今、凶の機体各所に喰い込んでいるものは何か。未だ帯電する鋼鉄のニードルだ。それらは全て九曜が見抜いた凶の構造上の要所に突き刺さっていた──人で言うところの、主要な臓器に。
通電。
掌から刃へ、刃から各所のニードルへ。凶の体内に残る鉄針が通電の中継点となり、各駆動機関に楔のように致命的な電流を叩き込む。機械にとって、電気とは血だ。血流に干渉して体内を破壊するように、過剰な電流を敵機体に流し込み電脳をオーバーロードさせるのだ。
決まり手だった。
凶の機体が激しく痙攣する。アイセンサーが明滅し、撒き散らされる過剰な信号により彼とリンクする監視カメラが煙を噴いた。
九曜は終始無言で、死に至る兵器を見守った。
最後の最後で、凶の乱れた信号の中に言葉が生まれる。九曜は電波でそれを受け取った。
──矢張り、強い。
どこか吹っ切れたような、ある種の清々しさすら感じさせる言葉。それを最後に、甲種拠点防衛型戦闘兵器《凶》は、永遠の眠りについた。
四脚が力を失って折れ、ずん、と巨体が倒れる。撃破を確認。機械に体温は無いが、死んだ彼らは一種独特な静謐を纏うものだ──これまで幾多の機械の「死」を見てきた九曜は、その独特な静けさに包まれて止まった凶の身から飛び降りる。
数秒前までが噓のように、ドックが静寂に沈む。凄まじい弾幕が中を徹底的に破壊し、床に転がる機材には原型を留めたものの方が少ない。時間にしてみれば二分もかかっていない、嵐のような闘争だった。
「──見事な戦闘であった」
九曜はすっかり様変わりしたドックに一人立ち、鞘を拾い上げて丁寧に刃を収める。そうして凶の亡骸に向き合い、
「小生は、貴官を尊敬する」
命尽きるまで戦った一機の戦士に、最敬礼を捧げた。
✠
しばらく待つと、上の階層から綱島が降りてくる。天井の穴から慎重に自分を見つめる彼に気付き、九曜はそちらを見上げ声をかけた。
「そこの者」
綱島である。その両目にはありありと混乱が見て取れ、九曜を信頼していいのかどうか、そもそもこちらが何者なのかも判断しきれずにいるようだった。九曜は構わず、
「我が暫定司令──叶葉は無事である。傷一つなく、また小生が以降の安全も保障する。二人だけではあるまい、まずは上にいる貴兄の同胞にそれを伝えられよ」
上で、綱島はしばらく迷った。迷ってから、こちらに大声で質問を寄越す。
「お前さんは誰だ? ……機械、なのか? カナ嬢をどうするつもりだ?」
「先に二つ目の質問に答えるが、それはわからぬ。小生は電脳が未だ万全ならず、自律判断を行えぬものなれば、設定した司令の意向に添わねばならぬ。そしてもう一つの質問だが」
九曜は、自らの名を告げた。
その名は、これまででも一番大きな衝撃を綱島に与えたようだ。
「我が名は九曜。八洲国軍製戦闘兵器、鬼虫九番式《蜂》・金翅の九曜である」
大慌てでウィンチを巻き上げ上に戻っていった綱島を見送り、九曜は蜂に向き直る。機銃の流れ弾を受けていたろうにその機体には傷一つ無い。そもそも対人用たる機銃を受けたがごときで、蜂の装甲は歪まない。
本来は九曜を取り込み《接続》する蜂の胸部が開き、叶葉の体がぺっと吐き出される。
「あああ……ううう……ふいい……」
叶葉は変わり果てたドックの床をふらふらと数歩踏み、それだけで力尽きてへたり込んだ。
体にダメージもないのに何をそこまで消耗しているのか理解に苦しむ九曜だったが、何も言わず叶葉の言葉を待った。髪や衣服が乱れ、真っ青な顔でひいふうと喘ぐ叶葉は一歩間違えるとそのまま気絶してしまいそうだった。
──しかし、蜂よ。暫定とはいえ、このような娘を主に設定するとは。
無論、蜂の副脳の判断もわかるのだ。このまま眠っていても完全回復は見込めず、どこかで動き出す必要があり、その口実としてこの突如現れた珍客はうってつけだった。それはわかるのだが、あまりにも頼りないこの姿を見ると、流石に早まったのではあるまいかという思考も多少はある。
そんな九曜の考えも露知らず、ぺったりと床に座り込んだままの叶葉は、声もなく命の恩人を見上げた。
ぽかん、と口が開いていた。
九曜は無言のまま彼女の前にしゃがみ込み、右手を差し伸べる。叶葉は依然として心ここにあらずといった風で、呆けたように九曜の顔を見つめ、
「…………生きて、る?」
「そうだ。君は死なぬ。小生が護るからだ」
一人と一機は、こうして出会った。
虫に戦うべき外敵はもうおらず、少女にもまた、従うべき主はもういない。