二章 図書委員は仲間を募る ②

「おう、邪魔したの」


 フブルが最後に声をかける先は受付嬢だ。彼女はやはり無表情に見返して、ひとつうなずいた。


   ○


 地下から上がってきて。司書室の窓から見える空はもう薄暗い。


流石さすがに七時前ともなると……ってそんな長くいたのか、地下に)


 時計を見て、たけるは今更気付いた。三時間ほど地下書庫にいたこととなる。


「ほれ、突っ立っとらんで座れ座れ」


 部屋の主に促され、彼はソファに座る。沈み込む尻に居心地の悪さを感じる前に、机を挟んだ対面のソファにたかが座り、机の端側へとフブルがキャスター付椅子に乗り滑ってくる。


「んで、お主だけ残した用件じゃが」


 床に付かない足をぷらぷらさせる彼女へ、自分から切り出した。


「探索委員、でしたっけ。に、それになれと?」

「ひょ」「ふむ」面白げに笑う二人だ。


「一応聞こうかの。そう思った」

「さっきの。地下で」指を下に向ける。「あんなに色々教えてもらえたのはなんでかなって」


 先ほど、に言われてから考えていた。この図書館に隠された秘密があるとして、別に説明する必要もない。それか、


「あの一年男子みたいに、一旦死んでから回収した方が、夢のせいにできて面倒がない」

「お、お主中々エグいこと考えるのう」「まあ、効率的ではありますが」


 聞いている二人が苦笑する。


「『僕』でも『俺』でも、中身は変わらんようじゃな」


 フブルの指摘にたけるは目をらす。自身、テンションの変化は認識している。


「そんでわざわざ委員長と二人だけ残してお話、っていうなら、それしかないかなって」


 続けての言葉にフブルとたかは笑み混じりの息をつく。


「ま、想像通りよ。お主には図書『探索』委員になってもらいたい」

「元よりこうしてお願いするつもりだったんですが、書類の手違いで。勧誘者と新規参加者の名簿を一緒に渡してしまったのです。迷惑をかけました。申し訳ない」


 それが回り回って、たける自身、そして受付嬢に手渡されてしまったということである。


「受付嬢はウチの事務員ではなく、地下閉架迷宮書庫側の存在じゃでな。一々細かな確認はしてくれん」

「え、じゃああの人、人間じゃないんですか」


 返ってきたのは沈黙だ。少し怖くなったのでたけるは話を戻す。


「実はおかしいと思ってました。年末くらいにいきなり図書委員になれ、なんてね……あまてら先輩に言われた時は」


 値踏みするように、二対の目が彼を見ている。たけるは続けた。


「僕のクラスから一人、図書委員が辞めたからだって聞きました」


 当時は特に気にしなかったが、あの地下書庫を見た後では、


「辞めた人は図書探索委員だった……違いますか」

「その通りです。まあ、探索委員への勧誘の方は、あまてらさんは反対していましたが」


 あっさりと、たかは認めた。返す刀はフブルが口にした。


「単刀直入に言うぞ。お主の経歴は知っておる。も含めてな」


 たけるが眉を僅かにしかめる。


 たけるは、貿易商の父と、ネイチャー系フォトグラファーの母の元に産まれた。

 職業上両親は家を空けることが多く、隣家のあまてら家に預けられることもしょっちゅうあった。とはその頃からの付き合いである。

 ある頃から、たけるは両親について海外に行くようにもなった。

 全く知らない土地で、全く知らない道を見る時、彼の心臓は高鳴った。

 あの道はどこへ続いているのだろう。

 あの建物の中には何が隠れているのだろう。

 母の蔵書から知識をつけ、山岳、谷、様々な極地へと赴くようになった。

 地元の山から始まり、国内の難所と言われる山岳を踏破した。その頃には業界の一部で彼は話題となり、親の支援とスポンサーを付けて七大陸最高峰をも複数制した。

 当時、十四歳。若き天才冒険家として、彼の将来は順風満帆だった。

 次は南極か北極か──そううわさされていたところで、彼は遭難した。海外の山で二週間もの間消息を絶ち、救出はされたものの足に後遺症が残った。

