聖女と暴食

第一章 ラプトルのパチャマンカ ⑩

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「結局、残ったのはこれだけか……」


 バラバラになったフレイムボア変異種のにくへんを集め終え、俺はぐったりと息をいた。

 全長約八メートル。体重十トンをえていたはずのものの肉体は、今や半分以上も消し飛んで見るかげもない。かろうじて元の姿を残しているのは、でんくらいのものだった。


「カシラとミミはダメですね。かたとロースもほとんどなくなってしまってます……」


 俺のとなりで、アナがしょんぼりとかたを落とす。

 しかし彼女は、すぐに気を取り直したように顔を上げ、


「でも、だいじようです! バラ肉とスネはそっくり残ってますし、ヒレとモモも大半は無事です! 叉焼チヤーシユーかくは出来ますよ。あとヒレカツも!」

「そうか」


 アナの前向きな発言に、俺は半ばあきれつつも感心した。たとえ原動力が食欲だとしても、なかなかたいした精神力だ。


「急いで血きをしたほうがいいですね。できれば傷口を聖水で洗って、内臓も取り出してしまいたいんですけど……」

「きみがこいつを解体する気か?」


 積み上げられた変異種の身体からだいちべつして、俺は、やめておけ、と首をる。


「気持ちはわかるが、俺たちだけでこれを解体するのは無理だろ。そもそもこんなデカブツの解体に使える道具がない」

「そ、そうですね……」


 アナが困ったようにまゆじりを下げた。さすがにここまで大型のものが相手だと、俺の持っているコンバットナイフ程度では歯が立たない。専用の解体道具が必要だ。


「とりあえず血きを済ませたら、あとは俺のっこんで持ち帰るしかないだろうな。第七学区アザレアスまでもどれば、ものの解体を専門にやってる部活があるから、そこにらいすればいいだろう」

「わかりました。じゃあ、それまでぼたんなべはお預けですね」


 ややらくたんしたりを見せつつも、アナは提案をなおに受け入れた。

 しかし俺の表情は晴れないままだ。


「問題は、きみが第七学区アザレアスに入れるかどうかだな」

「え? もしかして私がお肉を受け取るのはなにかまずいですか?」

「肉のことはどうでもいいから、とりあえず忘れろ」


 どれだけいのしし肉にこだわってるんだ、と俺は弱々しく首をり、


「生徒以外の部外者は〝学園〟に入れない。生徒として登録されてない人間が門をくぐろうとすればこうそくされる。そうなれば、きみがてんじん種族ということもすぐにバレるだろうな」

「そ、それは困ります」


 アナの顔がサッと青ざめた。俺はうなずいてためいきをつく。


「だろうな。地上に降りてきたてんじんを保護した場合、〝学園〟の生徒にはそれを天環オービタルに報告する義務がある。だが、きみが今も生きてることを知ったら、天環オービタルがどう出るか……」

『くくっ。当然、てつていてきばくげきが行われるだろうな。地上の生徒が〝さいやく〟を手に入れるのを、てんじんどもは絶対に見過ごすわけにはいかないだろうからな』

やつかい事のげんきようえらそうに……」


 無責任な口調で語る黒犬を、俺はいらいらにらみつけた。


「だが、その犬コロの言うとおりだ。てんじんに命をねらわれているきみを、俺は第七学区アザレアスに連れ帰るわけにはいかない」

「う……そ、そうですね……」


 アナはたよりなくほほんでうつむいた。アナにとってはこくな話だが、彼女には自分が置かれているじようきようを早めに伝えておく必要があったのだ。


『だったらどうする? ここにアナセマを見捨てていくか?』


 黒犬が、ためすような視線を俺に向けてくる。


『だが、ものどもがうろつく場所に放置していれば、いずれやつは命を落とす。そうなれば、我が解放されることに変わりはないぞ?』

「そうだな」


 俺は黒犬に反論しなかった。アナを第七学区アザレアスに連れ帰ることができないのは事実だが、だからといって、彼女をここで見捨てれば、結果的に〝学園〟はほろぶのだ。


 おそらくこの問題の解決には、アナのがくせきぞうが必要だ。それならの学区からの転入生ということにして、堂々とアナを第七学区アザレアスに連れこめる。


 問題は、がくせきぞうが重罪で、それ以上に難易度が高いということだ。

 何通もの書類をぞうした上で他区の生徒会の担当者をだまし、さらには〝学園〟のシステムにしんにゆうしてデータをえる必要がある。他区の生徒に強力なツテがなければ、実現は絶対に不可能だ。俺一人では、どうすることもできない。


