明けの空のカフカ

第1章 空のない空の上で ⑩

「……コチちゃんも、ずっとここにいるの?」


 おじいちゃんに置いていかれたっていう点では、わたしたちって似たもの同士かも。一人じゃこの村から出られないっていうところも。

 もしもわたしが大人になって村を出ることになっても、コチちゃんはずっとここで暮らすのかな。ほこりをかぶって、色もくすんで、プロペラも回らないくらいクモの巣がからんで……。

 それってなんだか、すごくさびしいな。


「コチちゃんがもっと……こう、これくらい小さかったらさ、っこして連れて行ってあげられるのにね。それか逆に、わたしのことを乗せて……」


 そこまで言って、わたしはぴたっと動きを止めた。


「…………」


 頭にかんだ、ちょっぴり無茶な想像。

 そわそわした気持ちで操縦席を出る。ランタンを持ってコチちゃんの全身をながめて、それから視線をガレージのシャッターへと移す。シャッターのよこはばは、広げた羽の先がギリギリ当たらないくらい。縦にはゆうがある。

 かぎを回し開けてそっとシャッターを持ち上げる。一歩外にす。くるりとガレージに向き直ると、外を向いたコチちゃんと目が合った。


「……わたしのことも、乗せてくれる?」


 鼻先のプロペラが、首をかしげたみたいに小さくれた。



 数日後。

 いつものように注文の商品をだなに収めていく。わいいパッチワークのクッションを作りながら、ソファに座るアリーさんが話しかけてきた。


「ビルくんとけんしたみたいね?」


 ぎくっ。


「長老たちが悪いんだよ。わたしは悪くないよ」

「あらまぁ」


 アリーさんは針をしまうとキッチンに向かった。わたしが仕事を終えたころにお湯がく音がして、間もなくお茶の香りが部屋いっぱいに立ち込める。


「あ、きのこじゃないお茶だ! やったぁ」

「ビルくんからもらったの。カフカちゃんとの仲をとりなしてほしいって」

「それっていわゆるわいって言うんじゃない? わたし何を言われたって許す気はないから」

「あらまあ。じゃあこのわいはおなかにおさめてなかったことにしちゃいましょうね」


 かたむけたティーポットの先からんだ赤色の液体がカップの中にこぼれ落ちていく。湯気が鼻先にれて、きしめたくなるくらいいいにおいがした。


「今日はクッキーを作ったの。プレーンと、チョコと、ジャムをのせたものと」


 布の中から白いお皿に並んだクッキーがお目見えした。特別なお茶に美味おいしそうなクッキーを見せられたらいつもみたいにゆっくり食べていきたい気持ちになるけど、今のわたしはゆうわくに負けられない理由があるんだ。


美味おいしそうだけど、やらなきゃいけないことがあるから今日はお茶だけ飲んで帰るね」

「あら残念。それならクッキーは包んであげる」


 やっぱりアリーさんはいつもやさしいな。おこらないし、のんびりしてて大好き。でも、わたしがしようとしていることを知ったらさすがにおこるかな。

 受け取ったクッキーをいてアリーさんの家を出ると、きのこだなで作業中の老人一派を発見。その中にいた長老がわたしに気づいた!


「カフカちゃん! 注文したいものがあって……」

「紙に書いて置いておいて。今いそがしいから!」


 そうさけびながらげる。後ろから「許してあげなよー」ってじじばばたちの声が聞こえてきたけど聞こえないふり。わたしの言うことを聞いてくれない人のお願いなんて聞いてあげないんだから。

 言葉で伝えても変わらないなら、行動で示すしかないんだ。かの有名な冒険家シア・アリムス氏も著書でそう言っておりましたので。

 ね、おじいちゃん。



「船が出たあとシャッターを開けといてほしいぃ?」


 うちのキッチンをけむりまみれにするげんきょう、ジンさんがしょうひげまみれのアゴをなでた。


「なんでまた」

「えっと、たまには外の景色をながめたいなーって」

「あー、それならダメ」

「なんでっ」

「鳥が中に入るかもしれないしな」


 スパーっとタバコのけむりかんこうに向けてした。

 今日はバレンさんの船が来る日。荷物の積み下ろしはもう終わっていて、今日はいっぱくせずにもうすぐ出発するみたい。

 商船の乗組員でしょうすごうで操縦士のジンさんは、いつもタバコを吸うためにうちのキッチンにやってくる。この村って決められた場所以外は火気厳禁だから、ジンさんみたいなヘビースモーカーにはごくらしい。火がついていないタバコをちゅうちゅう吸っている姿がわいそうで、うちで吸っていいよって言ったらこっそり吸いに来るようになったの。お礼に本とかおとかをくれる。

 今日はお礼の品の代わりにお願いごとを聞いてもらおうと思ったんだけど、あっさり断られちゃった。でもすんなり引き下がるわたしじゃないもんね。


「ジンさん、わたしのささやかーなお願いごとさえ聞いてくれないだなんて、きつえんしょが無くなってもいいのかな?」

はくじょうなこと言うなよ俺とカフカの仲だろ? またなんでも好きなもん持ってきてやるから」

「いらない。わたしは外が見たいの」

「でもばれたらバレンさんに何言われるか」

「それではうちは今日からきんえんです。今すぐタバコを消してくださいさもなくば顔に水をかけます」

「将来おっかねー女になりそう……」


 わたしがひしゃくをチラつかせると、ジンさんは口元を左手で守りながら大量のけむりした。くさい!


「けほっ。じゅどうきつえんはんたーい!」

「これ薬効のある葉っぱを巻いた体にいいタバコだから」

「うそだ! けむりをかけられたってバレンさんに言ってやろっと。お願いごと聞いてくれるならだまっておいてあげるけど?」


 ジンさんはうんざりした顔で一言二言文句を言って、最後に「わーったよ」とため息をついた。わたしの勝ち!


「でもバレンさんになんか言われたらすぐ閉めるからな」

「分かった! あと、ペトロ燃料を四百トル注文したいの。最近ボイラーの燃費が悪くて~」

「あ? なんだその量。てかそんなのメリに言えよ」

「えーと……そう、アリーさんにもたのまれたから多くなっちゃったの。ついでだしいいでしょ。ね、お願い」


 めんどうくさそうな顔のジンさんのうでをつかんで「お願いお願い」とゆさぶったら、しぶしぶオッケーしてくれた。


「ありがとー! ジンさんやさしー!」

「わーおじさんうれしいな」


 ジンさんがタバコの火をけいたいはいざらでもみ消して、ふざけた調子で笑う。


「こんだけお願い聞いてやるんだから、これからもここ使わせてくれよ?」

「もちろん!」


 こぶしこぶしわせて同盟のけいぞくを確かめ合う。それと同時にドスのいたしゃがれ声が勝手口の向こうから聞こえた。


「ジン! 出発するぞ」