聖女と暴食

第一章 ラプトルのパチャマンカ ⑨

「とにかくきみはここでじっとしていろ。動くなよ!」

「ハ、ハルくん……!?」


 引き止めようとするアナを無視して、俺は岩場をすべりた。


 空間ほうを発動して、から武器を取り出す。

 五・五六ミリ口径のアサルトライフル。旧世界で使われていた軍用自動しようじゆうのコピーモデルだ。


 じゆつ的なギミックをなにひとつ持たないただの工業製品であり、つうなら高ランクのものに通用するような武器ではない。だが、俺にはこれでじゆうぶんだった。要は引き金を引けばたまが出て、ぐに飛んでくれれば、それでいいのだ。


 俺は着地すると同時にライフルを構え、こちらにっこんでくるものへとじゆうこうを向けた。


 標的が大きすぎて外す気がしない。ろくにねらいもつけないまま、俺は無造作にだんがんち放つ。ちよう音速でしようしただんがんは、期待どおりにフレイムボアのあしの付け根にちやくだんした。


 もちろんその程度ではきよだいものたおせない。

 自分がたれたことにすら気づいていないのかもしれない。


 フレイムボアの全身をおおしんの毛皮はおそろしくきようじんであり、りよく強化のおんけいもあって、同じ厚さの鋼鉄の数倍の強度を持っている。戦車ほうでも持ってくれば話は別だが、こんな対人用の小火器ではものの肉体に傷ひとつ負わせることはできないだろう──本来ならば。


 しかしそのフレイムボアのみぎあしが、とつぜんこおりついたように動きを止めた。


 当然、加速中だったフレイムボアは、大きく姿勢をくずすことになる。

 しんものは大きくよろめいて、つんのめるようにして地面に転がった。


 大地がふるえるほどのすさまじいごうおんひびき、つちけむりがもうもうと立ちこめる。

 とつしんの勢いを殺しきれずに、フレイムボアのきよたいは、そのまま十数メートルもすべり続ける。

 並のものなら、それだけで再起不能になってもおかしくないほどのダメージのはずだ。


『ほう……らいげきものの筋肉をこうちよくさせたのか。おもしろい使い方だな』


 いつの間にか俺の背中によじ登っていた黒犬が、訳知り顔で解説する。

 俺は横目で黒犬をにらんだ。


「どうしておまえがここにいる?」

彼奴あやつは我の焼き鳥を横取りしたのだぞ? 当然、そのむくいをらわせてやらねばなるまい?』

「その姿でおまえになにが出来るんだ?」

『貴様は我のけいやく者であるアナセマの使いだからな。その貴様があのぶたちゆうすれば、それはすなわち我が手を下したも同然よ』

だれが使いだ、けんが」


 実にうつとうしいしよう暴食の悪魔ベエルゼブブ〟を無視して、俺は視線をものもどした。


 激しくてんとうしたフレイムボアはごっそりと地面をえぐっただけで、本体はほぼ無傷のまま立ち上がる。


 しゆうあくに血走ったものひとみは、俺に対するいかりで燃えていた。なにが起きたのかはわからなくても、俺にこうげきされたことは理解できたらしい。


「どうした、デカブツ? 人間ごときに地面をめさせられたのが不服か?」


 ちようはつするような口調で言い放つと、俺はフレイムボアに向けて再びはつぽうした。だんがんはこちらをにらみ続けるものけんに命中。きようじんな毛皮にい止められて、当然のようにはじかれる。


 だがその直後、フレイムボアのけんで青白いせんこうはじけた。二百万ボルト以上のちよう高電圧と、一千万アンペアをえる大電流のらいげきほう的に再現された極小規模のらくらいだ。


 そのしようげきはフレイムボアの外皮をかんつうし、ものきよたいを激しくけいれんさせた。

 神経を焼くような苦痛におそわれて、フレイムボアがもんする。


「さすがにかみなりたれたのは初めてか? まんの毛皮もでんげきまでは防げないようだな?」


 俺はセミオートでそうてんされただんがんを次々に発射した。そのだんがんせきをなぞるかのように青白いらいこうほとばしり、ものきよたいを絶え間なくおそう。


 だが、目の前のフレイムボアは、そのかみなりほうを何発もらいながらもえている。


 その事実に俺はむしろ感心した。さすが変異種。すさまじいタフネスだ。おまけにこうげきらい続けているうちに、フレイムボアは、かみなりほうへの対策すら編み出したらしい。


