聖女と暴食

第一章 ラプトルのパチャマンカ ⑪

「あああっ……なんで、こんな姿に!? ハル・タカトー、まさかあなたがたおしたの!?」

「そいつが俺たちをおそってきたから、かえちにしただけだ」


 俺はげんな口調で言った。

 こちらはむしろ変異種におそわれたがい者であり、ものを横取りしたと思われるのはさすがに心外だ。


ぞうは? フレイムボアのぞうは無事!?」


 にくへんの山へとあわててりながら、女子生徒がさけぶ。

 ぞうというのはものの体内に存在する臓器のひとつだ。りよくせいぎよつかさどっているといわれているが、その本当の役割は実はいまだに知られていない。ただの動物とものを区別するのが、そのぞうなのだ。


「フレイムボアの内臓なら、さっきして取り出したところだが……」

「あああ……なんてもつたいないことを……!?」


 ももいろがみの女子生徒は、服がよごれるのも構わずにフレイムボアの内臓をかき分け始めた。本気でぞうを探し出すつもりらしい。


「あ、あの……ぞうを見つけてどうするつもりなんですか?」


 無言でももいろがみの女子をながめる俺の代わりに、アナが彼女に近づいていた。


「学食部の人間がものを探してる理由なんて、ひとつじゃないかな。食べるんだよ」

「食べる? ものの内臓をですか?」


 ももいろがみの女子の答えに、アナが興味をかれた様子を見せる。

 学食部の関係者を名乗る少女は、不敵なみをかべてかえり、


「あれ、知らない? フレイムボアの内臓はしいよ」

「そうなんですか!?」

「うん。もちろん下処理は必要だけどね。大腸、小腸、ガツ肝臓レバー、そしてぞう。特に変異種のぞうめつに手に入らないちんってことで、通の間では大人気なんだけど……」


 そこまで一気にまくし立てたところでももいろがみの女子は言葉を切り、アナの顔をまじまじとぎようした。彼女はここに来てようやくアナの存在に気づいたらしい。


「って、きみはだれかな? もしかして、ハル・タカトーのこいびととか?」

「え!? こいびと……!?」


 そうなんですか、とおどろいたような表情で、アナが俺を見つめてくる。

 そんなわけがあるか、と俺はくちびるゆがめて、


「まったくちがう」


 重々しい口調できっぱりと断言するのだった。


8


 黒犬がせっせと土をかえすと、白い水蒸気とともに、ホイルにくるまれたいもや野菜とラプトル肉が現れる。フレイムボア変異種の乱入によって地上の焼き鳥はぜんめつしたが、パチャマンカとして土中にめていたぶんは、ほとんど無傷で残っていたのだ。


 すでに完全に陽は暮れて、頭上には夜空が広がっている。

 さすがに空腹を覚えていた俺たちは、土中焼きの完成を待って、あらためておそめの夕食をとることにしたのだった。


「ふーん、なるほどね。彼女、訳ありかあ」


 ちゃっかりと食事の輪に加わっていたももいろがみの女子生徒が、されたトウモロコシを勝手に食べつつおもしろそうに目をすがめた。

 リュシエラ・クリトウというのが彼女の名前だ。意外なことに彼女は俺よりも年上の高等部三年生で、学食部とかいう名も知れぬ組織の一員らしい。


「あたしはてっきり、ハル・タカトーがきでもしてるのかと思ったよ」


 のんびりした口調でリュシエラが言う。


「どうじやすいしたらそんな結論になるんだ。そんなくだらないことのために、こんなところまで来るわけないだろうが」

「いやいや、きみは有名人だからね。第七学区アザレアスにいたんじゃ、のんびりデートもできないんじゃないかって」


 ももいろがみせんぱい女子の言葉に、俺はだまって顔をしかめた。


 執行部隊ハンズの一員として大きな事件に何度も巻きこまれたせいで、俺は第七学区アザレアスではやけに広く顔を知られている。つうに出歩いているだけでもみように注目されて、ごこの悪い思いをすることが多いのは事実だ。


 ちんもくした俺を見てなにを思ったのか、リュシエラは訳知り顔でうなずいて、


「いやあ、それにしてもわいい子だね。あのけものの耳から察するに、第三学区シヤスタデージあたりの出身かな? なにかのどう実験のいけにえにされそうになったところをして、ハル・タカトーに保護されたんだと見たよ」

