二章 図書委員は仲間を募る ④

(一人が気楽な気もするけど、そんなことしたら……)


 何しろ猛獣どころか化け物がうろついている、名前の通りの迷宮じみた空間だ。魔書とやらの力で対抗できるとはいえ、


(『死に戻り』を経験することになるな……)


 先ほどエスキュナと話していたことだ。生き返るとはいえ、すすんで体験したくはない。


「隊員集めも全然ですよ。かつに一人で潜って死にたかないですし」

「まーね。昨日は助けられて良かったけど」


 づみが嘆息した。聞き忘れたことをたけるは口に出す。


「そういえば。『死に戻り』の場合、魔書ってどうなるんですか?」

「置き去りね。というか、地下書庫がまた取り戻しちゃうわ」

「回収し直し、ってことですか」


 連れて帰るのと放置で段違い、というわけだ。

 本を返しに書庫へと歩くたけるに「分かンなくなるといけないから」とづみは着いてきた。普通に面倒見がい。


「あ、そこそこ。作家はハ行多いからもう書庫もギュウギュウねえ……」

「救出専門の隊とか無いんですか?」

「無いわよ? 隊によってスタンスはバラバラ。単純に部活気分の子もいれば、報酬目当ての子、貴重な本を読みたいって子、果ては魔書を使った戦闘が目的の子までね。それぞれがそれぞれの目的で迷宮書庫を探索してるの。魔書自体は全体で優先的に回収し直すけど、基本的に競争関係だから。……ふじたにチャンもね」

「その名前は……」

「もう聞いてたかしら? アナタの前任者ね。彼は所属してた隊に再突入する余力が無くてね」


 昨日と、先ほどエスキュナの言った通りか、とたけるは本を戻しつつ思う。


「じゃあ、今回は……」

あの子エスキユナもまだ決まった隊に入ってなくて、あちこちに臨時で入ってたようなもンだから。放置だったかもねえ」


 たけるが思っていたより殺伐とした話だった。


「アナタはね、書類を渡し間違えたアタシらの落ち度でもあるし、まだ探索委員になってないアナタをどーしても助けるンだって、あまてらチャンがまあみ付かンばかりの勢いでね」

(そうだったのか。ミカねえ……)


 だが、づみは指先を左右に軽く振ってみせる。


「そんな深刻に捉える話でもないわよ? なんせ最悪の事態は無いからね。こういう言い方するとアレだけど、宝探しのダンジョンゲームだとでも思って気軽にやンなさいな。……さっきも言ったよーに、探索員やるスタンスは個々人で色々。さっきのふじたにチャンにしても、他に適合する魔書が無くて、探索委員が出来なくなった。そしたら報酬のないフツーの図書委員なんて嫌だ、ってアッサリ辞めちゃったし」


 本を次々棚に戻しつつ、たけるは続けて聞いた。


「報酬ってどんなのがもらえるんですか?」

「基本的にフブルチャンが提示する外部の依頼──地下レファレンスね。これに応えて地下書庫から資料持ってくるのが探索員の仕事なワケ」


 そこまではたけるも聞いていた。づみは続ける。


「他にも新しい資料の発見とか、こなした数とか。成績によってボーナス出るワケよ。内申とか学食券とか、ストレートに現金とか。色々ネ。だからふじたにチャンみたいに、バイト感覚でやる子も実際多いわね。んで、依頼には」

