「貴様! 乗馬鞭は短銃と同じ我らセックの証だぞ! 貴様らのような下賤な生き物に素手で触れるなど虫唾が走る!」
「よせ!」
カルタは、その若者を制すると、手に持った乗馬鞭のストラップを外して、腰に挟んだ。
その仕草を見たパッサーズの若者が目を見開いた。
「総長!」
カルタは静かに言った。
「お前らも得物は使うな。デミセックごときに得物を使ったのでは、末代までの恥だ!」
パッサーズの若者たちは、不満そうな表情を浮かべて、乗馬鞭を外して腰に挟んだ。
ケリンは、ちょっと意外そうな顔をして言った。
「へえ、腹黒いセックにしちゃあめずらしいな、お前……」
カルタは顔の前で握り拳を固めると、にやっと笑った。
「お前もデミセックにしてはいさぎよいな……」
カルタとケリンがにらみ合ったそのとき。
「おい! 先ほどの銃声は何だ!」
わいのわいの言っている野次馬をかきわけて、青い制服を着た警備隊がやってきた。
制服の下にアーマーを着込んだ、いかつい体つきの警備隊員の姿を見て、パッサーズとマイヤーズの両方の連中も静かになった。
石畳の上に倒れ込んで気絶している上級士族の息子らしい若者と、その仲間たち。
そしてその反対側には不敵な面構えの見るからにワルそうな紅毛の若者と、その仲間らしい下働きの連中。というセットを見た警備隊の十人隊長らしい中年の男は、ため息をついた。
……また、パッサーズとマイヤーズのゴタゴタか……馬鹿者どもめが。
パッサーズとマイヤーズとは、この王都デメララを二分する二つの不良少年グループの名前だった。
上級士族や裕福な商人の子弟を中心に結成されたパッサーズと、下級士族や平民を中心に結成されたマイヤーズは、常に反目し合っており喧嘩やトラブルが絶えないのだ。
十人隊長はケリンをにらみつけて言った。
「ケリン・ミルダモン! またお前か! こんどは何をやった!」
ケリンは肩をすくめて、足元に転がってる長髪の若者を指差して答えた。
「こいつが、田舎娘を騙くらかして、ランバリオン通りの裏店に連れていこうとしていたのをやめさせただけだ。ウソだと思うなら、そこにいる……」
そう言いながら野次馬の中を指差したケリンは、怪訝な顔になった。
「あれ? あの田舎娘は?」
指差された野次馬どもも、互いに顔を見合わせた。
「あれ、そういえば、あの田舎くさい姉ちゃんは?」
「さっきまで、そこにおましたで、どこいったんやろ?」
女の子の姿は、いつの間にか消えていた。
警備隊の十人隊長は、部下が助け起こした上級士族の子弟らしい若者を見て、驚いた。
……誰かと思ったら、俺たち王都警備隊の総元締め、警備隊総監のエタノ・カストリ様の息子、アルテンだ! こりゃあえらいことになるぞ。
十人隊長は、アルテンを、治療院に運ぶように部下に指示したあとで、ケリンに向き直った。
「ケリン・ミルダモン、お前を西分署まで同行する!」
「ああ、いいぜ、どこにでも行ってやる」
ケリンは胸を張って答えながら考えた。
……俺は悪くない。田舎娘をたぶらかして、小遣い稼ぎをやっていたこいつらが悪い。ましてや街中で短銃なんか抜きやがって。長銃で一発当身を食らわしただけで終わらせたんだ、褒められたっていいはずだ。
警備隊の隊員に左右から挟まれて、詰め所に向かいながら、ケリンは、散り始めた野次馬の方を振り返った。
……それにしても、あの田舎娘はどこに行ったんだ? まあ、インダストリアン・ギルドに問い合わせてもらえば、すぐに身元がわかるだろうからいいか。どうせ、いつものように親父に一発殴られて、小言食らって終わりだろう。
そんな風に軽く考えながら、警備隊の十人隊長のあとにくっついて歩き出したケリンは、このとき、この喧嘩が、パッサーズとマイヤーズという不良少年グループ同士の騒ぎで収まらず、王都を巻き込んだ大騒ぎになるとは、考えてもいなかった。