「そうだな。くわしい事情は言えないが、だいたいそんな感じだ」


 俺はリュシエラのかんちがいを否定しなかった。


 第三学区シヤスタデージは〝学園〟内でも特に歴史の古い学区だが、どうの研究がさかんなことでも知られている。ほうの発動ばいたいとなる角やきばを生徒に移植したり、第三の〝うで〟を生やしたりする人体改造は、そんな第三学区シヤスタデージの名物だ。アナのようにけもの耳を生やした生徒も少なくないだろう。


 そしてその第三学区シヤスタデージのもうひとつのとくちようは、非人道的などう実験が行われているというぶつそううわさが絶えないことである。実験のもつにされることをおそれてほかの学区にす生徒は、決してめずらしい存在ではない。


「このあと彼女をどうする気なのかな? 第七学区アザレアスに連れて帰るんだよね?」

「そうしたいところだが、彼女のじようを知られるのはけたい。できれば生徒会にもな」

「へえ、執行部隊ハンズのきみがそんなことを言うなんて、意外だねえ」


 意外そうにまゆを上げ、リュシエラは俺の顔をじっと見た。


「まあ、彼女が第三学区シヤスタデージから脱走してきたのなら、正規の手続きをんでせきってわけにもいかないか。最悪、彼女がきっかけで戦争にならないとも限らないし」

「そうだな」


 第三学区シヤスタデージは好戦的で、他の学区に戦争をけることをいとわない。第七学区アザレアスとも過去に何度か、小規模ないをひろげていたはずだ。


 実のところアナは第三学区シヤスタデージとは無関係なので、彼女が争いの種になることはない。しかし彼女のじようかくす言い訳として、第三学区シヤスタデージの悪名を利用するのは悪くない考えだと思えた。


 そして俺とリュシエラがそんなさつばつとした会話をひろげる横で、アナは、香草をめこんだラプトル肉をマイペースに切り分けている。


「お待たせしました。たぶんしくできたと思うんですけど、どうでしょう?」

「悪いね、ごしようばんにあずかっちゃって」


 盛りつけられたラプトル肉のきを、リュシエラは当然のように受け取った。


「お食事はみんなで食べたほうがしいですから」

「うん、いいこと言うね、アナちゃん」


 肉を目いっぱい口にふくんだまま、リュシエラが言う。

 変異種のフレイムボアを延々とついせきしていたせいで、彼女はここ数日、まともな食事をとっていなかったらしい。ほっそりとした体形のわりにたいした食欲だ。


 食欲のおうせいさではアナも負けていない。がらな彼女がよく食べることに、俺は今さらながらおどろいた。もしかしたらそれは〝暴食の悪魔ベエルゼブブ〟をふういんしている反動なのかもしれないという疑念ががってくる。


 だが、それ以上に大いなのは黒犬のゼブだった。自分自身の体積よりも明らかにきよだいなラプトルのモモ肉に、黒犬はかぶりついてガツガツとしやくを続けている。


 そのデタラメさにあつとうされつつ、俺は自分のぶんの肉を口に運んだ。

 そんな俺の反応を、アナが心配そうにうかがっている。


「ど、どうですか?」

い」


 俺の感想を聞いたアナが、ホッとしたように胸をろす。

 天環オービタル育ちの彼女にとって、これが地上に降りてきて初めての料理だ。自分の味付けが地上の生徒に受け入れられるかどうか、ひそかに不安を感じていたのだろう。

 一方、彼女の相方である黒犬は、俺のたんてきな返答に不満そうに鼻を鳴らし、


『それだけか? なんともひんそうわつぱだな』

だまれ、犬コロ」


 俺は足元にいる黒犬をにらみつけ、もくもくと食事を再開した。


 そんな俺たちのギスギスしたやり取りを、リュシエラは興味深そうにながめている。

 黒犬が人間の言葉をしやべることにも、たいしておどろいている様子はない。第三学区シヤスタデージ出身の生徒なら、使いの一ぴきや二ひき連れていても当然だと考えたのだろう。


「いや、本当にしいよ、アナちゃん。口の中でとろけるくらいやわらかいのにしっかり歯応えがあって、おまけに肉のうまがしっかり閉じこめられてる。たんぱくなはずのラプトル肉を、こんなにジューシーに仕上げるなんて、たいしたもんだって。塩加減もぜつみようだし、ハーブの香りがアクセントとして利いてる。そう思わないかい、ハル・タカトー?」

「ああ、い」


 俺はリュシエラの感想に短く同意した。べつに俺が特別に無愛想というわけではなく、リュシエラの口数が多すぎるのだ。よくもまあとつにそれだけ口が回るものだと感心する。