第三章「マイヤーズとパッサーズ」 ①

 その頃、ケリンもまた青白い有機こうりゆう照明の照らし出す小さな部屋の中にいた。

 ミントがいる部屋に比べるとはるかに狭く、机としかないその部屋は、俗に取調室と呼ばれている部屋だった。

 デメララの街の治安を守る警備隊ガーデイアンは東西南北にある四つのぶんしよに配置されており、そこでそれぞれのかんかつするいき内で発生した犯罪の捜査と取り締まりに当たっている。

 ケリンが連れて行かれたのは管轄区域内にはんがいを持ち、デメララで最も忙しいと言われている西にし分署だった。

 目の前にいる私服のけい取調官に向かってケリンはうんざりしたように言った。


「だから、何度も言っただろう? コアントさんよ! 俺はインダストリアン・ギルドで働こうとしていた田舎いなかむすめを助けただけだって!」


 コアント、と呼ばれた中年の取調官は、少し困ったような顔でしら交じりのくせ毛の頭をいて答えた。


「ケリン、お前はけん早くて、乱暴者だが、じんな暴力を振るうような人間ではないことは私も良く知っている。この騒ぎの理由は、おそらくお前の言うとおりなのだろう……しかし、今回は相手が悪すぎたな」


 ケリンはげんな顔をした。


「相手? あのパッサーズの長髪ろうがどうかしたのか?」

「あの男は、アルテン・カストリ……カストリ家の次男ぼうだ……と、言えばわかるか?」


 ケリンは目を見開いた。


「カストリ家って、あのカストリか? おう警備隊そうかんの……」


 取調官のコアントは、気の毒そうな顔でうなずいた。


「そうだ、お前さんがやっつけたのは、われわれ警備隊員のそうもとめの息子むすこだよ」

「でもよ、たとえ親父おやじがどんなに偉いヤツでも、あいつらが都に出てきた田舎娘をたぶらかしてランバリオン通りのうらみせに連れて行って紹介料もらっていたって事実は曲げようがないだろうよ!」

「そうだ。それが証明できれば言うことはないのだがな……かんじんの、お前さんが助けたという田舎娘がどこにもいないのだよ」

「だから、インダストリアン・ギルドに行って聞いてくれ、って言ってんじゃんか!」


 コアントは小さく首を振った。


「聞いたよ、そんな田舎いなかむすめは来ていないという回答だった。インダストリアン・ギルドでは下働きの娘などは雇っていないそうだ」

「そんなバカな! あの田舎娘はインダストリアン・ギルドに行くって言って地図まで持っていたんだぞ! もう一度聞いてみてくれよ!」

「明日、もう一度ギルドに行って確かめるようにじように掛け合うが……とりあえず今日、お前を家に帰すわけにはいかない。悪いが一晩泊まってもらうことになりそうだ」


 ケリンは驚いた。

 確かにケリンは今までにも何度もけんさわぎを起こして警備隊ガーデイアンのやっかいになったことがある。しかし、そのときはいつももと引受人として親に来てもらって、せいやくしよいつぴつ書いて終わりだったし、今回の騒動は喧嘩ですらないのだ。


「なんでだよ! 俺は別に逃げもかくれもしないぜ! 俺の家も親父おやじの顔も知ってるだろう?」


 ケリンの言葉を聞いたコアントはうなずいた。


「ああ、知ってるよ。お前が逃げたりするような人間じゃないってことは、この警備隊の……いや、デメララに住んでいる下級士族デミセツクなら誰でも知っている……」

「じゃあ、なんでだよ!」


 いきり立つケリンを見たコアントは、なだめるように言った。


「だがな、犯罪をしよだんするために定められたりつりようという物指しで見ればお前さんはりつな暴行犯で、今までにも何度と無く同様の騒ぎを起こしているじようしゆうはんだからな。ここにりゆうしておく理由は、いくらでも見つけることができるんだ。何よりめんせき理由になるべき証人がいないというのが痛いな」