 全力疾走が出来ず、過度な負荷もかけられない。彼の冒険家としてのキャリアは終わった。

 そうして。あれもこれも薄く笑って受け流して。ようやくそれが板に付いたところで。


「……………………そーですか」


 たけるの様子を見て、フブルもそれ以上は続けない。


「騒動で順序は前後してしまったが、逆に話は早くなったかの。体験はしたな?」


 再び黙考で肯定した。フブルはにやと笑って続けた。


「お主は魔書への適性を見せた。魔書はか、十代後半くらいまでしか適合せん。我々はお主に『場所』を提供する。お主は図書館が、利用者が求める資料を持ち帰る。どうじゃな?」

学園附属図書館が定める地下レファレンスの報酬は別個にあります。バイト気分でも無論結構」たかが苦笑しつつ、「ですが、君にはこちらの方が魅力的かと」

もちろんたけるの思考を読んだように、フブルが差し込んだ。「探検がしたい、というだけでも結構」


 視線を、しばしたけるは見返す。


「さて、では改めてお聞きします。君」


 夕日を背にして、たかの声が室内に響く。


がくえん図書委員会・地下閉架迷宮書庫探索委員──やってみる気、ありますか」


 たけるの口元から犬歯がのぞいた。


(見透かされてるな~……)



『僕』が『俺』でいられる場所。

 全力で動かした体は、今もその熱を保っているかのようで。


「いくらか、もう少し聞かせてもらってからでいいですか?」


 、まだまだ聞くべきことはある。二人はうなずいた。


   ○


 まずはリーダーで利用者カードのバーコードを読み、その次に本のバーコードを読む。これで貸出は終わりである。延滞している本があったり、貸出冊数を超えていたりした場合アラームが鳴るため、その際は確認を行う。

 地下書庫に潜って、翌日の放課後。たけるは今日も図書館のカウンターにいた。

 図書館管理が電子化された昨今、貸出と返却の業務はそう手間ではない。返却などはPCの画面をキー一つで返却モードに切り替えて、リーダーで本のバーコードを読んでおしまいだ。


(ちょっとした店員気分だよね)


 この一連の行程を行わなければエントランスで盗難防止アラームが高らかに鳴り響く、という仕組みである。

 貸出返却処理を終えるとりちに礼を言っていく利用者(学生だけでなく近隣住民もたまに見える)もおり、そうなると悪い気もしない。


「電子化されてない頃は本一冊ごとにカード作って名前書き込んで、ってやってたんですよねー。ここ蔵書何冊あるんだかって話だし、気が遠くなりますねえ」


 利用者が途切れたところで、横に座るエスキュナ──本日は同階の当番だ──がこぼす。たける達が入学した時には既に電子化は終わっていたが、作業を行った時は大変だったらしい。

 何しろ蔵書の数が数である。それら全てにバーコードを貼り付けた上で図書館ソフトに情報を入力しなければならない。夏休みを丸々使い、図書委員だけではなく教員やボランティア有志を募っての人力作戦だったそうだ。ただそのせいで、今でもまれに登録ミスが見つかる。


「エスキュナさんは結構長いの? 図書委員」

「呼び捨てでいいですって。わたしも去年の編入時からやってますからね」


 エスキュナは快活に笑う。中等部の委員参加は少ないが、無くもない。


(留学生結構いるよね、この学校)


 彼女とは、昨日以前はあまり話したことはなかったが、流ちょうな日本語を話す。人好きのする笑顔だった。


「せんぱいは昨日と何かテンション違いますねえ」


 そして案外に鋭い。たけるは薄く笑って誤魔化す。


「で、せんぱい、やるんですか?」

「やるって、何を?」

「とぼけちゃって~」うりうり、とエスキュナの細い指がたけるの腕を押す。「た・ん・さ・く・い・い・ん、ですよ」

「一応、やるって返事はしたよ」

「あらあっさり。黙ってるから迷ってるのかと」

「あれこれ条件付けさせてはもらったけどね。……この前みたいなこと、普通は無いんだって?」

刊行シリーズ

グリモアレファレンス2 貸出延滞はほどほどにの書影
グリモアレファレンス 図書委員は書庫迷宮に挑むの書影