「なるほど……それがおまえの固有能力か」


 はく色にかがやき始めたフレイムボアの毛皮をながめて、俺は、ほう、と息をいた。

 ものの周囲の大気がらめき、十数メートルもはなれた俺のところにまで真昼のばくのような熱波が押し寄せてくる。


 毛皮をふくしやばん代わりに使ったほのおよろい。それがヤツの切り札なのだろう。通常種のフレイムボアには備わっていない変異種だけのとくしゆ能力だ。


 おそらく今の変異種の表面温度は、ゆうで一千度をえているだろう。

 だがそのほのおは、ものが展開したりよくしようへきの副産物に過ぎない。


 ほのお属性のしようへきで全身をおおうことで、ただでさえきようじんだったフレイムボアの外皮はまさにてつぺきとなった。ただのライフルのじゆうだんでは、あのしようへきつらぬけない。たとえこうげきしたところでしようへきはばまれて、やつの肉体に届く前にだんがんはじかれてしまうだろう。


 それはつまり俺のらいげきが、やつには届かないということだ。

 自分が優位に立ったと判断したフレイムボアが、ほこったようにたけびを上げた。


 そして俺に向かってぐにっこんでくる。

 勢いに乗って加速するしんきよたいを止めることはもはや不可能だ。

 だがそれはフレイムボアもまた、俺のこうげきをよけられないということでもある。


「できればこいつは使いたくなかったんだが……」


 本気のためいきらしながら、俺はから新たな武器を取り出した。


 俺が〝いなずま〟などというずかしい二つ名で呼ばれるげんきようにもなった、まわしき切り札。

 たいほうと呼ぶには精密すぎ、じゆうと呼ぶにはあまりにもきよだいしろもの

 ふたまたに分かれたじゆうしんを持つ、全長四メートルをえるエレクトロマグネティックランチャーEML──


 すなわち、だ。


「悪いな、もの。その命、いただくぞ……!」


 俺はくちびるはしげて、どうもうに笑った。


 を開放して、めこんでいた大電力を一気に放出。じゆうしんが青白くかがやき、加速回路を形成する。


『待て! わつぱ!』


 なにを血迷ったのか、俺の耳元で黒犬がさけんだ。だが、ほうげきを止めるにはもうおそい。

 かみなりほうが生み出すぼうだいな電流が電磁気力を生み出し、だんがん代わりの金属のかたまりを射出する。


 ごくちようおんそくしようした金属かいほのおほうしようへきをあっさりといて、フレイムボアの頭部にちやくだんとくちよう的な角をいつしゆんふんさいし、そのままものがいをごっそりとしようめつさせた。


 当然それだけのりよくを生み出したの発熱と反動はすさまじく、俺は自前の風ほうと身体強化を全開にして、どうにかそれを押さえつける。

 そしてごくちようおんそくだん体が生み出すばくふうがどうにか収まったときには、フレイムボアのきよたいはもはや原形をとどめていなかった。


「ハルくん! 無事ですか!?」


 もうもうと立ちこめるつちけむりの中、岩場から降りてきたアナが、俺のほうへとってくる。

 俺は、いまだに帯電しているもどしながらうなずいた。


「当然だ」


「あの……それで、いのししのお肉は……」

「肉……?」


 いつしゆんなにを言われているのかわからず、俺はげんな顔をした。

 アナと黒犬が変異種の肉を楽しみにしていたことを、少し考えて思い出す。

 もともと夕飯にする予定だったラプトル肉を、変異種のフレイムボアが食べてしまった以上、その代わりの食材をアナたちが期待するのは、当然といえば当然のことだ。


「だから待てと言ったのだ」


 黒犬が、非難がましい視線を俺に向けた。

 ほうげきをまともにらった変異種の頭部はあとかたもなく、どうたいの大半も爆発四散している。可食部など半分も残っていないだろう。

 どうやら黒犬はこうなることをおそれて、俺のほうげきをやめさせようとしたらしい。しかし、こうなってはもはや後の祭りである。


「ぼ、ぼたんなべが……」


 地面に散らばったフレイムボアの欠片かけらを見回して、アナが地面にひざく。

 そんなてんじんの少女の背中を、俺は気まずい思いでながめるのだった。