5:2025年 タイサイン会のお礼SS
ジャスミン
「なんかこの花、カイエに似てるよなー」
と、いかにも何の気なしにハルトが目を向けて言った先を見やって、カイエはまばたく。本来の住民には見捨てられて久しい、八六区の廃都市の一角。けれど春真っ盛りの今は人間の不在などそ知らぬ顔で新緑の草木が成長を競い、その一つである蔓草が、群れなす真っ白な花を眩しい陽光に映えさせている。
一つ一つは小さい、けれど無数に咲くからまるで滝のなだれるように華やかな、そして強い甘い香りを一面に漂わせるこの花は。
「茉莉花……ジャスミンだな」
「いや、名前言われても俺そういうの知らねぇんだけど」
たいへん風情のないというか、いきなり前言を台無しにするハルトの応答だったが、それでもカイエは相好を崩す。ハルトの発言はアレだが、綺麗な花に似ていると言われて悪い気はしない。
「ちなみに、どのあたりが私に似ていると思ったんだ?」
「えっ」
ハルトは素っ頓狂な声を上げた。
見返せばそのまま、虚を衝かれたとの困惑とが半々ぐらいの顔で固まっていた。
思わずカイエは半眼になってしまう。
「……おい」
ハルトは唇を尖らせる。
「いやだって、いきなり聞かれたってうまく言えねえもん……。なんていうか、こう、全体的な雰囲気っていうか、きりっとしててけど優しい感じの花がカイエっぽいっていうか。見てるとなんか背筋が伸びる気がするとことか、そういえばカイエも風呂あがりとかすげーいい匂いするよなとか、ああそう」
なんだ。
ちゃんと理由があるじゃないか。
機嫌を直して再びにこにこするカイエに、思考に沈んでいるせいで気づかぬままハルトは続ける。そう。
ちょうど春に咲くこの花の姿と香りに、冷たく暗い冬の終わりを実感するのと同じように。
「この花見っけるとああ春になったなぁって思えるみたいに、明るくてなんかほっとして、そんでちょっと眩しい気分になれるところがさ」



