一章 図書委員は地下へと潜る ②
本を返そうにも、配架基準も不明だ。さらには人もいない。
「あ、そういえば、あの女子」
先にエントランス(?)に入った女子。そもそもは彼女を追って来ていたのだ。
「さっきのとこにはいなかった」視線を水平へ。本棚が走る空間を見る。「ここにいるの?」
明らかに異常な空間だ。そもそもが、
(こんな空間が、地下に広がっている……?)
それはおそらく、自分の知らない場所だ。誰かが開くのを待つ場所だ。
ごくり、と無意識に唾を飲んだ感触を、
分かっている。すぐ戻るのが正解だ。この場所も脳内の地図も、何もかもおかしい。
「でも、あの受付さんは話になんないし」言い訳が始まる。「俺が、さっきの子を、探さないとな」
感情を隠しきれない口元から、犬歯が
○
一方その頃、
「そういや、新規名簿って誰か『受付嬢』に持ってった?」
「あー。
答えるのは先刻、
「
「ほら二年の。いっつもニコニコ笑ってる
「
「え、マジすか。名簿に名前あったから、てっきりもう話付いてるもんだと思って」
「それ勧誘予定のリストじゃないの? 確かフブル先生一緒に置いてたような」
ぴた、と室内の空気が止まる。一人の女生徒が、答えた生徒に
「ちょっと、どういうことなの。
「おわわわわわわわ。先輩、絞まる絞まる首が絞まる」
「あー。落ち着け。
数人が興奮気味の女生徒──
「じゃあ
これに、またしても室内が静まりかえる。
「……やばくね?」「
「あかんやつやん、じゃなくて!」
先ほど取り抑えられた女生徒が、拘束から脱してわめいた。
「救出隊を! 組むわよ!」
○
(あの女子、どこ行った……って!)
そして、場所は戻って地下書庫だ。
「くそっ、見つかった!」
聞こえる爪音が加速し、振り向く
「なんで図書館にこんなもんがいるんだ!」
(全力で走るなんて、いつ以来だ……しかも前より速い?)
それは、彼には失われたはずのものだった。命の危険を感じているような状況で無ければ、跳び上がって喜んでいたところだろう。
「そんな場合じゃねえけどー!」
巨犬ほどではないが、通路や書架の端々に、妙な生き物も時折
(い・よ・い・よ・ダメかー!?)
「こっち!」
絶望が
「っ!」嫌も応もない。このままでは犬の夕食だ。
壁に肩をぶつけながらも
「閉めて! すぐ!」
声に従い、
「ぜえ、ひい……助かった……?」
入った先はまた通路だ。荒い息を吐いた
「!?」
横たわる少年の姿だ。赤毛の、少し不良っぽい印象である。襟の
「死んでる……!?」
「死んでますね。いやあ、助けに来たんですけど間に合いませんでした」
あっけらかんと死を語る声。横からのそれに
空色の髪。シャープに整って、目鼻立ちのくっきりした容姿は西洋人のそれだ。よく見れば、その顔は図書委員会で幾度か見たことがあるものだった。会話したことは無いが、英国からの留学生という希少な立場から、名前は
「一年のエスキュナ・コーナー……だっけ」
「イェス。確か図書委員のせんぱいでしたよね。お名前はごめんなさい、覚えてないです」
「
「どっちだっていいけど、君、これ」
「ああはい、とりあえず連れて帰らなきゃいけないんですけど、
何がなんだかという
「ちなみに、帰り道とかは」
「うろ覚えです! ふふふ、せんぱいったらわたし一年ですよ?」
自慢げに、誇らしげに言われた。
「帰りのルート失うとか、遭難じゃねえかよ……」
遭難。目の前の死体。自分と共にいた人の。体温が数度ほども下がる錯覚。
(────っ。落ち着け……ここは違う。あの場所じゃない……)
と、
「あった!」小さく叫ぶ。
「わっはぷ!」普通に叫ぶ。
先ほどの巨犬の他にも生物らしき姿はあった。気付かれれば面倒だ。エスキュナへしーっと注意して、
…………見事に、彼が逃げ走ってきたルートが塗り替えられている。
「よーしよしよし……」
しかも、自分とは違う動くマークがある。先ほどの巨犬だ、と
「行ける行ける行ける……」
「何か怖いこのせんぱい」
目を閉じて
「失礼な。よし、帰り道は任せてくれ」
「ほんとですかっ! せんぱい頼りになるぅ」
「……………………」見事な変わり身だった。
しかし、今すぐ出てはあの巨犬に鉢合わせする可能性が高い。休憩を続けつつ、
「この彼は──いったいなんだってこんなとこに」
「バカヤチは……あ、こいつですこいつ。わたし、こいつが何かここに入ってくのを見て、危ないから助けに来たんですよ。……間に合わなかったけど」
エスキュナが答える。知り合いだったようだ。
(二重遭難。いや、俺も含めりゃ三重か)
そういった状況に覚えがある
「そいつは……残念だった」
「ま、放置はさすがに
淡々と彼女は答える。
「か、軽いな……。しかしなんだって図書館の下にこんなとこがあるんだ」
「え、せんぱい知らないんですか? 地下閉架迷宮書庫」
常識っぽい返され方をして、
「あれあれ? わたし、勘違いしてます? せんぱい、魔書もらいましたよね?」
「ましょ?」
こくこくとエスキュナは
「受付嬢さんに」
言われて、彼は思い出す。
「あ、それですそれ」
「コレが? 返却するんじゃないの?」



