第三章「マイヤーズとパッサーズ」 ②

「おいおい、不当に身柄を押さえられている、ってのはないだろう。こっちはちゃんと国が定めたりつりように基づいた手続きを踏んでいるんだぞ」


 デイーデイーは、メガネの真ん中を右手の人差し指で押すように持ち上げてから言った。


「私が調べた限りでは、ケリンの相手は短銃をはつぽうしています。ケリンの暴行は、それに対する防衛的なものではありませんか?」


 コアントは、言いにくそうに答えた。


「あ、いや、相手はケリンの攻撃から身を守るために発砲した、と説明しているのだ……」

「それはおかしな話ですね……」


 D・Dは、わざとらしい表情で大げさにしんがって見せた。


「ケリンのちようじゆうには、赤いマズルプラグがついたままになっていたはずです。ケリンははつしややくそうてんしたままの銃を持ち歩くようなことは絶対にしません。てない銃に向かって発砲することに正当性があるのでしょうか? もし、ケリンのきようぼうな顔に恐怖したゆえの発砲であり、ケリンにがあるとしても、けんりようせいばいでなくてはならないはずです。しかし、ケリンだけががらこうそくされるというのはこれは不当ではないのですか?」

「おい、凶暴な顔ってのはどういう意味だ!」


 D・Dは、ケリンの抗議を無視して続けた。


「だとしたら、ケリンをこの西にしぶんしよりゆうしておく理由は無いのではありませんか?」


 コアント取調官は、困ったような顔をして髪の毛をくしゃくしゃとき回した。


「そう言われてもな、私のいちぞんで決められることじゃない。ケリンが助けたという、その田舎いなかむすめの証言があれば、私も突っ張れるが……じようから、この西分署に留置するようにという命令を受けている以上、その命令に従わねばならんのだ」


 その言葉を聞いたD・Dの目が輝いた。


「その上司の方は、この西分署に留置しろと、おっしゃったわけですね」

「ああ、そうだ、それがどうかしたか?」


 D・Dは、すまし顔で言った。


「では、別に留置場などに入らなくても良いのではありませんか? あなたが上司から受けた命令は『ケリン・ミルダモンを西分署に留置せよ』であって『留置場に留置しろ』ではないのですから、この西分署の中にさえいれば命令はんにはならないと思いますが?」


 コアントはにがむしつぶしたような顔で言った。


「……ったく! くつこね回しおって……」


 D・Dは、涼しい顔のまま答えた。


「本当のところは、あなたもケリンの言うことを信じてるんでしょう? コアントさん……」


 コアントは、もう少しで「ああ、そうだ」とあいづちを打ちそうになった。

 心情的には「やってられるか」というところなのだ。

 コアントは、西分署の分署長が、部屋に飛び込んできたときのことを思い出していた。

 ことのいきさつを聞いたぶんしよちようは青ざめた顔で叫んだ。


「コ、コアント! すぐにそのケリンとかいう馬鹿者をりゆうしろ! 絶対に逃がしてはならん! ぼつちゃんのおの程度はどうだ?」


 上級士族セツクの中でもさい下層のいわゆる百人隊長のくらいを代々しゆうで継いで来たピーター・ドーソン分署長にとって、この事件は、自分が出世するせんざいいちぐうのチャンスに思えた。

 コアントは分署長に答えた。


「お怪我はたいしたことはありません。この事件はケリンだけに問題があるとは思えませんので、場合によってはアルテン殿を取り調べる必要があると思われます」


 分署長は目を見開いた。


「コアント! さまは馬鹿か! 犯人はらいのデミセックのせがれで、被害者はセック……それも名門中の名門で、我が警備隊ガーデイアンそうかんであるカストリ家のお方なのだぞ! それを言うにこといて原因がセックにある? 取り調べをする? ふざけるな! 確かにけい取調官は、犯罪あるとりようされる場合は、その関係者がセックであろうとデミセックであろうと、取り調べをする権限を与えられている、しかし、これは貴様のようなデミセック上がりの刑訴取調官がしゃしゃり出る事件ではない! 高度に政治的で重要な事件なのだ! わかったか!」


