聖女と暴食

第一章 ラプトルのパチャマンカ ⑫

「それで変異種の肉のことだけど、うちらにゆずってもらうわけにはいかないかな?」


 ひとしきりアナの料理をめちぎったところで、リュシエラがさりげなく切り出した。


『ならぬ』


 答えたのは俺やアナではなく、黒犬だった。

 なんでよぅ、とリュシエラが情けない声を出す。


「四日だよ。うちら学食部は四日もかけてあいつを追い回してたんだよ。それをきみたちは横取りしたんだから、少しはえんりよしようとは思わない?」

「……うちら? ついせきしてたのは、あんただけじゃなかったのか?」


 俺は少しおどろいてき返す。

 そのおどろきの半分は、仲間をほっといてこんなところで飯をっていていいのか、という部分だ。


「補給と後方えん担当のトレーラーが、あの山の向こうに待機してるんだよ。あたし一人じゃ、変異種を仕留めても〝学園〟まで持って帰れないから」

「あんた一人で変異種をたおすつもりだったように聞こえるな」

「まあ、なんとかなったんじゃないかな。実際、ハル・タカトーも一人でたおしてるわけだし」


 リュシエラは気負いのない口調でそう言った。

 それがただのきよせいとは思わなかった。彼女が一人で、フレイムボア変異種を追いかけていたのは事実だからだ。


 あの変異種を仕留めるために、俺はを使わざるを得なかった。

 もしリュシエラが本当にあれを一人でたおせたというのなら、彼女には、俺の切り札レールガンひつてきするこうげき手段があるということになる。


 しかしそんなリュシエラに対しても、黒犬の尊大な態度は変わらない。


『あれは我らがったものだ。たとえ臓物の一ぺんたりとも貴様らにしてやる義理はない』

ったのは俺で、おまえはなにもしていないが」

「そもそも内臓、捨てようとしてたよね」

『捨ててない。解体のちゆうだっただけだ』


 俺とリュシエラのツッコミに、黒犬はムキになって反論した。とてもきようあくどう兵器とは思えないガキっぽい態度だ。


「まあまあ、もちろんタダでせとは言わないよ。それなりの見返りは用意するけど?」


 リュシエラは、そう言ってなぜか俺に向かって片目をつむってみせる。


「見返り?」


 まどう俺にうなずき返して、彼女はアナへと向き直った。


「ねえ、アナちゃん、学食部に入らない?」

「学食部、ですか?」

「うん。正式めいしようは学生食堂経営研究部。第七学区アザレアスの学生食堂を運営する部活だよ。あたしはそこの部長なんだ」

「……学生食堂?」


 そんなものが第七学区アザレアスにあったのか、と俺は意外に思う。十年以上も第七学区アザレアスにいる俺ですら、そんなものが存在するとは知らなかった。どれだけマイナーなせつなのかと、逆に感心するほどだ。


「学食部に入ってくれるなら、アナちゃんのがくせきはあたしがどうにかするよ。チャチなぞうなんかじゃない、ちゃんとしたやつをね」

「そんなことができるのか?」


 俺は目をみはりながらリュシエラを見た。

 生徒会所属の俺の前でがくせき情報の不正操作をほのめかすのもどうかと思うが、もしそれが可能なら、アナを取り巻くじようきようは劇的に改善することになる。


「うちの部は学食連盟に加入してるから、ほかの学区とも付き合いがあるんだよ。ちょうど第三学区シヤスタデージの学食部にはいくつか貸しがあるから、それを返してもらおうかな」


 リュシエラは事も無げにそう言った。


「学食部は正規の部活動なのか? 第七学区アザレアスに学生食堂があるという話は、聞いたことがないんだが」

「あははは。まあ、うちの食堂の客層は、ちょっとかたよってるからね。マイナーなのはしょうがないかな。でも、だいじよう。学食部は生徒会こうにんのちゃんとした部活だよ」

