壱 ─ 覚醒 ⑦

 これで良い。九曜はもう一つの生命反応を追って天井の穴を見上げ、「彼」は危険から身を守る手段は心得ているだろうと判断する。最優先はざんてい司令であり、そして司令に害なす敵対者の排除──あるいはその敵対者と、二十年前にわした約束だ。


「すまぬ、──長く待たせたようだ」


 ひかえていた軍刀を手にする。

 てつさやの九十八式外装、切っ先両刃、しま陸軍ムラタ刀《かねまさ》。

 こいくちを切り、小指から順番に指を曲げて最後に親指でつかを握る。ぞろりとすべり出た刃は冷え冷えとえ、全てをさらけ出す照明を氷のごとく照り返した。戦闘演算開始。体にかけられたリミットを次々に解除。体内を循環する電気エレキの気配──

 まがらが、った。

 光を認識したしゆんかんほうせいとどろくより早く九曜は動く。

 だんちやく点にすでにその姿は無く、残像のようにちゆうに残された鞘が意外なほどの間を置いてかつんと落ちた。連射された大口径のほう弾が壁を爆散させた時には、九曜は三歩で凶の左に回っていた。超高性能の人工筋肉は、最初のただ一歩で少年のわいを最高速に導く。

 状況が激動した直後、ドックの中の全てのぼうえい機構がたたき起こされた。

 監視カメラ、計二十基の固定じゆう、それらと凶の目が全て九曜に焦点を合わせている。しようしんしようめいの徹底的な戦闘意思を肌にびりびりと感じた。

 無数の目を借り、凶が九曜の動きにけもののごとく反応した。

 砲身がうなり、対戦車として使う弾丸が惜しげもなくき散らされる。九曜の走る軌道を、弾着のしようげきが続けざま辿たどった。それに呼応するように機銃も弾幕を展開し、一帯は目も開けていられぬほどのマズルフラッシュとしようえんと銃声に埋めくされる。つなじまはたまらず上の階層に退避し、叶葉は蜂の内部でわけもわからず耳を押さえて目をぎゅっとつむっていた。

 そんな中、九曜はまゆ一つ動かさず、まばたきすらせず演算を続ける。ばくのような弾雨が床や機材をくす中、黒いつめえりすそひるがえす身には一発たりとも命中弾がない。

 九曜は右手に軍刀、空いた左手の関節を慣らすように動かしながら、赤い目で最初の標的を照準した。ばり、とはじける音と共に、まとった左が指先に至るまで電流を帯びた。

 右に四つ、左前に二つ、背後に同じく二つ。今の位置関係からようが確実にける固定じゆうだ。


「──ッ!」


 口のからいきれ、その身がおどる。半円を描くように、くうに左の手刀が振るわれた。

 しゆんかんその籠手から光がひらめき、鋭く空をくものが飛び出る。ごうおんとマズルフラッシュをき散らす銃とはまるきり対照的に、それはほとんど無音で「射出」された。

 左腕に仕込んだでん加速機関による、小型ニードルランチャーである。

 ねらった機銃にそれぞれいつせん、合計八つの針が空気をつらぬく。全長約五すんきりのような先細りの形状ははしから端まで電磁をみなぎらせていた。針はこちらを向く固定機銃の銃口にすべり込み、外科手術のように正確に発射機構をかいする。

 たまらずかいする機銃が火をく時、九曜はすでに右の軍刀で四つの機銃をり捨てていた。

 十二の機銃を無力化するまで、三秒もなかった。

 影がすべるようなしつに、いかなる体術か足音は絶無。照準波の逆算と弾丸及び破片のきよう予測と敵への照準を一挙に行いながら、じんじようならぬ速度で床をる。風圧に髪をおどらせ、電磁を帯びる左腕を再度ぐ。かすみのように射出されるニードルは立て続けに残りの機銃を破壊、無力化した。

 瞬間、まがらの巨体がやくどうする。

 荒れ狂う風圧の激しさは、九曜どころの騒ぎではなかった。四脚を大きくめた凶が爆発的な踏み込みで飛び出し、九曜に体ごとのとつげきを仕掛けたのだ。

 それを視覚センサーで認識しながら、九曜はコンマ以下秒の計算でこの巨体への「対処」を思考した。どこを斬るか、あるいはつらぬくか、最も効果的な攻撃は何か。消えたとまがうばかりの速度で突撃を回避し、結論が出た九曜は迷わずニードルランチャーを凶に向ける。

 凶は、重厚な機体からは想像もできないほどの素早さで体勢を立て直し着地する。すさまじい慣性によりそのきよは十メートル以上もすべり、火花と共に床に四つのあとを残した。

 直後、十は下らぬ九曜のニードルが凶に殺到し、各部そうこうき刺さった。しかし、鉄板をくずに変えるでんニードルだんをまともに受けても、相手はさしたる反応を見せない。


流石さすがは拠点ぼうえい型の装甲……。この程度の射撃では装甲を抜けぬか」


はち》の電磁出力と大型しんだんならいざ知らず、あの装甲に対してこの針は小口径すぎて内部機関をやぶるには至らない。それがわからぬ九曜では決してないが、しかし構わずニードルを再発射した。

 装甲に無数の鉄針を食い込ませながら、凶はどうもうに九曜を追う。その重厚な進撃に巻き込まれればそれだけで深刻なダメージとなろう。数多あまたからやつきようを滝のように撒き散らし、人が一撃でけつとなるほう弾を乱射しながら迫る凶。

 その時点で、仕込みは終わっていた。

 ようがその身を大きくひるがえす。ここに至り、初めて彼の脚が音を立てた。足元をくだくほどのきようれつな踏み込みがじゆうせいに負けぬ音を立て、床面にれつが走り、次のしゆんかん九曜は空中にいた。

 人体の物理限界を越えた、驚異的な高度のちようやくである。まがらから見れば相手が消えたと錯覚するほどのスピードだが、監視カメラの目を持つ凶は真上の九曜に即座に気付いた。機関ほうの死角。四脚のうち前二脚で床をり、馬がいななくように体ごと上方を向こうとする凶だったが、九曜の方が数段速かった。

 九曜は凶に落下しながら、軍刀をさかに持ち直す。片手がつしようの形に立てられた左てのひらが刀身をすべり、滑った軌道をなぞるがごとく刃が電流をまとった。

 ちゆうとその本体には、独自の《特別こうげき術》が存在する。

 個体ごとに有するその特攻術は、いちから九までの鬼虫の運用コンセプトから設定されている特殊機能だ。

 九番式・九曜のコンセプトは、飛行能力とスピードをかした遊撃。その特攻術の名は──


「《電磁制御エレキテル》──起動ッ!」


 精妙に電気を発生・増幅・操作する、それこそが蜂の

 これにより電磁加速機構が機能し、また、対機械にとってこの特攻術は極めて高い効力とはんよう性を誇る。

 そして、今。

 電流を帯びたはくじんが落下の軌道に残像を描き、一直線に凶のそうこうすきねらう。中心部、メインの電脳を有する部位へ。

 力を込め、き刺した。

 硬質なごたえ。刃が回路に触れたと認識した瞬間、九曜は左手で再び刀身に触れて電流のせいぎよコマンドをぶち込んだ。

刊行シリーズ

エスケヱプ・スピヰド/異譚集の書影
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