第一章「王都デメララ」 ②

 彼らの経験の中に、こんな反応を示すケースは無かった。

 長髪の若者は、軽くせきばらいすると、いつものペースに持っていくために話しかけた。


「あ、ああ、えーと、これで俺たちのことを信用してくれたと思うんだが……」


 ……あんまりまともな人たちじゃないみたいだけど、お金持ちの士族のおぼつちゃんであることに間違いはなさそうね。

 そう考えた女の子は小さくうなずいた。

 若者たちは、ほっとしたような表情を浮かべた。

 ……信用させてしまえばこっちのものだ。あとは、言葉たくみにランバリオン通りにあるうらみせまで連れて行けばいい。

 この女がどうなろうと知ったこっちゃない。店は新しい女を手に入れて、俺たちは金がもらえる。それだけのことだ。

 若者たちは、れ馴れしく話しかけた。


「どこに行くつもりだったんだい? 何なら案内してやるよ」


 女の子は、すっかり警戒心を解いたように、あっさり答えた。


「インダストリアン・ギルドの事務所に行くつもりだったの」

「い、いんだすとりあん?」


 若者たちの目が点になった。

 インダストリアンとは、木工、きんぞく加工、おり、製紙、といったさまざまな製品を作り出すためのこうぼうひたいに汗して働くこうげいたちのそうしようであり、日々をに遊んで暮らしているこの若者たちとはまったくえんの存在である。

 ……なんで、こんな女の子がインダストリアン・ギルドに用があるんだ?

 そう考えたとき、長髪の若者は思い当たった。

 そうか、ギルドの事務所って言ったよな。きっと事務所の下働きでもするつもりで、田舎いなかから出てきたんだろう。

 長髪の若者は、南側を指差した。


「インダストリアン・ギルドの事務所なら、確かあっちだ」


 女の子は、まゆをひそめると、持っていた紙切れを見た。


「この地図だと、逆の方向なんですけど……」

「そりゃあ地図がおかしいんだ、この街に住んでいる俺たちが言うんだから間違いない、な、そうだよな?」


 長髪の若者がそう言って後ろにいた仲間に同意を求めると、二人の仲間は、あわててうなずいた。


「ああ、そうそう、こっちで間違いない」

「でも……この通りがアンゴスチュラ通りで、私が鉄道馬車を降りたのがロンリコ門なんだから……」

「いいからいいから」


 長髪の若者は、そう言うと、女の子の腕をつかんだ。


「あ!」


 女の子は、つかまれた腕を引こうとしたが、若者は腕を離さなかった。


「さっさと俺たちの言うとおりにすればいいんだよ、悪いようにはしねえって」


 長髪の若者が、女の子の腕を、ぐい、と引っ張ったそのとき。

 またしても若い男の声がした。


「おいおい、ギルドの事務所はまるっきり反対だろうが、ウソ教えるんじゃねーよ」


 女の子と長髪の若者たちが振り返ると、そこに、彼らと同じくらいのねんれいの若者が立っていた。

 伸びやかな手足と、イタズラぞうがそのまま大きくなったようなこうしんにあふれた目。

 ちょっとくたびれた感じの革のジャケットと、洗いざらしのパンツ。

 そしてその背中には、下級士族デミセツクあかしであるちようじゆう

 しかし、何より目を引くのは、その男の髪の毛の色だった。

 少しくせのある髪の毛は赤い……と言うより、しん

 今まさに燃え上がろうとしているほのおのような鮮烈なあかである。

 その、紅毛の若者は、長髪の若者たちに向かって、ちらっとべつするような視線を投げてから女の子に向かって言った。


「こいつらについて行くと、その先にあるランバリオン通りのうらみせに連れて行かれるぜ。手に職が無くとも、若い女というだけで金になる店だ。行きたいというのなら止めねえがな」