「ということは、りようもあるんだな?」

「うん。入部してくれれば、衣食住の心配はらないよ」


 俺の立て続けの質問に、リュシエラはきっぱりと断言する。

 彼女の提案は悪くなかった。むしろ、この上なくがたい申し出だといえた。


 第七学区アザレアスの住宅事情は決して良好とは言いがたく、いつぱん生徒用の学生りようでは、二人部屋や三人部屋が当たり前だ。生徒同士の上下関係や規則も厳しく、さらにはりようごとになぞの独自ルールもあると聞いている。

 天環オービタル育ちで地上の常識にうといアナが、そんなかんきようでボロを出さずにやっていけるとは思えない。


 一方で生徒会こうにんの部活にはそれぞれ独自の活動拠点があたえられており、そこには居住せつふくまれる。アナが学区外から来たことを知るリュシエラが部長というのは、ひとつの安心材料にはなるだろう。


 そしてアナ本人は、俺とはべつの理由でリュシエラの提案に興味を持ったようだった。


「学生食堂を運営しているということは、しいご飯が食べられるのでしょうか?」

「実にいい質問だね」


 リュシエラがほこったようながおでうなずいた。


「我ら学食部の最終的な目的は、旧世界の人類ですらついに辿たどけなかった美食のさいこうほう──せいぜんせきの探究なんだ」

『……!』


 せいぜんせきという聞き慣れない単語に、アナと黒犬がおどろいて顔を上げた。

 リュシエラは、まるでその反応を予期していたようにニヤリと笑い、


「だから、学食部に入ってくれれば、どこよりもしい食事を保証するよ」

「ゼブくん!」

『……いいだろう、むすめ。あのジシぞうはくれてやる』


 アナがひとみかがやかせて黒犬に呼びかけ、黒犬はしぶしぶと息をして同意した。


「ふふっ、こうしよう成立だね。よろしくね、アナちゃん」

「はい。よろしくお願いします!」


 リュシエラは満足げにほほみながら、頭を下げたアナのけもの耳を両手でもふもふとみほぐす。


 俺はそんなリュシエラの姿を、表情を消したまま無言で見つめた。彼女に対してずっと感じていた、かすかな疑念がさを増していく。


「どうしたんだい、ハル・タカトー。そんなにこわい顔をして」

「あんたは何者だ、リュシエラ・クリトウ。あんたがここで俺たちに会ったのは、ぐうぜんか?」


 俺はリュシエラに疑問をぶつけた。リュシエラはその疑問に、もちろん、とうなずき返す。


「そうだよ。アナちゃんみたいないつざいに会えて運がよかったよ。パチャマンカはしかったし、ぞうも手に入ったし、それにこの耳のさわごこときたら。ほらほら、うらやましい?」


 リュシエラは俺に見せつけるように、アナのけもの耳をモフり続ける。困ったような表情をかべつつ、されるがままになっているアナを、俺は再び無表情にながめた。


 アナが〝学園〟の生徒資格を得られるのは、学食部のえんがあるからだ。ここでリュシエラと出会わなければ、アナを第七学区アザレアスむかれるのは不可能だった。

 リュシエラが俺たちの前に現れたのは、アナにとってあまりにも都合が良すぎるのだ。とてもぐうぜんとは思えないほどに。


 だが一方で、彼女がフレイムボアの変異種を追いかけていたという話が、その場しのぎの作り話とも思えない。アナがはいモジュールとともに地上に落ちてくることや、どうだんとうちよくげきけるのをリュシエラが予想できたはずもない。


 学食部がさんくさいのは事実だが、結局はリュシエラの言葉を信じるしかないのだ。


「俺からもひとつたのみがあるんだが、聞いてもらえるか?」


 うすためいきをつきながら、俺は重々しく切り出した。


「なにかな?」


 リュシエラがげんそうにまゆを上げてき返す。

 そして俺の次の言葉を聞いた彼女は、いつしゆんおどろいたように目を見開き、かいそうに笑ってうなずいたのだった。