 ……あの田舎娘め、どこに行きやがったんだ。インダストリアル・ギルドに行くって言っていたのに、途中でまた誰かにだまされちまったのかな? 名前でも聞いておけば良かった。

 黙り込んだケリンを見ていたコアントが、肩をすくめて言った。


「まあ、そういうわけだ。悪いがこのぶんしよで一泊してもらうぞ」


 そのとき取調官の後ろにある取調室の出入り口のドアをノックする音が聞こえた。

 コアントは、机の前から立ち上がり、取調室のドアについている小さな確認用のまどをあけて部屋の外を見たあとでドアを開けた。

 廊下には、青い制服を着た警備隊の隊員が立っていた。


「どうした?」

「面会希望の者が参っております」

「面会? ケリンにか?」

「はい、学生のようでしたが、このような名刺を持っておりましたので……」


 警備隊員の差し出した名刺には、こんな文面が並んでいた。



『デメララ王立りつりようかんようせい学校生

  だい、証書だい(見習)


   ドナルドエリメンシス・デュークロアエリエント・デビルズハカープログラム』



 ……代訴士りのデイーデイーか。まためんどくさいヤツが来たものだ。

 コアントはインテリ風のふうぼうを持つD・Dの顔を思い浮かべた。

 D・Dは上級士族セツクの出で、知の教団のしゆさいしているアカデミーのとくたいせいに選ばれたほどのてんさいだったが、知の教団とのせつしようがかりだった父親がじようしようとつして、その職をしたため、アカデミーを退学になり、今度は律令家となるべく王立の律令官養成学校の入学試験を受けた。

 そしてトップクラスで入学したのだが、しように合わないとかで一年も通わぬうちに休学を申し出て、今ではマイヤーズのもん代訴士のようなことをやっている。

 ケリンやマイヤーズのメンバーがトラブルを起こすと、どこからともなくD・Dが駆けつけ、したさきさんずんで相手を丸め込み、時としては相手が知られたくない秘密を握っているようなことをにおわせて、その場を収めるのだ。

 おかげでケリンもマイヤーズのれんちゆうも、注意処分こそ受けているものの、公式な記録に残るぜんぜんれきは一件も無い。

 ……まったく、なんであの天才児とこっちのてんさいとうまが合うのやら。

 コアントは、しらまじりのくせ毛を右手でくしゃくしゃとき回して言った。


「会いたきゃ会わせてやるさ、上役が騒いでるだけで、本来こんなのは事件にもなりゃしねえゴタ騒ぎなんだからよ」


 やがて、取調室に、ケリンより少し年上のせてメガネをかけた、色白の一見インテリ風の背の高い男が入って来た。


「よう、ケリン。さいなんだったな」

「D・D! なんでお前がこんなところに?」


 D・Dと呼ばれた男は、ちょっとむっとしたような顔になって言い返した。


「俺の名前は、ドナルドエリメンシス・デュークロアエリエント・デビルズハカープログラムだ。だから頭文字で略すならデイーデイーデイーと呼べと言っているはずだぞ」

「そんなめんどくさい呼び方なんかできるか、げんの悪い馬をなだめるときの掛け声じゃあるまいし。いいじゃねえかD・Dで、いつもそう呼んでるんだからよ、それより何の用だ?」


 D・Dは、肩をすくめて言った。


「何の用だ? ってのは無いだろう。不当にがらを押さえられている人間の代訴人として名乗り出て来てやったって言うのに」


 横で二人の会話を聞いていたコアントが、むっとしたように言った。

刊行シリーズ

ガンズ・ハート5 硝煙の鎮魂歌の書影
ガンズ・ハート4 硝煙の彼方の書影
ガンズ・ハート3 硝煙の栄光の書影
ガンズ・ハート2 硝煙の女神の書影
ガンズ・ハート 硝煙の誇りの書影