1:8.6周年記念SS
エイティシックス8.6周年記念SS 貴族if1
「――ギアーデ皇国には慣れましたか、ヴラディレーナ嬢。そろそろ疲れも出るころでは」
きらびやかな貴族服に優雅にマントを羽織った出で立ちで、悠々と一人掛けのソファにかけて。ギアーデ皇国武門筆頭・ノウゼン侯家の次男であるシンは微笑み。
「おかげさまで、シンエイ卿。毎日が新鮮で楽しいですから、疲れている
やはり一人掛けのソファにちょこんと腰かけ、人魚めいた細身の青いドレスに身を包んだサンマグノリア女王国・ミリーゼ家令嬢レーナは微笑んで応じる。
繻子の銀髪に飾ったコサージュを揺らして、少し身を乗りだした。
「シンエイ卿にはすっかり甘えて、連日エスコートをさせてしまいまして」
「レディに一人で、それも不慣れな街を歩かせるわけにもいきませんから」
肩書の高貴さを振舞でも示すかのように、優雅に微笑みあってから。
二人は同時に噴き出した。
「――シン、そんな甘い声だせたんですね」
「やめてください、けっこう恥ずかしいんです。レーナ」
からかうレーナに、シンは赤い顔でそっぽを向く。
顔を隠した前髪の隙間からちらりと、拗ねたような血赤の瞳が見返してきた。
「レーナはもともとお嬢さまですから、こうした振舞にも慣れているのでしょうが」
つん、とレーナは澄ましてみせる。
「あら、わたしだって努力して、恥ずかしいのを我慢してるんですよ」
なんとも言えない顔で一部始終を眺めていたヴィレム参謀長が、ようやくつっこんだ。
「……なにをしているんだ、君たちは」
果たして二人の若年士官は、上官の下問にきょとんとしてから同時に答えた。
「「ギアーデ皇国貴族ごっこです」」
「………………………………。そうか」
あんまり当然のような顔で言われたので、ヴィレムもつい芸のない相槌を打ってしまう。
そもそもの始まりは、シンたち第一機甲群が夏休みなのをいいことにどこぞの西方方面軍参謀長が陰謀を巡らし、シンとレーナに吸血鬼とその花嫁の
で、それを軍内に隠然と存在するネットワーク経由で、シンの祖父であるノウゼン候が聞きつけた。
そんでもって可愛い一人孫をよその家門に弄ばれたノウゼン候は「ええいエーレンフリートの三男坊めが姑息な真似を。わしだって孫のおめかし姿が見たいわ!」とシンの仮装・別パターンの調製を勝手に開始。を、聞いたシンの祖母のマイカ女侯も「では我がマイカ家はミリーゼ嬢に。ええ、当然の権利です」だのとレーナのドレスをやっぱり勝手に用意して、他の各家までもが「それなら我が家が庇護しているエイティシックスにも!」とそれぞれ衣装を贈りつけた結果、機動打撃群は現在、ちょっとした仮装パーティー状態なのである。
この半月後にも盟約同盟でのパーティー実習でエイティシックスたちは礼服を着るし、それも庇護する各家が用意する予定なのだが、どの家もその事実はきっぱり棚にあげている。特に男子組は軍服で揃えたので他の衣装も作りたかったというのもあるし、女子にはドレスは何着あってもいいので(断言)。
元より、戦場育ちのエイティシックスには非日常的な長期休暇の学校生活に、この元大貴族の威信と悪ノリが無駄に詰めこまれた贅沢な仮装衣装である。着つけてもらった少年少女たちはそれはもうテンションがあがってしまって、授業はすっぽかしてお祭り騒ぎを決めこんでいる。すっぽかされた教師たちは教師たちで、あきらめ半分微笑ましさ半分に追認したあげく即席カメラマンと化してあちこちで写真を撮りまくっているので特に問題もない。
ある意味発端となったシンとレーナも例に漏れず、浮かれた挙句に衣装にあわせて貴族ごっこを始めた次第なのである。
というか他の場所でも即席貴族ごっこは流行しつつあって、ヴィレムは彼には珍しく呆れを隠せない。こういうところは子供らしいというか、ふざけ盛りの十代というか。
……まあ。
「楽しんでいるならいい。存分に臨時の祭りを満喫しろ」
いい年こいて悪ノリした保護者一同が熱烈に所望している写真も、これなら手配するまでもなく集められるのだろうし。



