毬井についてのエトセトラ ⑩
「わ。ガクちゃんおはよ! 早かったね。ごめん、もう少し待っててね。あとちょっとで終わるから」
弟妹にお茶を持ってこさせようとするゆかりを、おかまいなく、と制し、あたしは
こちらに背中を向けて、自転車に油を差している姿に、ふと、たずねてみる。
「あのさ、ゆかり」
「ん?」
「……あたしとその自転車、どっちが好き?」
「わ? え、わ、わ、わ?」
「…………ああ、いい。やっぱりいい、ごめん、いまの、忘れて」
わ、わ、わ、わ、と
……うわ、確かにぐさっときたかも。
まぁ、いいさ、『しるばぁ』とは小学校からの付き合いらしいし、だからきっと、しかたがないわけで、そうだ、まだまだこれからだ──
こちらからでは見通せない、丘の向こうを見上げて思う。
絶対に、負けるもんか。と。
◆
『東京バラバラ殺人』事件の『新たな
12.
虫の知らせがあった、といえればかっこよかったのだろうけど、別になにかの予感があったわけではなかった。
あたしはどうも、なぎなたを習っているせいか、クラスのみんなから古風な人間だと思われているようなのだが、そりゃ祖母の
『東京バラバラ殺人』事件の新たな
そばにいれば、少しでも支えになれるかも。安心させてあげられるかも。
そう考えると矢も
もしも本当に虫の知らせが働いていたら、ピンポン、と家のチャイムが鳴ったとき、もしかしてゆかりかな?
──そのひとは、
すらっとした長い髪のお
写真で見たよりずっと
あの夜、ゆかりが恐ろしい写真をながめたあと、五人の写真の中から指し示した、あの──
──なぎなたで
声を出すことすらできず、あたしはただ、スタンガンらしきものが自分のおなかに押し当てられるのを、
女は笑って、いった。
「そんなに怖がらなくていいわよ? すぐには殺さないから。あなたには、えさになってもらわないといけないからね。
……毬井ゆかり、だっけ?
あたしと同じ目を持つという、その子をおびき出すために──」
その言葉にようやく、
ふざけるな、と女に飛びかかろうとして──
そこであたしの意識は、
◆
──次に目を覚ましたときには、あたしは、どことも知れぬ工場のような場所に寝かされていた。
正しくは、寝かされているようだったが、自分で自分の状態がよくわからなかった。
突然体重がなくなったかのように、自分が立っているのか横になっているのかさえ
寝ている、と判断したのは、目に入っているのが工場の広い天井のようだったからだが、見ているのに理解できないというか、脳が、
頭の中がふわふわして、ぴりぴりして、おなかのあたりがごろごろと、
顔を回してあたりを確かめようとするが、首がまったく動かない。
いったいどういう
あたしにスタンガンを当てた女が、そこにいた。
ぐにゃぐにゃとねじまがる悪夢のような光景の中、台のようなものに座り、にやにや笑ってこちらを見下ろしている。
でも、その憎たらしい顔以上にあたしの目を引きつけたのは、彼女が手に持っているもの。
彼女はなぜか、『マネキンの腕』を握っていた。
ぼんやりとした
見るまいとしても、どうしても目を離せない。
──なぜだろう、あの『腕』に、見覚えがある気がする。すごく身近なものの気がする。
マネキンの腕に見覚えなんかあるはずないのに、どうしてだろう、どこかで見た気がするのは、よく知っているような気がするのは、『それ』があまりに本物っぽいから? マネキンの腕だと判断したのは『それ』が『腕だけ』だったからだが、よく見ると、ひじのところが真っ赤になっていて、まるで刃物かなにかでたったいま『切断』したばかりのようで、──映画かなにかに使う小道具だろうか? とてもいやな感じがした。
女が
「あら、目が覚めた? よかったわね起きられて。……いちおういっておくけれど、もう眠らないほうがいいわよ? 特製の
ぺろり、と女が『マネキンの指』を
──麻酔?
この
でも意識ははっきり、──しているとはいえないが──ああ、なんだかぐるぐるする──
「ああそうそう、これを返しておくわね」
そういうと、女は『マネキンの腕』をあたしへ向けた。
それが近づいてきて、ようやく、あたしはその『マネキンの腕』が左腕であることと、その手が携帯を
──あたしの携帯? 買ったばかりの?
『マネキンの左腕』から携帯が落ちて、視界から消える。
位置的に、あたしの胸に落ちたはずだが、感じないのは麻酔のせいか。
あたしの携帯──思わず涙が出そうになる。
誕生日にようやく買ってもらって、ゆかりにいろいろ改造してもらった、世界にひとつだけの携帯。
そうだ、まず携帯で、ゆかりに連絡すればよかった。せっかく一番に登録していたのに、使い慣れていないせいで、こんなことに──
──ゆかり?
気を失う直前に女がいっていたことを思い出し、あたしは声を上げようとする。
が、唇もやはり動かない。
特製の麻酔といっていたが、どんな麻酔を使えばこんなことができるのか。
……というか、なんでわざわざ麻酔を?
そのとき。
女がふいと、横を向いた。
いったいなにを見ているのだろう、あたしは顔を動かせず、しかたなく、女の表情を見続ける。
女はなにかを見つめて、唇をななめにし、いった。
「……ようやく、来たわね。遅かったじゃない。この子のこと、
聞きなれた声で、返事が響き。
「ガクちゃん!」
あたしはようやく、状況を、理解する。



