「おいおい、不当に身柄を押さえられている、ってのはないだろう。こっちはちゃんと国が定めた律令に基づいた手続きを踏んでいるんだぞ」
D・Dは、メガネの真ん中を右手の人差し指で押すように持ち上げてから言った。
「私が調べた限りでは、ケリンの相手は短銃を発砲しています。ケリンの暴行は、それに対する防衛的なものではありませんか?」
コアントは、言いにくそうに答えた。
「あ、いや、相手はケリンの攻撃から身を守るために発砲した、と説明しているのだ……」
「それはおかしな話ですね……」
D・Dは、わざとらしい表情で大げさに不審がって見せた。
「ケリンの長銃には、赤いマズルプラグがついたままになっていたはずです。ケリンは発射薬を装填したままの銃を持ち歩くようなことは絶対にしません。撃てない銃に向かって発砲することに正当性があるのでしょうか? もし、ケリンの凶暴な顔に恐怖したゆえの発砲であり、ケリンに非があるとしても、喧嘩両成敗でなくてはならないはずです。しかし、ケリンだけが身柄を拘束されるというのはこれは不当ではないのですか?」
「おい、凶暴な顔ってのはどういう意味だ!」
D・Dは、ケリンの抗議を無視して続けた。
「だとしたら、ケリンをこの西分署に留置しておく理由は無いのではありませんか?」
コアント取調官は、困ったような顔をして髪の毛をくしゃくしゃと掻き回した。
「そう言われてもな、私の一存で決められることじゃない。ケリンが助けたという、その田舎娘の証言があれば、私も突っ張れるが……上司から、この西分署に留置するようにという命令を受けている以上、その命令に従わねばならんのだ」
その言葉を聞いたD・Dの目が輝いた。
「その上司の方は、この西分署に留置しろと、おっしゃったわけですね」
「ああ、そうだ、それがどうかしたか?」
D・Dは、すまし顔で言った。
「では、別に留置場などに入らなくても良いのではありませんか? あなたが上司から受けた命令は『ケリン・ミルダモンを西分署に留置せよ』であって『留置場に留置しろ』ではないのですから、この西分署の中にさえいれば命令違反にはならないと思いますが?」
コアントは苦虫を噛み潰したような顔で言った。
「……ったく! 屁理屈こね回しおって……」
D・Dは、涼しい顔のまま答えた。
「本当のところは、あなたもケリンの言うことを信じてるんでしょう? コアントさん……」
コアントは、もう少しで「ああ、そうだ」と相槌を打ちそうになった。
心情的には「やってられるか」というところなのだ。
コアントは、西分署の分署長が、部屋に飛び込んできたときのことを思い出していた。
ことのいきさつを聞いた分署長は青ざめた顔で叫んだ。
「コ、コアント! すぐにそのケリンとかいう馬鹿者を留置しろ! 絶対に逃がしてはならん! 坊ちゃんのお怪我の程度はどうだ?」
上級士族の中でも最下層のいわゆる百人隊長の位を代々世襲で継いで来たピーター・ドーソン分署長にとって、この事件は、自分が出世する千載一遇のチャンスに思えた。
コアントは分署長に答えた。
「お怪我はたいしたことはありません。この事件はケリンだけに問題があるとは思えませんので、場合によってはアルテン殿を取り調べる必要があると思われます」
分署長は目を見開いた。
「コアント! 貴様は馬鹿か! 犯人は無頼のデミセックの小倅で、被害者はセック……それも名門中の名門で、我が警備隊の総監であるカストリ家のお方なのだぞ! それを言うに事欠いて原因がセックにある? 取り調べをする? ふざけるな! 確かに刑訴取調官は、犯罪あると思量される場合は、その関係者がセックであろうとデミセックであろうと、取り調べをする権限を与えられている、しかし、これは貴様のようなデミセック上がりの刑訴取調官がしゃしゃり出る事件ではない! 高度に政治的で重要な事件なのだ! わかったか!」
……そう、そして、ケリンはここにいて、アルテンはさっさと家に帰ったというわけだ。
あの出世のために上しか見ていない馬鹿分署長の言うことを聞かなくちゃならんというのも業腹だな……。
コアントは、大きくため息をつくと、小さく両手を上げた。そしてケリンの顔を正面から見て言った。
「私の顔を潰さんと誓うか? ケリン……」
ケリンも両手を小さく挙げて答えた。
「わかったよ、コアントさんの顔を立てて、この建物からは一歩も出ないと誓う」
「士族の名にかけて?」
「士族の名にかけて」
「よし」
コアントはうなずいた。
「では、これで取り調べは終わりだ。分署の建物の中を勝手にうろうろされても邪魔だから……そうだな、一階の北側にある食堂にでも行っていろ。ちょうど今は早番が休憩の時間だ。そこにいる連中に、晩飯を食わせてもらえ。私のおごりだ」
「わかった! ありがとう」
そう言って微笑んだケリンは、ぺこっと頭を下げた。
その横で、してやったり。という顔をしているD・Dに向かってコアントは言った。
「これは、嫌味じゃないが……お前さんの、その屁理屈がいつでもどこでも通用するなんて心得違いをするなよ」
D・Dは真剣な顔で答えた。
「わかってます。本当の事件の代訴は、本気の度合いが違うってことくらい。こんなレトリック一つでなんとかなるものじゃありませんよね」
コアントは、ちょっと意外な顔をしてD・Dを見返した。
「では、これで失礼します」
そう言い残して取調室から出て行くケリンとD・Dの二人の後ろ姿を見送って、コアントは思った。
……父親の名前を振り回してふんぞりかえっていたカストリ家の息子の方がよっぽど卑しい顔つきをしていたな。
こいつらの方がよっぽど正々堂々と生きてやがる。
大木の森の中でひょろひょろと伸びた木よりも、誰の名前にも力にもすがることなく、真っ直ぐにお日様に向かってる草の方がよっぽど見ていて気分がいいな。
そして、コアントは、小さく首をひねってからつぶやくように言った。
「それにしても、ケリンが助けたという田舎娘は、どこに行ったのかな? ギルドの受付が嘘をついたとも思えんし……」
コアントの疑問はもっともである。別にギルドの受付は嘘も隠し立てもしていない。コアントたち警備隊員の質問に対し実に誠実に、そして正確に答えていた。
つまり『下働きに雇うための田舎娘がインダストリアン・ギルドに来たか?』と聞かれたから、それに対し『そんな娘は来ていない』と答えたわけである。
もし、この質問が単なる『田舎娘がインダストリアン・ギルドをたずねて来たか?』ならば『はい、銃器工房の名義書換えのためにミントという人が来ました』と答えただろう。
ケリンは、ミントのことを下働き志望の娘だと思い込んでいた。
彼女が下働き志望の田舎娘などではなく、鉄砲鍛冶の資格を持ったギルドのメンバーだとは夢にも思わなかったのが、すべての原因だった。
取調室を出たところでD・Dがケリンに言った。
「じゃあ、俺はこれで失礼させてもらう」
「ちょっとまてよ、少しぐらい一緒にいてくれてもいいだろう? 冷たいヤツだなあ……」