第一章「王都デメララ」 ④

「はあ、偉いんだか、悪いんだか、いい人なんだか、ひどい人なんだか、ようわかりまへんなあ……」

「でもよ、クローブのだんが歩いてくると、街のチンピラや、ゴロツキはみんな逃げちまうから、この街のためにはなっているんだと思うぜ……あ、あいつら逃げちまった。ひでえなあ、仲間置いてきぼりかよ、あれで上級士族セツクだってってやがるんだから、笑っちまうな」


 うまの言うとおり、二人組は背を向けて転がるように走り出していた。

 ケリンがあわてたように叫んだ。


「おい! こいつはどうするんだ! 置いていかれてもこっちが困るんだ!」


 しかし、二人組は振り返りもせず逃げていく。


「ったくもう、生ゴミの回収は水曜日と決まってるんだ! 勝手に捨てると町内会のうるさいオバサンに怒られるんだぞ!」


 野次馬どもが、どっと笑った。

 ケリンは、腰に手を当てて、しろをむいている上級士族の若者を見下ろしていたが、やがて小さくため息をつくと、しゃがみ込んで若者を揺すった。


「おい、起きろ、そんなに強く殴っちゃいねえから、目を覚ましてもいい頃だぜ」


 若者は動かなかった。


「仕方ねえなあ……家まで運んでやるか……」


 ケリンはそうつぶやくと、あたりを見回した。

 喧嘩さわぎが収まって、さんさん散り始めている野次馬の中に、憧れとの入り混じった目でケリンを見ている十五、六さいの少年がいた。


「よう、ラッケじゃねえか! ちょっと手伝ってくれねえか?」


 ラッケと呼ばれた少年は、びっくりしたように目を丸くした。


「え? 俺ですかそうちよう!」

「そうだ、お前に頼みがある。手がいてるヤツがいたら、すぐここに来いってマイヤーズのれんちゆうに知らせてくれ。こいつの顔を知ってるヤツがいるかもしれねえから」

「わかりました! すぐ呼んで来ます!」


 ラッケはぴょこんと頭を下げると、人込みの中に消えて行った。

 その後ろ姿を見送ったあとで、ケリンは目の前で倒れている若者のわきにしゃがみ込んだ。


「……ったく、世話が焼けるぜ、身元のわかるものでも持ってりゃいいんだけど……」


 そう言いながら、ケリンが倒れている若者のふところを探っていると、いきなり後ろから、りん、とした声が飛んだ。


「動くな! ぬすつと!」


 振り向くと、そこに、白地に銀の糸でしゆうほどこしたちようを身にまとった背の高い男が、同じような服を着た七、八人の若者を引き連れ立っていた。

 流れるような肩までの金髪とはなすじが通った顔は、美形と言うにふさわしいが、強い意志を持つ目が、見た目から受ける軟弱ないんしようをすべて吹き飛ばしてしまっている。

 その金髪の男は、振り向いたケリンを見て、さげすむように言った。


「ほう……そうちようのケリン・ミルダモンみずから強盗を働きになるわけか……さすがはびんぼうにんぞろいのマイヤーズだな」


 ケリンはすっくと立ち上がって、金髪の男を正面からにらみつけた」

「強盗? 言うに事欠いて人を強盗ばわりか、いんねんをつけるなら、もうちょっとボキャブラリィを増やした方がいいぜ、パッサーズの総長さんよ……」


 パッサーズの総長と呼ばれた金髪の男は、手に持っていた乗馬むちをケリンに突きつけて叫ぶように言った。


さまは今、そこでなぐり倒したアルテンの懐を探っていたではないか! それが何よりのしようであろう! どのように言い逃れをしようと、貴様は恥ずべき盗人だ!」

「ふざけたことを言うんじゃねえ!」


 ケリンはパッサーズの一番後ろにかくれるようにしている二人組を指差して叫んだ。


「そいつらが。こいつを見捨ててさっさと逃げちまうから、家まで送ってやろうと思って身元を調べていただけでぃ!」


 総長の後ろにいた男がちようしようするように言った。


「……で、そのついでにさいを頂く、というわけだな。どんなときにでも、まずかねのものを探すのは貧乏人のデミセックのさがだな」

「貧乏人のデミセックとへいみんは全部盗人で、金持ちのセックはみんな天使みたいにせいれんけつぱくかよ! ふざけんな! こいつは、地方から出てきた田舎いなかむすめだまくらかしてだな……」


