「あああっ……なんで、こんな姿に!? ハル・タカトー、まさかあなたが倒したの!?」
「そいつが俺たちを襲ってきたから、返り討ちにしただけだ」
俺は不機嫌な口調で言った。
こちらはむしろ変異種に襲われた被害者であり、獲物を横取りしたと思われるのはさすがに心外だ。
「魔臓は? フレイムボアの魔臓は無事!?」
肉片の山へと慌てて駆け寄りながら、女子生徒が叫ぶ。
魔臓というのは魔物の体内に存在する臓器のひとつだ。魔力の制御を司っているといわれているが、その本当の役割は実はいまだに知られていない。ただの動物と魔物を区別するのが、その魔臓の有無なのだ。
「フレイムボアの内臓なら、さっき解体して取り出したところだが……」
「あああ……なんて勿体ないことを……!?」
桃色髪の女子生徒は、服が汚れるのも構わずにフレイムボアの内臓をかき分け始めた。本気で魔臓を探し出すつもりらしい。
「あ、あの……魔臓を見つけてどうするつもりなんですか?」
無言で桃色髪の女子を眺める俺の代わりに、アナが彼女に近づいて訊いた。
「学食部の人間が魔物を探してる理由なんて、ひとつじゃないかな。食べるんだよ」
「食べる? 魔物の内臓をですか?」
桃色髪の女子の答えに、アナが興味を惹かれた様子を見せる。
学食部の関係者を名乗る少女は、不敵な笑みを浮かべて振り返り、
「あれ、知らない? フレイムボアの内臓は美味しいよ」
「そうなんですか!?」
「うん。もちろん下処理は必要だけどね。大腸、小腸、心臓、胃、横隔膜に肝臓、そして魔臓。特に変異種の魔臓は滅多に手に入らない珍味ってことで、通の間では大人気なんだけど……」
そこまで一気にまくし立てたところで桃色髪の女子は言葉を切り、アナの顔をまじまじと凝視した。彼女はここに来てようやくアナの存在に気づいたらしい。
「って、きみは誰かな? もしかして、ハル・タカトーの恋人とか?」
「え!? 恋人……!?」
そうなんですか、と驚いたような表情で、アナが俺を見つめてくる。
そんなわけがあるか、と俺は唇を歪めて、
「まったく違う」
重々しい口調できっぱりと断言するのだった。
8
黒犬がせっせと土を掘り返すと、白い水蒸気とともに、ホイルにくるまれた芋や野菜とラプトル肉が現れる。フレイムボア変異種の乱入によって地上の焼き鳥は全滅したが、パチャマンカとして土中に埋めていたぶんは、ほとんど無傷で残っていたのだ。
すでに完全に陽は暮れて、頭上には夜空が広がっている。
さすがに空腹を覚えていた俺たちは、土中焼きの完成を待って、あらためて遅めの夕食をとることにしたのだった。
「ふーん、なるほどね。彼女、訳ありかあ」
ちゃっかりと食事の輪に加わっていた桃色髪の女子生徒が、掘り出されたトウモロコシを勝手に食べつつ面白そうに目を眇めた。
リュシエラ・クリトウというのが彼女の名前だ。意外なことに彼女は俺よりも年上の高等部三年生で、学食部とかいう名も知れぬ組織の一員らしい。
「あたしはてっきり、ハル・タカトーが逢い引きでもしてるのかと思ったよ」
のんびりした口調でリュシエラが言う。
「どう邪推したらそんな結論になるんだ。そんなくだらないことのために、こんなところまで来るわけないだろうが」
「いやいや、きみは有名人だからね。第七学区にいたんじゃ、のんびりデートもできないんじゃないかって」
桃色髪の先輩女子の言葉に、俺は黙って顔をしかめた。
執行部隊の一員として大きな事件に何度も巻きこまれたせいで、俺は第七学区ではやけに広く顔を知られている。普通に出歩いているだけでも妙に注目されて、居心地の悪い思いをすることが多いのは事実だ。
沈黙した俺を見てなにを思ったのか、リュシエラは訳知り顔でうなずいて、
「いやあ、それにしても可愛い子だね。あの獣の耳から察するに、第三学区あたりの出身かな? なにかの魔導実験の生贄にされそうになったところを逃げ出して、ハル・タカトーに保護されたんだと見たよ」
「そうだな。詳しい事情は言えないが、だいたいそんな感じだ」
俺はリュシエラの勘違いを否定しなかった。
