一章 図書委員は地下へと潜る ③
素の疑問に、エスキュナは
「もしかしてですけど、せんぱい、何も知らずに来てます……?」
「こんなとこがあること自体初耳だよ」
おーぅ、と彼女は天を仰いだ。
「とりあえず──必要なことだけ聞かせてくれ。この本に何があるの?」
彼女は
「これ──読めます?」
「英語っぽいけど、読めな……ん、ん?」奇妙な感覚が脳髄に走った。字自体は微妙なのだが、「読める……? 『亡失迷宮』?」
「はい。確かそのはずです。これ、わたしは今、読めないんです。魔書の貸出者じゃないので」
なんだそりゃ、と
「そういうものだと思ってください。要は、魔法の本です。だから魔書。そんなのあるわけないとかナシですよ、ここにありますから」
「むう」
先んじて反論を封じ、ぴこぴこ指を振って彼女は続ける。
「これを地下閉架迷宮書庫──ここです──のエントランスで『受付嬢』さんから借りると、貸出者は……えー……簡単に言うと、強くなります」
「んな」
アホな、と続けようとして。
考え込む
「なので、魔書はこの危険な迷宮書庫を探索するための、装備なんです」
「──それだけじゃないよな? 本の効果」
不意に投げた疑問。次に意表を突かれるのは彼女の番だった。
「え、もしかしてせんぽい、『記述』使えるんです……?」
「それかどうか知らんけど」
「すごい……迷宮書庫初めてですよねせんぱい!? それで『記述』使えるなんて。わたしなんてまだパワーアップだけですよ」
疑問はまだあるが、一旦置く。帰還が優先だ。
「整理しよう。つまり今俺達は普段より身体能力が高くて」
「
「分かる」「すてき」
「わっすご。持ち上げちゃった。こいつ、お任せしていいんですか?」
「君は一応魔書とやらの経験者なんだろ。そっちが自由な方がいい、と思う」あと、と人差し指を立てる。「仏さんにこいつ、はやめとこう」
エスキュナが何事か言いかけ、しかし口を閉じた。代わりに「はーい」と返事。
「いけそうです?」
「ちょい待ち。こっちに向かって歩いてる。反転するまで……」
書架で出来た通路。並ぶ棚の端の間を歩き、陰で
「ゴッタゴー」エスキュナが先行し通路を数本渡り、その後に続く。
「ほんと便利ですよね、敵の位置分かるなんて。鉢合わせしたらそれで終わりですもん」
「あのでかい犬だけだけどな。君がさっき追っ払ったモモンガみたいのは分かんなかった。大物だけ分かるのか……?」
分からないといえば、迷宮書庫というもの自体が
「そこらは色々、後で受付嬢さんとやらを問い詰めるとしてだ」
「あ、意味ないですよそれ」
周囲を警戒しつつ、エスキュナ。こちらの疑問の気配を感じたか、続ける。
「あの人、基本的に魔書の貸出返却処理以外はなーんにもしません。例えば図書委員以外があそこ行って、扉開けてもノーコメ。だから彼みたいなのが入っちゃうんです」
そう言って、彼女は
「なんだそれ。無責任だなあ」
思えば、
「っと!
慌てた声。
「そっからも来るの!?」
顔を左腕で
「っづぅぅぅ! この程度、慣れっこなんだよ……! でいっ!」
刹那の後。
「ギィッ!」
押し潰されかけ、
「大丈夫ですか? ……わ、おっきなハンカチ!」
エスキュナが
「痛いけどね、まあこんなとこのネズミだ。出たら消毒して医者行かないとな……」
「あ、いやそれは──」
感染症とか大丈夫かな、と心配する
ぱぁん……と音が響いた。大ネズミを
圧倒的な力で、
「「っ!?」」
慌てて、
「速い……! もう隠れんぼは終わりだ。走るぞ!」
死体を
「え、え、なんで!?」
「さっきのネズミだ。あいつらが逃げた先で──くそっ、そういうのもアリかよ!」
話す間にも、巨犬のマークの移動速度が上昇。走り出した。
「一応聞くけどさ! 戦って勝てたりする!?」
「わたしが十人いたらたぶん勝てます! 内八人死にます!!」
「勝てないんじゃねえか!」
だかだかと迷宮を走る。道が分かる
「うわ足音聞こえてきた! せんぱい早く早くぅ!」「仏さん背負ってるのに無理言うなよ!」
切羽詰まった後輩の声を聞きつつ、
(いや全く、こんな全速力は本当に久し振り──)
足を動かす
そして、
「うわー出た! 来た!」
後ろを振り向いたエスキュナが叫ぶ。同一通路に入られた。出口も見えた今、後は一直線のレースだ。
「エスキュナ、君だけでも先走れ!」
「ええ!? ぇぇぇぇえぇぇぇぇぇぇはい分かりました!」
速度を上げた彼女が
(いいことだなオイ! 多分俺は到着前に追い付かれる……! くそ! 恨むからな受付嬢さん!)
ただ。背後から迫る死を覚悟しながらも、この時少しだけ。
(あの時よりは、マシか)
強化されているとは言え、人と巨犬の速度差は冷酷だ。
それでも懸命に足を回したその時。背後の四足音と重圧が霧散した。
「!?」愚行と分かっていながら、反射的に後ろを振り向く。そこには、
「消え……」何もいない。だが直後。
ずどん、と大重量が降りる音。振り向いた
「ぎゃあああぁ!」
エスキュナが叫ぶ。再び、視界を前へ。そこには。
「グゥウゥゥゥ────」
(飛び越えやがった……!)
走る
「つ、詰んだぁ~」
エスキュナが外国人らしからぬ言い回しで諦念を表す。
(なんだ──)
巨犬は二人を
(なんだおい──)