 ケリンがそこまで言ったとき、ケリンの後ろからラッケの声がした。


「総長! 連れて来ました! マイヤーズの仲間でやす!」


 見ると、薄よごれた作業を着て、手に手にてんびんぼうやスコップなどを持った五、六人の若者がそこにいた。

 その若者たちは、ケリンの目の前にいるパッサーズの若者たちに、憎悪の視線を投げつけて叫んだ。


「てめえら! よってたかってそうちようをどうしようってンだ! このきようなクズろうども!」


 卑怯者ばわりされたパッサーズの若者たちの顔色が変わった。


「なんだと! このびんぼうにんぬすつとどもが!」

「だれが盗人だ!」


 マイヤーズの若者がわめいた。

 裏通りとはいえ、通りのど真ん中で、十人以上の若者がにらみ合っているのだから、ひとを引かないわけがない。

 いったん散りかけたうまが、再び集まり始めた。


「なんだなんだ、こんどは集団でけんかぁ?」

「今度の相手はずいぶんといい男でんなあ……あれ、誰です?」

「ありゃあお前、上級士族セツクのワルどもを束ねてるパッサーズの総長、カルタ・ピルスナーさ」

「へえ……ピルスナーちゅうたら、おうこくの偉いさんにそういう一族がおましたな……」

「そうだ、あいつは外務局長のピルスナー一族の本家の次男ぼうだ」

「そんな偉い人の息子むすこがどないして、こげなところで、悪ガキのとうりようやってますのん?」

「役職はしゆうだ、次男坊じゃあ跡は継げねえ、やることないから同じような立場の悪ガキ集めてとう組んでるんだろ。パッサーズとか言うのはみんなセックの次男坊や三男坊らしいぜ」


 ケリンは、目の前にいるカルタをにらみつけながら、肩にかけてあったちようじゆうを降ろして両手に持った。

 カルタの後ろにいたパッサーズの男がごえで言った。


「気をつけて下さい総長、あいつはかくとうじゆうを使って闘うのが得意です」


 カルタがうなずいたとき、ケリンがカルタから視線をそらさずに言った。


「ラッケ! いるか?」


 マイヤーズの中から、ラッケが飛び出してきた。

 ケリンは持っていた長銃をラッケに差し出して言った。


「おめえは、それ持って下がれ。喧嘩に入るな」


 ラッケは目を見開いた。


「でも総長!」

「いいんだ、この喧嘩、ものは使わないことに決めた! せっかくパッサーズの総長さんが出張って来てくれてるんだ、このゲンコツでお相手しなけりゃ礼を欠くってモンだぜ……いいか、お前らも得物は使うな! 俺たちはマフィアじゃねえ! マイヤーズだ!」

「おう!」


 ケリンの言葉を聞いたマイヤーズのれんちゆうは、そう返事をすると、いつせいに手に持っていた天びん棒や、スコップなどを、投げ捨てた。

 カルタは、ちょっと意外そうな目をしてケリンを見た。

 ケリンは左手の握りこぶしを前に構え、右足を引いて右手の握り拳を顔の前に構えると、カルタが持っている乗馬むちを見て静かに言った。


「カルタさんよ、その鞭は馬をたたくものだよな……あんたらにとっちゃ、俺たちデミセックやへいみんは、馬や牛と変わんねえのかもしれねえけど……それを使ったら、あんたはしようしんしようめいのクズだぜ……」


 ケリンの言葉を聞いたパッサーズの若者がわめいた。

刊行シリーズ

ガンズ・ハート5 硝煙の鎮魂歌の書影
ガンズ・ハート4 硝煙の彼方の書影
ガンズ・ハート3 硝煙の栄光の書影
ガンズ・ハート2 硝煙の女神の書影
ガンズ・ハート 硝煙の誇りの書影