第三学区は〝学園〟内でも特に歴史の古い学区だが、魔導の研究が盛んなことでも知られている。魔法の発動媒体となる角や牙を生徒に移植したり、第三の〝腕〟を生やしたりする人体改造は、そんな第三学区の名物だ。アナのように獣耳を生やした生徒も少なくないだろう。
そしてその第三学区のもうひとつの特徴は、非人道的な魔導実験が行われているという物騒な噂が絶えないことである。実験の供物にされることを恐れてほかの学区に逃げ出す生徒は、決してめずらしい存在ではない。
「このあと彼女をどうする気なのかな? 第七学区に連れて帰るんだよね?」
「そうしたいところだが、彼女の素性を知られるのは避けたい。できれば生徒会にもな」
「へえ、執行部隊のきみがそんなことを言うなんて、意外だねえ」
意外そうに眉を上げ、リュシエラは俺の顔をじっと見た。
「まあ、彼女が第三学区から脱走してきたのなら、正規の手続きを踏んで移籍ってわけにもいかないか。最悪、彼女がきっかけで戦争にならないとも限らないし」
「そうだな」
第三学区は好戦的で、他の学区に戦争を仕掛けることを厭わない。第七学区とも過去に何度か、小規模な小競り合いを繰り広げていたはずだ。
実のところアナは第三学区とは無関係なので、彼女が争いの種になることはない。しかし彼女の素性を隠す言い訳として、第三学区の悪名を利用するのは悪くない考えだと思えた。
そして俺とリュシエラがそんな殺伐とした会話を繰り広げる横で、アナは、香草を詰めこんだラプトル肉をマイペースに切り分けている。
「お待たせしました。たぶん美味しくできたと思うんですけど、どうでしょう?」
「悪いね、ご相伴にあずかっちゃって」
盛りつけられたラプトル肉の蒸し焼きを、リュシエラは当然のように受け取った。
「お食事はみんなで食べたほうが美味しいですから」
「うん、いいこと言うね、アナちゃん」
肉を目いっぱい口に含んだまま、リュシエラが言う。
変異種のフレイムボアを延々と追跡していたせいで、彼女はここ数日、まともな食事をとっていなかったらしい。ほっそりとした体形のわりにたいした食欲だ。
食欲の旺盛さではアナも負けていない。小柄な彼女がよく食べることに、俺は今さらながら驚いた。もしかしたらそれは〝暴食の悪魔〟を封印している反動なのかもしれないという疑念が湧き上がってくる。
だが、それ以上に大喰いなのは黒犬のゼブだった。自分自身の体積よりも明らかに巨大なラプトルのモモ肉に、黒犬はかぶりついてガツガツと咀嚼を続けている。
そのデタラメさに圧倒されつつ、俺は自分のぶんの肉を口に運んだ。
そんな俺の反応を、アナが心配そうにうかがっている。
「ど、どうですか?」
「美味い」
俺の感想を聞いたアナが、ホッとしたように胸を撫で下ろす。
天環育ちの彼女にとって、これが地上に降りてきて初めての料理だ。自分の味付けが地上の生徒に受け入れられるかどうか、密かに不安を感じていたのだろう。
一方、彼女の相方である黒犬は、俺の端的な返答に不満そうに鼻を鳴らし、
『それだけか? なんとも語彙の貧相な小童だな』
「黙れ、犬コロ」
俺は足元にいる黒犬を睨みつけ、黙々と食事を再開した。
そんな俺たちのギスギスしたやり取りを、リュシエラは興味深そうに眺めている。
黒犬が人間の言葉を喋ることにも、たいして驚いている様子はない。第三学区出身の生徒なら、使い魔の一匹や二匹連れていても当然だと考えたのだろう。
「いや、本当に美味しいよ、アナちゃん。口の中でとろけるくらい柔らかいのにしっかり歯応えがあって、おまけに肉の旨味がしっかり閉じこめられてる。淡泊なはずのラプトル肉を、こんなにジューシーに仕上げるなんて、たいしたもんだって。塩加減も絶妙だし、ハーブの香りがアクセントとして利いてる。そう思わないかい、ハル・タカトー?」
「ああ、美味い」
俺はリュシエラの感想に短く同意した。べつに俺が特別に無愛想というわけではなく、リュシエラの口数が多すぎるのだ。よくもまあ咄嗟にそれだけ口が回るものだと感心する。