 女の子は目を見開いた。

 ……ランバリオン通り? 確かあそこって歓楽街よね。うらに『あぶない水着を着た女の子が、あぶないサービスをしてくれる、あぶないお店』が並んでいる……。

 女の子の顔色を見たケリンが、ふっと笑ってうなずいた。


「行きたくないのなら、そいつらについていかない方が身のためだぜ。みような薬を飲まされて、気を失って、気がついたら、書いた覚えもない契約書を店と交わしていて、無理やり働かされる……なんて目にあうのがオチだ。そいつらは、お前さんみたいな田舎いなか出の女の子をたぶらかして裏店に連れて行き、紹介料をもらってるクズどもさ」


 長髪の若者たちの顔色が変わった。


「ケリン! てめえ!」


 ケリンと呼ばれた若者は、ゆっくりと進み出ると、長髪の若者たちをえて言った。


「田舎むすめを売り飛ばしてづかい稼ぎをするのはお前らパッサーズの勝手だがな、このマイヤーズのなわりで、それは許さねえぜ」


 長髪の若者は、女の子の手を離すと、ケリンとにらみ合った。そして、あたりを見回してから、馬鹿にしたような調ちようで言った。


「許さねえも何も、ここにはお前一人しかいねえじゃねえか。仲間はどこにいるんだ? え? マイヤーズのそうちようさんよ」


 長髪の男の二人の仲間が、へらへら笑いながら言った。


「マイヤーズはびんぼうにんへいみんの集まりだからよ、いまごろ、食い稼ぐのに必死に働いてるんじゃねーの?」

「貧乏人の平民どもしかいないから、デミセックの息子むすこでもデカイつらして総長に収まれるんだよな」


 ケリンは、胸を張った。


「俺たちの仲間は、イザというときに集まるのさ。お前らパッサーズみたいに、いつもつるんでなけりゃ何もできないれんちゆうとは違うんだ。小便するときもお友達と一緒じゃなきゃできねえセックと一緒にするな」


 長髪の若者たちの顔色が変わった。

 上級士族セツクていは、幼少の頃からぜんりようせいの学園で養育を受けるのが、ごく当たり前のことになっており、この学園での寮生活によってつちかわれたどうもん意識は、上級士族たちの結束を強める反面、そのへいせいから世間では『出世の第一歩は、お便所友達』とされていたからだ。


「許さんぞ! 下級士族デミセツクぶんざいで!」


 長髪の若者は、そう叫ぶと、ジャケットをまくりあげて、腰のホルスターに手を伸ばした。

 女の子の顔色が変わった。

 ……けつとう? うそ! こんなところで?

 ケリンの表情は変わらなかった。


「面白れえ、短銃を抜くっていうのか? このデメララの街中で銃をつってことがどういうことか知ってて抜くなら構やしねえ、抜けよ。それだけのきようがてめえらにあるというなら、さっさと抜きな!」

「く……くそ!」


 三人の上級士族の若者は、右手をホルスターに伸ばしたまま、ケリンをにらみつけた。

 その視線をにらみかえしながらケリンが右手を振った。


「そこの田舎いなかむすめ、ちょっと離れてな。こいつら見た目は人間だが、頭の中は性欲と食欲しかねえんだ。おまけに考える能力はエズオルと変わんねえ。何するかわかんねえからよ」


 田舎娘ばわりされた女の子は、いつしゆんむっとした顔をしたが、すぐにその場から十歩ほど離れた。

 ……まったくもう! 何よ、田舎いなかむすめ、田舎娘って! 私には、ちゃんと、ミント・マージョラムって名前があるんだから……。

 いつしゆんそう考えてから、ミントは、はっとした。

 ……そういえば私、誰にも名乗ってない。私のことを誰も知らなくて当然なんだ。会う人がみんなかお見知りのグレンダランの街とは違うんだ。

 私、田舎娘って言われても当然なのかもしれない。

 ミントは、少し赤い顔になって、ケリンと名乗った若者と長髪の若者たちを見つめていた。

刊行シリーズ

ガンズ・ハート5 硝煙の鎮魂歌の書影
ガンズ・ハート4 硝煙の彼方の書影
ガンズ・ハート3 硝煙の栄光の書影
ガンズ・ハート2 硝煙の女神の書影
ガンズ・ハート 硝煙の誇りの書影