二章 図書委員は仲間を募る ①

 ──光が差したことを、覚えている。

 暗闇の中、息をするだけで。何日ったのか、それとも数時間だったのか。

 とにかく。その時の自分は息をして、おもうだけの存在だった。

 死なないように。生きるために。──また、知らないかへたどりつくために。

 ──いや。おもいは。そんなれいなものではない。

 進ませろ。行かせろ。見させろ。死んでたまるか。絶対に奪わせない。飢餓にも似た欲を満たさせろ。見たいんだ。行きたいんだ。自分の足で。自分の目で。俺が。俺が。俺が。

 俺が。

 ──でも。誰かに、誰かを。

 闇の中で、動くことも出来ず、浅い眠りは痛みで幾度も起こされて。おもいだけで生きていた。

 その、おもいの果てに──光が差したことを、覚えている。


   ○


「生き返、った……?」


 地下閉架迷宮書庫、エントランス。鼓動と息を取り戻した後輩を前に、ぼうぜんと言葉を漏らすたけるたかうなずいて話しだす。


「これが、迷宮書庫の法則。あの場での損傷は、出た時点で治ります。……命ですら」


 疑問を深めて、たけるはエスキュナとおおぐに、そして自身を見る。……疲労以外は、どう見ても健康体だ。擦り傷一つ無い。


「んなバカな……」

「この迷宮書庫全体に不思議な、魔法のような力が作用していることは確かです。昔の人々が、何代もかけ、その法則を自分たちに利するように調整したと伝えられています」


 皆の持っていた魔書を回収して受付嬢に返しつつ、づみが説明の続きを受ける。


「どんなざんさつ死体も、持ち帰れば傷一つ無く生き返るワ。マジよ」


 疑念の視線も、づみは軽く眼鏡を直して受け流す。彼はそのまま、おおぐにを抱え上げる。


「アラい体してるわねこの子」

「……連れ帰るだけにしてくださいね」

「やーね、分かってるわよ。一階のソファにでも座らせとくわ。夢だと思うでしょ」


 彼は扉を開け、地上への階段へと向かう。


(副委員長の口調とか、色々気になることはあるが、とにかく)


 見送ってから、たけるはエスキュナの方を見る。


「だから、人が死んでるのにあんな態度が軽かったのか」

「はい。わたしはこのこと、知ってましたから」


 隣に座っていたあめが、たけるの肩をぐりぐりしつつ問う。


「エスキューから、どんくらい聞いたん~?」

(きょ、距離感近いなこの先輩)ややあせりつつ、たけるは思い出す。「えーと、地下書庫探索と、魔書って本のこと、だけか」


 ふむとたかうなずく。


「そうですね。ではこの図書館のことからお話ししましょうか──君。この図書館の、ここから上のことですよ。蔵書が何冊くらいか知っていますか?」

「えーと、確か九十万冊……ちょい」


 たけるはパンフレットの内容を思い出しつつ答える。


「うん。都立図書館には劣りますが、相当な数ですね。当然学校図書館としては破格もいいところです。生徒数蔵書水準から見ても軽く十倍以上あります」


 ちなみにたけるが後から聞いたところによると。

 全国学校図書館協会による学校図書館の蔵書水準では、三学年各十クラス・生徒数約一〇〇〇人であるがくえん高等部の規模ならばおよそ四三〇〇〇冊ほど。実際は基準に届かぬ学校図書館が大半ということで、改めてこの規模は異常と言わざるを得ない。


