第一章「王都デメララ」 ①

 この世界には一つの大陸がある。


「パレオ大陸」と呼ばれるこの大陸は、北に万年雪を頂く高山の連なりを、そして南には人の侵入を拒む広大な森林地帯を持っており、その二つの地方に挟まれた平地となだらかなきゆうりようを持つ広大な土地は、大陸のほぼ中央を南北に流れる大河によって東西に分けられ、それぞれの土地は西せいいきこくとういきこくと呼ばれる二つの国家によって治められていた。

 この国家は、いきおうと呼ばれる王によって統治され、国内に百数十の都市をようし、都市には域王とは主従の関係にあるそうとくが置かれ、都市とその周辺の領地をとうしていた。

 都市には、領地内の治安のための警備隊ガーデイアンと、領地を他国のしんりやくから守る国防軍が置かれており、総督は、事あれば域王のちよくれいのもと、国防軍をひきいて参じることになっていた。

 しかし、東西二つの域王間の大規模な争いはここ百年起きたことはなく、この世界は平和の中にあった。


 パレオ大陸のど真ん中を南北に流れる大河、バンドール川の源流に近いところから分かれた一本の支流が、平野の中央で大きく三つにぶんする場所に、西せいいきこくの王都デメララがある。

 陸運と水運の両方に恵まれた地理的条件の良さにより、おう建設の地に選ばれただけあって、この街は、この西域国の行政と商業の中心地となった。

 この街では、この世界に産するすべての物と情報が取り引きされていた。

 物が集まれば人が集まるのは道理である。

 大陸が雪で閉ざされる長い冬と、こくしよの夏に挟まれた今の季節は、人と物が最も動く季節であり、石でそうされた王都のメインストリートを人と、荷物と、家畜、そして荷馬車が、ぼこぼこと動き回る様は、巨大なシチューなべふたを開けた時のように似ていた。

 しかし、そこからたちのぼるのは、ほうこうに満ちた湯気ではなく、似ても似つかない異臭に満ちたほこりだった。

 この、人と家畜と荷物のゴッタ煮の鍋の中からこの街で暮らしている者と、そうでない者とを見分けるのは、とても簡単である。

 なぜなら地方から来た者は。


 一・無防備である。

 二・視線が定まっていない。

 三・歩くリズムが他の人とみように違う。


 という大きな特徴を持っており、こういった人々を、この街の商人たちは親しみを込めて『おのぼりさん』と呼び、したごころを込めて、『カモ』と呼んでいた。

 そのけんそうに満ちたメインストリートの、一本奥に入った裏通りに立っている女の子は、この三つの条件を見事に満たしていた。

 ねんれいは十七、八さいだろうか? 正確に言うならば「女の子」と「女の人」の中間あたり。

 せっぽちな体、あかぬけない服とさいなメガネ。そして適当に後ろで束ねた長い髪。

 両手で持っている大きな革のバッグは、ぱんぱんにふくれ上がっている。

 誰がどう見ても、都会とはえんの、水と緑と空気がおいしい土地から産地直送されて来たような女の子だ。

 彼女は、ついさっきまで、この街のメインストリートを歩いていた。

 ネギを背負い、切り身になってタレといっしょに鍋の中に座り込んでいるこんなおいしそうな『カモ』を、この街の商人たちが見逃すはずがない。

 商人たちは、手に手に商品を振りかざし、こうじようを並べながら、この『カモ』をつかまえようとした。


「今り! 今流行り! さい先端のファッションビーズだ! さあそこのお姉ちゃん、手に取ってごらん!」

「メチール堂の新品でんがな! このえんざんがこの値段でっせ! お姉さん。都で働くならこれからは演算機の一つも使えないと一生お茶みで終わりまっせ! 今やったら演算スクール入学金めんじよや! ただより安いものがあったら言うてみいっちゅうねん!」

