二章 図書委員は仲間を募る ③

「あ、はい。そうですね。基本隊員の面倒は同じ隊が見るって感じです。バカヤチとたけるせんぱいはうっかり迷い込んじゃったケースなので」

「昨日フブルさん達に聞いたよ。普通は同じ隊じゃなけりゃ放置されるって」


 言いながら、少し身震いする。その恐怖には、覚えがある。


「そーそー。四十八時間です。それを過ぎちゃうと、んですよ。ですから、実はあそこで一番ピンチなの、わたしだったんですよねえ。確か、せんぱいの前任の人もそれでやめちゃったんだって話ですよ」


 これもフブル達から聞いた、放置排出における迷宮書庫のペナルティだ。それは、二つ。


「死んだ人を連れて帰らず、迷宮に追い出されちゃうと、生き返りはするけれど持ってた魔書が使えなくなる。それと、その探索の記憶を失う……戦力ダウンするし、経験もパアなわけだ」


 ふむ、とたけるは思案する。隊と隊の間というのはかなりドライな関係らしい。


「ところで、エスキュナは誰の隊に入って……」

「わっはぷ! 返却まっちゃってますね! ちょっと行ってきます! ゴッタゴー!」


 なにやらはぐらかしながら、エスキュナはいっぱいになった返却台を押して本棚の森へ歩いていく。こうなると、たけるは店番ならぬカウンター番として残らねばならない。

 なんとはなしに本棚を見る。地下迷宮書庫ほどではないが、ここでも大量の本が並んでいる。

 思い出すのは、図書委員会に入りしなの頃だ。



(こんだけ本があってどうやって分けてるんだろう)


 当時のたけるに思いつくのはおおざっぱなジャンルと作者の名前順くらいのものだった。しかしそれでは山のようにある本を管理することはできない。本屋ではないのだから、出版社で分けることも無いだろう。


「気になるか」


 高い声が聞こえた。しかし見回しても姿は見えない。


「ここよ、ここ」


 たけるが座るカウンターの向こうに、紅葉のように小さな手が見えた。がしり、とカウンターの縁をつかみ、よっこいしょと頭を出したのはフブル司書だ。


「三階のカウンターは高く作りすぎとる……」


 段差の上にあるカウンターは一m半ばほどの高さがある。彼女ではぎりぎり頭が出ない。


「子供用の本とかないですからね、この階」

「何ぞ言ったか」


 フブルがじろりとにらんでくる。そのまま、じりじりとカウンター縁を腕で渡りながらこちらに回り込んできた。


「最初からこっち来れば良いのでは……」

「挑戦したくなる時が……」


 軽く息を切らせながら、フブル。


「それはともあれ、これを渡しに来たでな」


 ぱっと顔を上げて一冊の本を渡してくる。冊子に近い厚さの本の表紙には、


「『日本十進分類法 簡易版』?」

「先ほどのお前さんの疑問に答える一冊。日本国における図書の分類法を示したものじゃ」


 開いてみる。前書きの横、目次とおぼしきページには大きく十の章が見える。


「図書委員は全員持っておる。本当は最初に渡しとくべきであったが、うっかり今の今まで忘れとった。すまんすまん」


 それでな、とフブルはたけるの横に移動しつつ目次を指さす。


「英訳するとNippon Decimal Classification……略してNDCと言う。これは本を十個の一次区分とその下の二次区分、もう一つ下の三次区分で分類する」


 目次を見れば、なるほど確かに十の章にはそれぞれさらに十の項目が見て取れた。

 ぱらりと適当に開けば、「2」の分類──『歴史・地理』のページが現れる。そこは二桁目が1、『日本の歴史』を表すらしいページだ。三桁目の数字でさらに地方を表すと記されている。つまりは210で日本の歴史。さらに211で北海道の歴史ということだ。


