二章 図書委員は仲間を募る ⑤

 そもそも多くの探索委員が『卒業で終わる』感覚でやっていることだ。学校としても年々入れ替わる生徒達にさせている。全体として問題は特に無い。


(ならなんでやる気になってんのか、っつーと)


 たけるは本のもう半分にもコートを貼り終えて、確認。空気も入っていない。中々の出来だ。


(──僕が)あの日の景色が脳裏に浮かぶ。(僕がそうしたいからだな)

「あ、すごい。れいに出来たね」


 の賛辞にふふふと笑い、たけるは文庫本を返し返しして眺め……


「ぐぇぇぇ」鳥が絞められたような声を喉奥から発した。


「ど、どしたの?」


 たけるが顔を突っ伏しながら、本の背表紙と裏表紙を順に示す。それでも了解した。


「あー、分類シールと登録用バーコード……貼る前にコートしちゃったね。ま、上から貼っちゃおうか」

「ぐぎぎ」


 うなたける。今度はが苦笑して、シール型の小型コートを持ってくるため席を立った。


   ○


「うーむ、これ、ちょっと見込みが甘かったかな?」


 翌日の昼休み。たけるは学園の中庭でひとり、手製の弁当をもぐもぐやりつつ手元のプリントに×印を付けている。


もだめー、と。ていうか彼、づみ先輩が今いる隊の隊長だったんだな……怒る怒る)