 やはりここはリスクを承知で、生徒会長にアナのじようを明かすべきか、とも考える。

 第七学区アザレアスの生徒会長は、少々得体の知れない部分はあるが、人当たりが良く頭も切れる人格者だ。アナの安全を確保するだけなら、俺よりも彼女に任せたほうが確実だろう。


 そんなことをぼんやりと考えていた俺は、遠くから近づいてくるモーターの音に気づいて、ハッと顔を上げた。目立たないめいさい色にられたオフロードバギーが、俺たちのいるほうへとゆっくりと接近してきていたのだ。


「アナ! かくれろ!」

「は、はい?」


 とうとつに名前を呼ばれたアナが、おどろいたように俺を見る。


 近づいてくる車両は一台だけ。乗っているのもおそらく運転手一人だけだ。


 俺たちに対する敵意はないのか、身をかくそうとするりはない。俺がこのきよまで相手の接近に気づかなかったのは、相手の車が静音サイレント仕様になっていたせいらしい。ものりに使われる車両によくあるとくちようだ。


「あの方は、ハルくんのお知り合いですか?」


 俺たちに向かって手をるオフロードバギーの運転手に、あい良く手をり返しながら、アナがいてきた。


「いや、知らない相手だ」


 俺はいつでもほうを発動できるように身構えながら返事をする。

 それに気づいた黒犬はかいそうに目を細め、


『殺すのか?』

「さ、さすがに人間のお肉を食べるのはちょっと……」

だれがいつあいつをうと言った!?」


 どこかズレたアナの言葉に、俺は思わず声をあららげる。


「相手の目的がわからないから、いちおうけいかいしているだけだ。どこかの学区のせつこうというわけでもなさそうだが、なぜこんなところを一人でうろついてる?」


 俺は半ば自問するようにつぶやいた。


 めいさい色のオフロードバギーは、俺たちのいる岩場に近づくとスピードを落とし、やがてゆっくりと停車する。ほろおおわれただけのしの運転席から降りてきたのは、意外なことに女子生徒だった。


 だらりとしたオーバーサイズのジャケットの下はたけの短いタンクトップで、豊かな胸の谷間とまったウエストがのぞいている。おそろしく短いスカートの下にはいちおうスパッツを着用していたが、それが逆にすらりとしたふとももの白さを強調していた。


「あれぇ?」


 バギーから降りてきた女子生徒は、俺の顔を見て、ねむそうな目をいつしゆんだけ大きく見開いた。彼女がジャケットのフードをぐと、とくちよう的なピンクブロンドのかみが現れる。


「あなた、もしかしてハル・タカトー? なんで特殊執行部隊インビジブル・ハンズの部隊長が、こんなところにいるのかな?」

第七学区アザレアスの生徒か? こんなところでなにをしている?」


 俺は、女子生徒の質問に質問で答えた。

 彼女のジャケットのむなもとしゆうは、第七学区アザレアスもんしようだ。俺の顔と名前を知っていたことといい、第七学区アザレアスの生徒でちがいないだろう。


「あ、そうそう。そうだった。ねえ、このあたりでフレイムボアを見なかった?」

「……フレイムボア?」


 彼女にかれて、俺はこんわく気味に目を細めた。さすがにその質問は想定外だ。

 ももいろかみの女子生徒は、なぜかしんけんな顔で俺を見返して、


「そう。三本角の変異種のやつ。あたしたち学食部は、四日も前からそいつのことをずっと追っかけてるんだよ」

「……その個体かどうかはわからないが、変異種のフレイムボアならそこにいるぞ」

「へ?」


 俺の答えが意外だったのか、彼女はぽかんと目を丸くした。こんわくしながら俺の指さした方角へと視線を向けて、地面に積み上げられていた変異種のにくへんに気づく。