壱 ─ 覚醒 ⑧

 今、凶の機体各所にい込んでいるものは何か。未だ帯電するこうてつのニードルだ。それらは全て九曜が見抜いた凶の構造上の要所にき刺さっていた──人で言うところの、主要な臓器に。

 通電。

 掌から刃へ、刃から各所のニードルへ。凶の体内に残るてつしんが通電の中継点となり、各どう機関にくさびのように致命的な電流をたたき込む。機械にとって、電気とは血だ。血流にかんしようして体内をかいするように、過剰な電流を敵機体に流し込み電脳をオーバーロードさせるのだ。



 決まり手だった。

 凶の機体が激しくけいれんする。アイセンサーがめいめつし、き散らされる過剰な信号により彼とリンクする監視カメラが煙をいた。

 九曜は終始無言で、死に至る兵器を見守った。

 最後の最後で、まがらの乱れた信号の中に言葉が生まれる。ようは電波でそれを受け取った。

 ──り、強い。

 どこか吹っ切れたような、ある種のすがすがしさすら感じさせる言葉。それを最後に、こうしゆ拠点ぼうえい型戦闘兵器《凶》は、永遠の眠りについた。

 四脚が力を失って折れ、ずん、と巨体が倒れる。げきを確認。機械に体温は無いが、死んだ彼らは一種独特なせいひつまとうものだ──これまでいくの機械の「死」を見てきた九曜は、その独特な静けさに包まれて止まった凶の身から飛び降りる。

 数秒前までがうそのように、ドックがせいじやくに沈む。すさまじいだんまくが中を徹底的に破壊し、床に転がる機材には原型をとどめたものの方が少ない。時間にしてみれば二分もかかっていない、嵐のような闘争だった。


「──見事な戦闘であった」


 九曜はすっかりさまわりしたドックに一人立ち、さやを拾い上げてていねいに刃を収める。そうして凶のなきがらに向き合い、


しようせいは、貴官を尊敬する」


 命きるまで戦った一機の戦士に、最敬礼をささげた。


    ✠



 しばらく待つと、上の階層からつなじまが降りてくる。天井の穴から慎重に自分を見つめる彼に気付き、ようはそちらを見上げ声をかけた。


「そこの者」


 綱島である。その両目にはありありと混乱が見て取れ、九曜を信頼していいのかどうか、そもそもこちらが何者なのかも判断しきれずにいるようだった。九曜は構わず、


「我がざんてい司令──かなは無事である。傷一つなく、またしようせいが以降の安全も保障する。二人だけではあるまい、まずは上にいるけいどうほうにそれを伝えられよ」


 上で、綱島はしばらく迷った。迷ってから、こちらに大声で質問をす。


「お前さんは誰だ? ……機械、なのか? カナ嬢をどうするつもりだ?」

「先に二つ目の質問に答えるが、それはわからぬ。小生は電脳がいまだ万全ならず、自律判断を行えぬものなれば、設定した司令の意向にわねばならぬ。そしてもう一つの質問だが」


 九曜は、みずからの名をげた。

 その名は、これまででも一番大きなしようげきを綱島に与えたようだ。


「我が名は九曜。しま国軍製戦闘兵器、ちゆう九番式《はち》・きんの九曜である」


 大あわてでウィンチを巻き上げ上に戻っていった綱島を見送り、九曜は蜂に向き直る。じゆうの流れだまを受けていたろうにその機体には傷一つ無い。そもそも対人用たる機銃を受けたがごときで、蜂のそうこうゆがまない。

 本来は九曜を取り込み《接続》する蜂の胸部が開き、叶葉の体がぺっとき出される。


「あああ……ううう……ふいい……」


 叶葉は変わり果てたドックの床をふらふらと数歩踏み、それだけで力きてへたり込んだ。

 体にダメージもないのに何をそこまでしようもうしているのか理解に苦しむ九曜だったが、何も言わず叶葉の言葉を待った。髪や衣服が乱れ、真っ青な顔でひいふうとあえぐ叶葉は一歩間違えるとそのまま気絶してしまいそうだった。

 ──しかし、蜂よ。暫定とはいえ、このような娘をあるじに設定するとは。

 無論、蜂の副脳の判断もわかるのだ。このまま眠っていても完全回復は見込めず、どこかで動き出す必要があり、その口実としてこのとつじよ現れた珍客はうってつけだった。それはわかるのだが、あまりにも頼りないこの姿を見ると、流石さすがに早まったのではあるまいかという思考も多少はある。

 そんな九曜の考えもつゆ知らず、ぺったりと床に座り込んだままの叶葉は、声もなく命の恩人を見上げた。

 ぽかん、と口が開いていた。

 ようは無言のまま彼女の前にしゃがみ込み、右手を差し伸べる。かなは依然として心ここにあらずといった風で、ほうけたように九曜の顔を見つめ、


「…………生きて、る?」

「そうだ。君は死なぬ。しようせいまもるからだ」


 一人と一機は、こうして出会った。

 虫に戦うべき外敵はもうおらず、少女にもまた、従うべきあるじはもういない。

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