 ……そう、そして、ケリンはここにいて、アルテンはさっさと家に帰ったというわけだ。

 あの出世のために上しか見ていない鹿分署長の言うことを聞かなくちゃならんというのもごうはらだな……。

 コアントは、大きくため息をつくと、小さく両手を上げた。そしてケリンの顔を正面から見て言った。


「私の顔をつぶさんとちかうか? ケリン……」


 ケリンも両手を小さく挙げて答えた。


「わかったよ、コアントさんの顔を立てて、この建物からは一歩も出ないと誓う」

ぞくの名にかけて?」

「士族の名にかけて」

「よし」


 コアントはうなずいた。


「では、これで取り調べは終わりだ。ぶんしよの建物の中を勝手にうろうろされてもじやだから……そうだな、一階の北側にある食堂にでも行っていろ。ちょうど今ははやばんが休憩の時間だ。そこにいるれんちゆうに、ばんめしを食わせてもらえ。私のおごりだ」

「わかった! ありがとう」


 そう言って微笑ほほえんだケリンは、ぺこっと頭を下げた。

 その横で、してやったり。という顔をしているデイーデイーに向かってコアントは言った。


「これは、いやじゃないが……お前さんの、そのくつがいつでもどこでも通用するなんてこころちがいをするなよ」


 デイーデイーは真剣な顔で答えた。


「わかってます。本当の事件のだいは、本気の度合いが違うってことくらい。こんなレトリック一つでなんとかなるものじゃありませんよね」


 コアントは、ちょっと意外な顔をしてD・Dを見返した。


「では、これで失礼します」


 そう言い残して取調室から出て行くケリンとD・Dの二人の後ろ姿を見送って、コアントは思った。

 ……父親の名前を振り回してふんぞりかえっていたカストリ家の息子むすこの方がよっぽどいやしい顔つきをしていたな。

 こいつらの方がよっぽどせいせいどうどうと生きてやがる。

 大木の森の中でひょろひょろと伸びた木よりも、誰の名前にも力にもすがることなく、真っ直ぐにお日様に向かってる草の方がよっぽど見ていて気分がいいな。

 そして、コアントは、小さく首をひねってからつぶやくように言った。


「それにしても、ケリンが助けたという田舎いなかむすめは、どこに行ったのかな? ギルドの受付がうそをついたとも思えんし……」


 コアントの疑問はもっともである。別にギルドの受付は嘘もかくし立てもしていない。コアントたち警備隊員ガーデイアンの質問に対し実に誠実に、そして正確に答えていた。

 つまり『下働きに雇うための田舎娘がインダストリアン・ギルドに来たか?』と聞かれたから、それに対し『そんな娘は来ていない』と答えたわけである。

 もし、この質問が単なる『田舎娘がインダストリアン・ギルドをたずねて来たか?』ならば『はい、じゆうこうぼうめいかきえのためにミントという人が来ました』と答えただろう。

 ケリンは、ミントのことを下働き志望の娘だと思い込んでいた。

 彼女が下働き志望の田舎娘などではなく、鉄砲鍛冶ガンスミスの資格を持ったギルドのメンバーだとは夢にも思わなかったのが、すべての原因だった。

 取調室を出たところでD・Dがケリンに言った。


「じゃあ、俺はこれで失礼させてもらう」

「ちょっとまてよ、少しぐらい一緒にいてくれてもいいだろう? 冷たいヤツだなあ……」

刊行シリーズ

ガンズ・ハート5 硝煙の鎮魂歌の書影
ガンズ・ハート4 硝煙の彼方の書影
ガンズ・ハート3 硝煙の栄光の書影
ガンズ・ハート2 硝煙の女神の書影
ガンズ・ハート 硝煙の誇りの書影