリ当たらないくらい。縦には余裕がある。
鍵を回し開けてそっとシャッターを持ち上げる。一歩外に踏み出す。くるりとガレージに向き直ると、外を向いたコチちゃんと目が合った。
「……わたしのことも、乗せてくれる?」
鼻先のプロペラが、首を傾げたみたいに小さく揺れた。
5
数日後。
いつものように注文の商品を戸棚に収めていく。可愛いパッチワークのクッションを作りながら、ソファに座るアリーさんが話しかけてきた。
「ビルくんと喧嘩したみたいね?」
ぎくっ。
「長老たちが悪いんだよ。わたしは悪くないよ」
「あらまぁ」
アリーさんは針をしまうとキッチンに向かった。わたしが仕事を終えた頃にお湯が沸く音がして、間もなくお茶の香りが部屋いっぱいに立ち込める。
「あ、きのこじゃないお茶だ! やったぁ」
「ビルくんから貰ったの。カフカちゃんとの仲をとりなしてほしいって」
「それっていわゆる賄賂って言うんじゃない? わたし何を言われたって許す気はないから」
「あらまあ。じゃあこの賄賂はお腹におさめてなかったことにしちゃいましょうね」
傾けたティーポットの先から澄んだ赤色の液体がカップの中にこぼれ落ちていく。湯気が鼻先に触れて、抱きしめたくなるくらいいいにおいがした。
「今日はクッキーを作ったの。プレーンと、チョコと、ジャムをのせたものと」
布の中から白いお皿に並んだクッキーがお目見えした。特別なお茶に美味しそうなクッキーを見せられたらいつもみたいにゆっくり食べていきたい気持ちになるけど、今のわたしは誘惑に負けられない理由があるんだ。
「美味しそうだけど、やらなきゃいけないことがあるから今日はお茶だけ飲んで帰るね」
「あら残念。それならクッキーは包んであげる」
やっぱりアリーさんはいつも優しいな。怒らないし、のんびりしてて大好き。でも、わたしがしようとしていることを知ったらさすがに怒るかな。
受け取ったクッキーを抱いてアリーさんの家を出ると、きのこ棚で作業中の老人一派を発見。その中にいた長老がわたしに気づいた!
「カフカちゃん! 注文したいものがあって……」
「紙に書いて置いておいて。今忙しいから!」
そう叫びながら逃げる。後ろから「許してあげなよー」ってじじばばたちの声が聞こえてきたけど聞こえないふり。わたしの言うことを聞いてくれない人のお願いなんて聞いてあげないんだから。
言葉で伝えても変わらないなら、行動で示すしかないんだ。かの有名な冒険家シア・アリムス氏も著書でそう言っておりましたので。
ね、おじいちゃん。
「船が出たあとシャッターを開けといてほしいぃ?」
うちのキッチンを煙まみれにする元凶、ジンさんが無精ひげまみれのアゴをなでた。
「なんでまた」
「えっと、たまには外の景色を眺めたいなーって」
「あー、それならダメ」
「なんでっ」
「鳥が中に入るかもしれないしな」
スパーっとタバコの煙を換気口に向けて吐き出した。
今日はバレンさんの船が来る日。荷物の積み下ろしはもう終わっていて、今日は一泊せずにもうすぐ出発するみたい。
商船の乗組員で自称すご腕操縦士のジンさんは、いつもタバコを吸うためにうちのキッチンにやってくる。この村って決められた場所以外は火気厳禁だから、ジンさんみたいなヘビースモーカーには地獄らしい。火がついていないタバコをちゅうちゅう吸っている姿が可哀想で、うちで吸っていいよって言ったらこっそり吸いに来るようになったの。お礼に本とかお菓子とかをくれる。
今日はお礼の品の代わりにお願いごとを聞いてもらおうと思ったんだけど、あっさり断られちゃった。でもすんなり引き下がるわたしじゃないもんね。
「ジンさん、わたしのささやかーなお願いごとさえ聞いてくれないだなんて、喫煙場所が無くなってもいいのかな?」
「薄情なこと言うなよ俺とカフカの仲だろ? またなんでも好きなもん持ってきてやるから」
「いらない。わたしは外が見たいの」
「でもばれたらバレンさんに何言われるか」
「それではうちは今日から禁煙です。今すぐタバコを消してくださいさもなくば顔に水をかけます」
「将来おっかねー女になりそう……」
わたしがひしゃくをチラつかせると、ジンさんは口元を左手で守りながら大量の煙を吐き出した。臭い!
「けほっ。受動喫煙はんたーい!」
「これ薬効のある葉っぱを巻いた体にいいタバコだから」
「うそだ! 煙をかけられたってバレンさんに言ってやろっと。お願いごと聞いてくれるなら黙っておいてあげるけど?」
ジンさんはうんざりした顔で一言二言文句を言って、最後に「わーったよ」とため息をついた。わたしの勝ち!
「でもバレンさんになんか言われたらすぐ閉めるからな」
「分かった! あと、ペトロ燃料を四百トル注文したいの。最近ボイラーの燃費が悪くて~」
「あ? なんだその量。てかそんなのメリに言えよ」
「えーと……そう、アリーさんにも頼まれたから多くなっちゃったの。ついでだしいいでしょ。ね、お願い」
面倒くさそうな顔のジンさんの腕をつかんで「お願いお願い」とゆさぶったら、しぶしぶオッケーしてくれた。
「ありがとー! ジンさんやさしー!」
「わーおじさんうれしいな」
ジンさんがタバコの火を携帯灰皿でもみ消して、ふざけた調子で笑う。
「こんだけお願い聞いてやるんだから、これからもここ使わせてくれよ?」
「もちろん!」
拳と拳を突き合わせて同盟の継続を確かめ合う。それと同時にドスの利いたしゃがれ声が勝手口の向こうから聞こえた。
「ジン! 出発するぞ」