「ですが、この冊数は今現在図書館に登録されている数だけです」

「この下の分は、入っていない……と?」たけるの答えは、迷宮書庫で見た本の数からすれば、当然の帰結だった。「何冊あるんですかそれ」

「分かりません」


 きっぱりと、たかが告げる。が後を継いだ。


「表向きにはこの図書館、地下二階までしか無いことになってるけど、本当はもっとあるの」

「もっとって──何階続いてるんだ、この下」

「分からないの」再び、


「冊数はともかく階数も分からんって……」


 たけるあきれ声に、あめがいひひと笑う。


「冗談じゃなくてマジで分かんない。カクジツなことは未登録図書の数がたくさんってだけ」

「──ひょっとしたら地上にある本の数よりね」


 治る傷、地下の広大さ、はいかいする異常な生物、本の出所。様々な疑問を、たけるは一言に込めた。


「ここは、なんなんです?」

がくえん附属図書館・地下閉架『迷宮書庫』」


 声は、『まっとうな』地下書庫側の扉からした。

 扉を開き、入ってきたのは一見十歳ほどにしか見えない外国人の童女だ。──とは言っても、目の前の女性が見た目通りの年ではないことをたけるは知っている。


「フブル──司書」


 この学園図書館の、ただ一人の司書だ。

 入学当初の教員紹介でこれでも既婚者子持ち、と聞いて驚いた記憶はいまだ残っている。

 うたうように、彼女は続けた。


「深遠な地下空間は闇をはらみ、収められた無数の奇書・妖書・魔導書はその闇の中で胎動し、永い時の中でそのまがまがしさを増しておる。書物の魔力は熟成され増幅し共鳴を繰り返し、その内に記され描かれた数多あまたの怪奇と妖物は、ついに地下書庫の中で明確な形を取るにいたる。

 ……ここより地下にはな『』がおるのよ」

「……………………………………」

「貴重な本もようけあるもんじゃから、結構外から閲覧依頼が来る。金取って受ける。探索委員が取ってくる。ごほうびやる。これを地下レファレンスと呼ぶ。以上、説明終わり」


 あつられるたけるをにやにやと見て、フブル司書は後ろを振り返る。


づみのとすれ違ったぞ。どうやら面倒事があったようじゃな」


 ちなみにフブル司書、見た目にそぐわないこの口調は、容姿によって損なわれている威厳をどうにか補おうとする涙ぐましい努力であろう──と生徒の中ではもっぱらの評判だ。


「ええ、幸い犠牲者もなく解決しましたが」


 たかの報告に(死んでたおおぐには犠牲者にならんのかな……)と思いつつ、たけるは確認する。


「つまり俺や先輩達の変な力はその魔書って本によるモノで」


 たけるの口調にがはっとした表情を見せるものの。異論は出ない。


「あの犬もまた、この書庫に納められた魔書から出てきたモノだと?」


 言ってて馬鹿らしいと思うが、紙に変じた犬は確かに己の目で見たことだ。


「ナイス理解~」


 あめたけるの頭をでる。


「怪物とかが書かれた魔書からはね、ああいうのが『出る』んですよ。倒してページを破ってしまえば、しばらくはなりを潜めます。いずれ切れ端同士がくっついてまた出てきますが。そういった危険な図書を探して、悪さをしないように管理下に置くのも我々の仕事の一つです」


 突拍子もない推測を語ったつもりが、感心されめられ補足までされて。たけるは目がくらみそうになる。


「じゃあその、さっきのページを上持って帰って燃やしたりすれば?」

「『魔書』はね、すごいこう本なの。ここ以外での破損はもつてのほかよ」

「それに意味無いんですよ。この地下書庫から一部だけ持ち出しても、持ち出した部分は消えてしまいます。この地下書庫深くのどこかにある魔書本体をどうにかしない限りは」

「あんなん出しちゃうようなレベルのはこんな浅い層にはないけどね~」


 先輩方、立て板に水という感じの説明である。おそらくは新人が来る度に似たようなことを話しているのかもしれない。


「さて。そろそろ説明もいかの。たか。二人以外は解散して良し」

「は~い、せんぱいまたね~」「おっつかれ~」


 エスキュナとあめがさっさと出て行く。が退出の前、たけるに声をかけた。


「……いきなりこんなことになって驚いてると思うけど……んだからね?」

「え」


 どういうことか聞き返す前に、きびすかえして出て行く。

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グリモアレファレンス2 貸出延滞はほどほどにの書影
グリモアレファレンス 図書委員は書庫迷宮に挑むの書影