 プリントの内容は図書探索委員の名簿コピーだ。はや半数近くに×印が入っている。


「二十数人に声かけて全滅か。今日で駄目だとまた来週、かな」


 土日は基本的に図書館もお休みなので(フブル司書と、迷宮書庫アタック希望の探索隊はいる)、誘いをかけることも出来ない。

 苦悩に目を閉じ、眉をハの字にして、デザートのシャインマスカットを口に運んだところで、箸の先から重さが消える。


「?」

「おいしー。日本の果物すきー」


 目を開けると、目の前で口をもごもごやる空色の髪が見えた。たけるの困惑の視線を受けて、彼女はふふんと笑う。


「お困りのようですねせんぱ」たけるは空色の頂点にチョップした。「いたぁ!? 何すんですか!?」

「エスキュナかあ」

「スルーした! カワイイ後輩の文句スルーした!!」


 自分で言ったよ、と思いつつ、たけるは取られないように残りをそそくさ口に入れる。


「あっずるい! もう一個欲しかったのに!」

「もぎゅもぐ……んぐ、僕も好きなんだよ、シャインマスカット」


 種まで取られた食用特化感がたまらない。お前それ捨てていいのか。


「んで何の用なの、後輩さん」

「むぐぐ! 扱いがぞんざいですね! なんですか人が助けてあげようとしてるのに!」


 かくん、とたけるが首を横に倒して、疑問のポーズ。


「聞きましたよ! メンバー探してるんでしょう? 水くさいですねせんぱい、ここに頼れる後輩がいるじゃないですか!」

「ド初心者の僕と一緒に仲良く遭難した後輩しか見えないな」

「むかぁー! 随分な態度ですね! 次はわたしのカッコいいとこ見せてあげますよ!」


 冗談はさておき。たけるはエスキュナに向き直る。薄く笑って聞く。


「色んなとこ入って品定め中って聞いてたから遠慮してたんだけど。いいの? こんなメンバーもそろってない初心者隊で」


 こくこく、とエスキュナがうなずく。


「えへへ~実はどこもなんかびしっと来なくて……」

「クラスにめない子かな」

「失敬なクラスの人気者ですよわたしは。ほら、あんまりガチなの怖いじゃないですか」

「ゆるいなあ」


 腕組んで、大丈夫かな、と思うたける


「それに、ですね」エスキュナが続けた。「助けに来てもらって、うれしかったんですよね。せんぱいがそーゆーこと中心にやるなら、協力したいなって」

「……エスキュナ…………」「えへへ」


 たけるが少女を見返す。照れくさげに笑う彼女。はたからは、感動的な場面のように見えた。


「………………」「えへへ……へ」


 さらに。もう少し見つめる。やや頰が引きつった。


「……あ、あの、その、どうしたん、ですか?」

「なんでこの前の当番の時言わなかったの、それ」


 さく、と言葉で刺してみる。エスキュナの目が泳いだ。


「その、すぐ入ろうとしたら軽く見られるかなあって……困ったとこに来た方が、その、ありがたく思ってくれるかと……」


 軽い沈黙が落ちた。再び薄く笑って、続けて問う。


「本音は?」

「お願いしますわたしも入れてください! もうぼっちは嫌ですぅ!」


 半泣きでひっしとたけるの腕にすがりつくエスキュナ。


「他のとこに入れてもらってもなんか居心地悪いんですよう! お願いしますせんぱい! 入れてください! もうわたしせんぱいじゃないと駄目なんです!」

「言い方ぁ!」


 晴れた中庭。昼休み。人がいない訳ではない。大声。

 はっ、とたけるが周囲を見回した。


「あらあら」「ちょっと、あれ……」「まあまあ」「やっぱ外国は進んでるな」「お熱いことですなあ」「男の方爆発すれば良いのに」「風紀が! 風紀が乱れてるわ!」


「……うわあ! やめろ! 誤解が広まる前に今すぐ離れろあっち行けー!」

「誤解ってなんですかぜったい嫌です! せんぱいが入れてくれるまで離しませんからね!」


 色々な蔑視を受けつつ、たけるの隊が一人埋まった。




「……以後、注意するようにな」

「はい……」「はーい!」


 放課後。呼び出された生徒指導室からしょんぼりと出るたけると、上機嫌のエスキュナ。


「押し切られた……。まあ……まあいいか……。これであと一人」


 苦々しい思いながら、たけるが算段する。だが、まだ打診していない探索委員はいてもフリーの存在、というのは数少ない。


「さて、見つかるかどうか」

づみせんぱいもいるんでしょ? なら三人でもへーきですって!」


 わたしが二人分働きますよ! とくうへシャドーを始めたエスキュナを横目で見つつ、


(絶対あと一人捕まえよう)


 たけるは決意を新たにするのであった。


   ○


 そして。翌週。


「見つかった?」

「ダメデス」


 べちゃり、とカウンターに突っ伏すたけるを、今回の図書当番相方であり、先輩であり、あの時たける達を助けに来た一員でもあるあめあけが笑った目で見る。


「あたし一応役員なんでサボれないんだけど、探索委員なると当番サボりがちになる子多いからさ~」突如、声色が変わる。「スッサーも潜るようになったら来なくなるんでしょ……」


 よよよ、とうそきする彼女にあきれつつ、


「いやまあ、結構楽しいんですよ図書委員こつちも」これは本当の話だ。「学校での人と話せるの普通無いし……っと、こんちはー」


 言っているそばから一般利用者がやって来る。


「ええと、子供が言ってる絵本が見たくて……」

「タイトルはどんなんです?」


 蔵書検索画面を開きつつ聞くと、ママさんらしき女性は続ける。


「分からないんですけど……その……恐竜が出てくる……」

(こ、これは厳しい案件だぞ)


 たけるの利用者用スマイルが一瞬固まる。ちなみに蔵書検索へ『恐竜』と打ち込んで出てくる冊数はかんろくの数千冊越え、絵本に限定しても軽く八百冊は越える。男子と子供の一大人気ジャンルなのだ、恐竜は。たけるも嫌いでは無い。


「どんなお話かは分かります~?」


 あめの助け船に、ママさんは記憶を探るように、


「ええと、うちの子は病院の外に恐竜が出るって」

(なんだそれ)


 ということを、絵本の展開に言っても仕方ないということはここ数ヶ月でたけるも理解していた。絵本、ストーリー展開が自由である。


(うどんが川渡った時には戦慄したからな)


 思いつつ、モニタ上にリストアップされた絵本達を検討する。病院があるので、実際に恐竜がいた大昔を舞台にした系は除外。


「んー……これか、これか……すんません、カウンターお願いします」

「はいよー、行ってらっしゃーい」


 とりあえず候補に選んだ本のデータをレシート印刷して探してみる。ママさんと一緒に絵本棚を探索探索。


「これは?」「違い……ますね」

「これでは?」「違うと思います」何度か繰り返し、


「むむむむむ……」


 手持ちの書誌情報が尽きた。もう一度、と戻りかけるところで


「ご面倒おかけしてすいません、もう一度こっちで調べてきますので」

刊行シリーズ

グリモアレファレンス2 貸出延滞はほどほどにの書影
グリモアレファレンス 図書委員は書庫迷宮に挑むの書影