本当に銃の撃ち合いをやるつもりなのかしら? 一発でも撃てば、その銃声を聞きつけた警備隊がすぐに駆けつけて、大騒ぎになるのは間違いないわ。もし、その場に居合わせたら、数時間、長ければ半日は事情聴取で拘束されてしまう。
女の子の心の中に、一瞬『このまま逃げようか』という考えが浮かんだが、女の子は小さく首を振ってその考えを打ち消した。
……でも、あの紅毛の人は、私を助けようとしてくれた。もし、発砲騒ぎになったら私が証言しないと不利になるかもしれないわ……まして相手は上級士族なんだから。
三人組をにらみつけながら、ケリンは、背中に背負っていた長銃のストラップを肩から外し、両手で持った。
八角形の角ばった肉厚の銃身の銃口に赤い木製の栓が差し込まれたままになっているその長銃は、大人の男が両手を広げたほどの長さがあり、銃身の後ろに伸びた木製の肩当ての両側には、大きな金属製のリベットが、いくつも打ちつけてあった。
ケリンの持つその長銃を見たミントは、思わず首をかしげた。
……発射時の反動で銃口が跳ね上がることを防ぐために、重心を前に持っていくべきなのに、なぜ、あんなところにリベット打って後ろを重くしているんだろう?。
長髪の若者たちが、馬鹿にしたように言った。
「おい、ケリン。マズルプラグがついたままだぜ」
不敵な微笑を浮かべてケリンは言った。
「銃ってのは、めったやたらにぶっ放せるモンじゃねえ。このまま使うんだ。それにお前らみたいな連中に火薬や弾を使うのはもったいねえしな」
「なんだと?」
……マズルプラグをつけたままの銃をどうやって使うんだろう?
ミントがそう考えたとき、後ろの方で人の声がした。
「なんだなんだ? なにがあった?」
「えらいことやがな、あんた、カタキ討ちでっせ」
気がつくと、周りに人が集まってきていた。
裏路地とはいえ、王都デメララのメインストリートであるアンゴスチュラ通りのすぐ近くなのだ、そこで、腰のホルスターにある短銃のグリップに手をかけた上級士族の三人組と、長銃を持った下級士族がにらみ合っているのだから、人目につかないわけがない。
物見高い商人たちが、次々にやってきては、ケリンたちを遠巻きにして話し始めた。
「カタキ討ちなんかじゃねえよ! 俺は最初から聞いてたから知ってっけどよ、こりゃああんた、詐欺だよ! あの三人がウソついて、女の子働かせようとしたらしい」
「あほ抜かすな! 何が詐欺や! よう聞いてみい、タダの痴話喧嘩や」
「痴話喧嘩にしてはえらい血相変えてまっせ、特に紅毛の兄ちゃんの方、ごっつい長銃持ち出してまっせ」
「それそれ、最初は、ただの痴話喧嘩だったんだけどよ、セックとデミセックの喧嘩になっちまったんだ! こりゃあヘタすると士族同士の大ゲンカになるぜ!」
「なんでまた、そないなことになったんやろうなあ」
「……あの姉ちゃんが原因じゃねえの? 垢抜けん、田舎くせえ姉ちゃんだけどな」
「はあ……なんか身につまされまんなあ……うちの嫁はんも、ど田舎出身でんねん、あんたタンバール州のササヤマーって村知ってまっか? 馬車で三日、そっから歩いて二日かかりまんねん」
「あんたの嫁はんの出身地なんて、どうでもよろしいがな!」
がやがやと言い合っている話し声に囲まれた長髪の若者は、引っ込みがつかなくなったのだろう、ついに腰のホルスターに挿してあった短銃を抜いた。
「うわ! 抜きよった!」
野次馬がどよめく中で、ケリンが動いた。
一歩踏み込むのと同時に、手に持った長銃をくるりと回し、銃床の方を下から振り出すように前に振った。
長銃の銃床は、長髪の若者が伸ばした右手の握り拳……正確には、右手が握っている短銃のグリップの下部に当たった。
キン!