「救助は入ってないと」


 そゆコト、とづみうなずく。なるほど、とたけるうなずく。脳裏に浮かぶのは、かつての自分だ。

 。助けを待っている。たとえそれが、無かったことになるものでも。


「じゃあ、僕の隊がやります」

「へえ?」眼鏡の奥の手入れされた片眉が上がる。「何の得があって?」

「僕は、一番不真面目なタイプなんで」


 とにかく探検がしたい。隅から隅まで探検し尽くして、目的の場所へと到達するのがたけるの目的だ。その過程で、誰が助かろうが、特に損は無い。


「あとまあ、何ヶ月か図書委員やってみて、ちょっと人に本届けるのも楽しくなってきたんで。図書館の本分でしょ、これ」


 地下迷宮書庫探索においても、隊員が生きて戻れば、また探索に行ける。となれば、全体の能率も上がる寸法だ。


「──そういえば、アナタは通常業務も結構熱心にやってるみたいネ」


 照れ笑いしつつ、たけるは足を階段方面へ向ける。そろそろ戻らねばエスキュナが困ってしまう。


「ま、探索委員の基本がそんな感じだとしたら、メンバー集め苦労しそうですけどね。こっちの仕事しながら、気長にやりますよ」

「……そうね」づみが、くるりとポーズを取った。「だからアタシ入ったげるわ」

「え?」

「これで二人ね」肩をひょいとすくめて笑う。


づみ先輩、もう入ってる隊があるでしょ?」

「そろそろ飽きが来ててねー。アナタの隊の人数そろい次第抜けるわ」

「僕の隊じゃ地下三層からですよ? 先輩だともっともっと下まで行ってるんじゃ」

「そうねえ。アタシのいるとこバトル主義だから、十層後半くらい?」

「なんでまたそんな強い人が。ありがたいっちゃありがたいですけど」


 たけるは一度彼の戦いを見ただけだが、その力がかなりのものだということは分かる。図書委員会副委員長という地位から見ても、探索員全体でも有数だろう。


「それはね」づみたけるを足下からてつぺんまで見て、何を納得したのかうなずいて笑った。「アナタが気に入ったからヨ」


 ぱちり、と眼鏡の奥でウィンクまでしてみせる。


「……………………それは、どうも」


 ほんの少し身の危険を感じつつ、たけるは申し出を受け入れた。



(地下書庫は書架で区切られた迷宮だから、最大でも五人、一箇所に六人以上いると連携が取りづらくなる上に、大人数は怪物も集めちゃう、だっけ)


 そういった理由で隊同士の連携も少ないという話だ。

 となれば、隊発足には最低でも後二人欲しい、ということになる。

 地下書庫から戻って。たけるは再び通常業務をしている。相方はに代わっていた。


(エスキュナ、どこ行ったんだろ?)


 そう思いつつも仕事をする。段々下校時間も近くなり、人も少なくなってきた頃合いだ。


「ねえ、たける

「な……なに、ミカねえ。今集中してるんだけど」


 おおお、とたけるは慎重に力を込めて文庫本へブックコートをかける。汚れや傷を防ぐためにカバーの上から貼り付けるものだが、これが中々難しく、油断すると空気が入ったり中の紙面にひっついて破れかねない。慣れない内は非常に気を遣う。


「やっぱり、探索委員、やるの?」

「ええ? う、うんまあ」


 折り返し地点まで到達して一息。現状完璧だ。慎重にカバー裏へ折り込んでいく。文庫はソフトカバーのため、反らないように折り込む側を下にして机に押しつけ安定させる。


貴方あなたの元々の趣味もだけど……本当は危ないこと、して欲しくないの。こうして一緒に委員会するだけじゃ、だめ?」


 むむ、とたけるうなる。彼女は昔から、過保護というか、お姉ちゃんぶるところがあった。


「いやまあほら、こっちはむしろ最悪の場合が無いって聞いたしさ」

「それはそうだけど。ふじたに君のこと、聞いたんでしょう?」

「ああ……」


 死に戻ったということは、つまり。


(置き去りにされたってことで)


 に戻ってくるとはいえ、


(その孤独には覚えがあるよ。ふじたに


 さらにが付け加えてくる。言いづらそうに。


たけるは、その……あんなことがあった、し」

「──心配しすぎだよ、ミカねえ


 あえて、薄く笑って受け流す。しかしの表情は曇った。


「……私一緒の隊じゃないから守れないし……なんでづみ君だけ……ぶつぶつ……」


 あんたんたるオーラを周囲にき始めるに苦笑しつつ、たけるはコート貼りを再開する。


(つまり、救出を奨励されてないのが問題……いや、問題になってないのか。づみ先輩も競争原理で回ってると言ってたし、重要な戦力でも無い限り、代わりは全校にいくらでもいる)

刊行シリーズ

グリモアレファレンス2 貸出延滞はほどほどにの書影
グリモアレファレンス 図書委員は書庫迷宮に挑むの書影