いろじろ美人になりたくなあい? たった三日であなたも見違えるわよん」


 都市のけんそうに満ちた人の群れなど見たことも無い彼女にとって、しよ対面の人間にさかいなしに声をかけてくる商人などというものは、想像外の存在だった。

 顔も知らない人間に声をかけられまくって、どうしていいのかわからなくなった彼女は、そのまま裏通りに逃げ込んだのだ。

 メインストリートの一本うらになるその通りは、大きな建物や商店の影になるため薄暗く、道に敷き詰められているしきいしも心なしか湿っぽい色をしている。

 人の姿が無い裏通りは、彼女に安心感を与えたのだろう、周囲を見回したその女の子は、ほっと、あんのため息を漏らした。

 ……やっぱり、人がいない方が落ち着くな、人込みはにがだわ。

 その子は、肩からぶらさげてあったポシェットの中から、手書きの地図のようなものが書かれた紙を取り出して、それを開くと、まゆをひそめて小声でつぶやいた。


「……えーと、インダストリアン・ギルドの事務所ってどっちだっけ? さっきの通りがアンゴスチュラ大通りで、私が鉄道馬車を降りたのがロンリコ門の前だから……」


 そのとき、後ろで声がした。


「そこの彼女、どうしたの? 道に迷ったのかい?」


 若い男の声だった。

 振り向くと、そこに、十八さいくらいの若者が三人立っていた。

 金銀の糸で同じようなデザインのしゆうほどこされたジャケットを着込んだその三人組の真ん中にいた、肩まで髪を伸ばした若者が、軽い調ちようで言った。


「俺たちがみち案内してやるぜ、どこに行くつもりなんだ?」

「インダス……」


 女の子は、思わず行き先を口にしかけてから、あわてて首を振って答えた。


「いえ、けつこうです、自分で行きますから」


 本音を言えば、道を聞きたかった。しかし、彼女の心の中にある何かが、この男たちを信用しないほうがいい、と告げていた。

 それは、本能的なものだったのかもしれない。

 髪の長い若者は、女の子に近づくと、親切めいた口調で話しかけた。


「その荷物、重そうだねえ、持ってやろうか?」

「あ、いえ、いいです! そんなに重くありませんから」


 あわててバッグを抱え込んだ女の子を見て、三人の若者たちは、半分ちようしようのような笑い声を上げた。


「安心しなよ、こう見えても俺たちは上級士族セツクなんだぜ、そんなコソ泥みたいなことなんかするもんか」


 そう言うなり長髪の若者と、その仲間は着ていたしゆうほどこした上着の前を開き、腰にある金銀の糸でそうしよくされたごうな革のホルスターに入った短銃を見せた。

 この世界で「銃」の所持が許されているのはぞくだけであり、その中でも銃身の短い「短銃」の所持が認められているのは上級士族だけであることは常識だった。

 女の子は、その短銃のフレームに、恐ろしくせいエングローヴが施されているのに気づいた。

 ……ハンマーの形状が古いところを見ると、きっとこの人たちの親の持ち物ね。

 女の子はにっこり笑って言った。


「あら、それ、キューゼニアこうぼうの短銃ね。それもミラベルタイプ!」


 その言葉を聞いた士族の若者たちは、拍子けした。

 今まで、何十人という田舎いなか出の女の子に声をかけてきたが、たいていの女の子たちは、まずおうで流行しているハンセンゴールドの高価なジャケットを見るだけで、けいかいしんを解く。

 どんな用心深い女の子でも、上級士族の子弟であることのあかしであるこの短銃を見せれば、ほぼイチコロだった。

 短銃は、王都のきらびやかな上流社会のシンボルだったからだ。

 なのに目の前にいる女の子は、流行のジャケットに興味を示さないどころか、短銃を見せても、憧れるどころか、冷静に短銃のぶんせきをしてのけた。

刊行シリーズ

ガンズ・ハート5 硝煙の鎮魂歌の書影
ガンズ・ハート4 硝煙の彼方の書影
ガンズ・ハート3 硝煙の栄光の書影
ガンズ・ハート2 硝煙の女神の書影
ガンズ・ハート 硝煙の誇りの書影