「あー、つまり三桁の数字を割り振ってるわけですか」

「本の背表紙を見てみい」


 たけるから十進分類法を取り上げ、背を見せてくる。下の方に三段のラベルシールがある。一番上には三桁の数字だ。014。二段目には「も」という文字。


「あ、これだったんだ。014は……」


 該当する番号が記されたページを開いてみる。


「『図書館資料の保管』。なるほど」

「ちなみに二段目の文字は著者や題名の頭文字、三段目は巻数などが示されておるぞ」


 何でも記号には理由があるものだとたけるが感心していると、


「入学直後の図書館オリエンテーションで教えたことだがの」


 じとり、とした目でにらまれた。思わず目をらす。ごめんなさい。


れいに忘れおって。とりあえずはその本を参照しながらゆるゆると覚えてゆけい」


 はーい、という返事に満足したか、上機嫌な足取りでフブルが去っていく。と、姿が見えなくなりかけたところでこちらに顔を向けた。


「──が恋しいかの?」見た目にそぐわぬ、にやりとした笑み。

 不意打ちで胸を突かれた感覚。たけるは多少、ばつが悪げに首の後ろをさすった。


「いや……その、別にそういうわけじゃ」

「それは結構。とりあえずは仕事に励んでおくれ」


 言って、ひらひらと手を振り階下へ降りていく。残されたたけるは首をかしげるのみだ。



(思えば、あの時には探索委員に入れること考えてたのか)


 意識を現実に戻せば、エスキュナも戻ってくるところだ。


「あー、せんぱいぼけーっとしてる。……えっちなサイト見てます?」

「見てない見てない」顔を横に振る。

 カウンターのPCはネットに接続されており、簡単なレファレンス──利用者の相談事はこれで解決したりもする。


「これフブルさんにもらった時のこと考えてた」


 ぺらり、と先ほど想起した冊子を取り出す。


「あー、それ。迷宮書庫の本も、一階層ごとに大体同じジャンルで固まってるんで、覚えとくといいですよ~。数学の次の階層が言語とか、順番はバラッバラらしいですけど」

「そうなのか……。たしかに、最初のとこ……元の地下二階ぶんを入れたら三層になるのか? あそこで出たバケモノ──魔書生物だっけ? 動物ばっかりだったな」

「フブルせんせ、かっわいいですよねー。せんぱいはああいうタイプは好みなんです?」


 唐突に内角へえぐり込まれて、やや口ごもる。


「……これうかつに同意するとハブられるアレかな」

「しないですよぉ。ロリコンとは思いますけど」

「アウトじゃん」

「そういえばあの人、この前一般利用者に迷子と思われてエントランス連れて行かれてました」


 さもありなん。ただ、そんな彼女も有能なことは確かだ。

 生徒が手伝うとはいえ所詮はしろうとである。それを率いて、一般的な公立図書館をはるかに超えるこの附属図書館を運営するのは並大抵のことでは無い。地下迷宮書庫探索のことを知った今となってはなおさらだ。


「とりあえず、地下のぶん戻して来る」通常の地下書庫の本を手に取る。

 返却された書庫──閉架の本を、四階分あるそれぞれのカウンター裏にいつまでも置いておくと、他の階で請求があった際にアレどこ行った、ということになる。


「あ、行くようになったんですね、地下書庫」

「探索委員は行って良いんだとさ」

「ゴッタゴー。いってらっしゃ~い」


 せめても真面目に働かねばなるまい、とたけるは立ち上がる。


「アラ」


 書庫への通路を歩くたけると行き会って、そんな声を上げたのは、


づみ……先輩でしたっけ。お疲れさまです」

「はいオツカレー」


 背の高い眼鏡男子が明るく聞いてくる。このキャラにはいまだに慣れないが、親しみやすい雰囲気ではある。


「隊作るんですって?」

「え、もう広まってるんですかそれ」

「あのね、アタシ副委員長よ? それくらい聞いてるわよ」

(言われてみれば、そうか)たけるは思い直す。

 そう。昨日、フブルとたかの図書探索委員への誘いに、たけるは一つの条件をもつて了承した。

 自らをリーダーとした隊……隊の設立である。


「まあ、それで良かったのかもね」づみがしみじみと言う。「オートのマッピングに、強敵の追跡探知、さらには未踏地域での隊員強化。しかも全てパツシブ。一見地味だけど、一回でも探索した人には分かるわ。効果は抜群。はっきり言って、探索のやり方自体が変わるわ。知れば、どこの隊でも喉から手が出る程欲しがるわよ」


 たけるは曖昧に笑う。この能力目当てにどこかの隊に取り込まれれば、その隊の方針で動かなければならない。それを嫌がったのだ。

 とはいえ、隊員集めは隊長の仕事だ。

刊行シリーズ

グリモアレファレンス2 貸出延滞はほどほどにの書影
グリモアレファレンス 図書委員は書庫迷宮に挑むの書影