金属音と共に短銃が跳ね上がり、長髪の若者は思わず引き金を引いてしまった。
パーン!
空に向けられた短銃の銃口から炎と白煙が飛び出し、それを聞いた野次馬どもが一斉に逃げ出した。
「う、撃ちよったでぇ!」
「ひえ! 危ない危ない!」
ぐるりと取り巻くように見物していた野次馬の輪が一回り大きくなり、その輪の中心では、長髪の若者が、自分が銃を撃ったことを信じられないように目を見開いたまま、手の中にある短銃を見つめていた。
豪華な彫刻を施した短銃の銃身から、一筋の白い硝煙が立ち上っている。
ケリンは、さらに一歩踏み込んで、呆然としていた長髪の若者の腹に銃床を突き込んだ。
ぼぐ!
鈍い音がした。
「!」
長髪の若者が目を見開いたまま、声にならない声を上げて、前のめりになったところをすかさず銃を引いて今度は左肩から首筋に銃床を振り下ろした。
ごん!
長髪の若者はものも言わずその場に崩れ落ちた。
手からこぼれ落ちた短銃が、石畳に当たって金属音と共にくるりと回って止まった。
短銃の行き先を目で追っていたケリンは、忌々しげにつぶやいた。
「セックの短銃なんざ、どうせまともに弾も飛ばねえ飾りモンだろうが! 当たりもしねえのに雷管やら装薬を装填してんじゃねえよ!」
顔を上げたケリンは、顔面蒼白になったまま立ち尽くしている残りの二人組を見据えたまま、手に持っていた長銃を、ぶんぶんと音を立てて振り回した。
「おう、そこの二人組! どうする? 俺の格闘銃の相手になるか? こいつは、撃つための銃じゃねえ、ぶん殴るために改造した特別製だ! 弾は撃てねえけど、お前らのチャラチャラした短銃よりよっぽど強えぜ!」
ケリンが振り回す長銃のさばき方を見た野次馬たちがどよめいた。
「あの兄ちゃん体術やっとんのか? すごい腕前やなあ!」
「さすがは、クローブの旦那の息子さんだ!」
「え? クローブって、あの喧嘩屋クローブか?」
「そうさ、このデメララでクローブの旦那を知らないヤツはモグリだね」
「どうりで喧嘩慣れしてるわけだ、親父直伝ってわけだな」
話が見えない、という顔をした男が地方なまりで聞いた。
「なんでっか? その喧嘩屋っちゅうのは?」
「ああ。あんた西部州の人か、じゃあ知らなくて当たり前だ。喧嘩屋クローブってのはな、あそこにいる兄ちゃんの親父でな、本職は国防軍の五十人隊長なんだけど、喧嘩がメシより好きって人間だ」
「えらい乱暴者でんなあ、そないに喧嘩ふっかけて歩いたら普通、警備隊に捕まりまっせ」
得意げに解説していた男は慌てて首を振った。
「喧嘩をふっかけて歩くんじゃねえよ、喧嘩してるヤツを探して歩いてんだ。他人の喧嘩がメシより好きなんだ。んでな、喧嘩しているヤツをみると仲裁に入るってわけよ」
「はあ、えらいお節介なおっさんでんな……」
「だけどよ、その仲裁の方法ってのが普通じゃない。いきなりぶっ飛ばす。それも両方」
「両方?」
「そうだ、ぐうの音も出ねえ、そのちょっと前くらいまで、ぶん殴る。んでもって『この喧嘩俺が買った! 文句があるか』ってな啖呵を切るんだ。そこまでやられてたら、たいがいの人間は文句もねえよな。んでもって四方丸く収まった証に、一杯やろうぜ。ってな調子で酒をたかる……ま、それが喧嘩屋と呼ばれてる理由だわな」
西部州なまりの商人らしい男は、首をひねった。