第二章「インダストリアン・ギルド」 ③

 ……私は半分べそをきながらこう答えた。


『でも、怖いよ……』


 父さんはな顔でうなずいた。


『そうだ、銃は怖くて強い。だから絶対に弱いものに向けちゃいけない。父さんは、銃を女の人や年寄りに持ってもらいたいと思っている。剣や弓を使えない弱いものでも、銃なら持てる。もし今、ここにエズオルが出てきても、銃があればミントのような子供でも自分の身を守ることができるんだ、違うかい?』


 ……私には、あのときの父さんの言葉の意味がわからなかった。銃のごうおんしようげきに驚いていただけだった。

 でも、今ならわかる、父さんの言っていた言葉の意味と、そしてなぜ父さんがギルドを追われたのか。

 ……父さんは、あの銃を作ったからギルドを追われたんじゃない。

 ぞくの特権にを申し立てたからなんだ。

 へいみんに銃を持たせるなんてことを、士族が認めるわけが無い。父さんにだってそれはわかっていたはずだ。

 でも……父さんはその信念を追いかけた。

 デメララを追われ、グレンダランで、銃の修理工となって、一生を終えた。

 ……父さん。

 それで満足だったの?

 それで、良かったの?

 本当に?


 ミントは、再びベッドに座ると、サイドテーブルの上に置いてあった何冊かのじゆうのカタログの中の一冊を取り上げて開いた。

 それは上級士族セツク向けのものなのだろう、どのページにも銃身やサイドプレートに、きらびやかな彫刻エングローヴほどこし、グリップににじいろに光るかいがらさいへんをはめ込んだごうな短銃の写真画がけいさいされていた。

 ……美しくそうしよくされた銃たち……でも、どれも皆同じ機構だわ。

 先端から発射やくを詰めて、だんがんを押し込み、雷管キヤツプをはめ込み、引き金を引くとハンマーが雷管をたたいて発火する、という単発式で、父さんが考えたような新しさが一つもない。違うのは外装の装飾だけ。

 ミントはもう一冊のカタログを手に取った。

 それは、下級士族デミセツクや、平民の中で特別に銃の許可を与えられているりよう向けに作られたちようじゆうのカタログだった。

 どのページに並んでいる長銃も、外部の装飾や、だいじりの形が少し違うぐらいで、銃としての構造は短銃と同じ、銃口から火薬を入れて弾丸を押し込み、雷管をはめ込んでつ、というものだった。

 りようじゆうの中には、二本の銃身を持つダブルバレルライフルと呼ばれるものもあったが、これはエズオルなどのもうじゆうを狩るときに、一発目が外れたとき、すかさず二発目をってとどめを刺すために作られたもので、銃としての基本的な構造は変わらない。

 カタログを閉じてため息をついたミントは、小さな声でつぶやいた。


「銃って……なんのためにあるんだろう?」


 ミントの胸の中に、もやもやとした感情が漂っていた。

 それは、昼間、デメララの街の中で出会った若者たちの持っていた銃を見てからずっとミントの心の中に留まっていたものだった。

 ……あの上級士族セツク息子むすこたちが持っていた、彫刻エングローヴがついた短銃。

 そして、あのあかのチンピラみたいな若者が持っていた、大きなリベットが打たれたちようじゆう

 どっちも銃である必要がない。あの人たちが必要としているのはそうしよく品と……どんだ。

 ミントののうに紅毛のチンピラ風の若者の言った言葉がよみがえった。


『こいつは、撃つための銃じゃねえ、ぶんなぐるために改造した特別製だ!』


 その言葉を思い出すたびに、ミントの心の中にあるもやもやが濃くなっていく。

 ……そんなの「銃」じゃない! だったら鉄のこん棒を持って歩けばいいじゃない! なによ! 自慢げに振り回したりして!

 それが、一種のたりであることはミント自身にもわかっていた。

 ミントは、あの紅毛の若者に好意を持っていた。

 いや、好意というよりは、田舎いなかものの自分を助けてくれたおんを感じていたと言った方が正しいかもしれない。

 警備隊ガーデイアンが来たら、この人は、自分を助けてくれたのだと証言するつもりだった。

 でも、あの若者が言い放った言葉を聞いたとき。ミントはショックを受けた。

 下級士族デミセツクじゆうたいの間に、長銃を使って格闘するという武術が伝えられているということは知っていた。

 戦場では、むしろそうやって使うことの方が多いということも知識として知っていた。

 しかし、銃としての機構を必要としないと言い切った人間を目の前で見たとき、ミントはその事実に耐えられずにその場を離れた。

 あの紅毛の若者に、ミントの父がやってきたことと、そしてミントがこれからやろうとしていることのすべてを否定されたような気がしたのだ。

 サイドテーブルの上に置かれたきらびやかなじゆうのカタログを見つめてミントはもう一度つぶやいた。


「銃って……何なんだろうね……お父さん」


 青白い有機こうりゆう照明の照らし出す小さな部屋の中で、ミントは考え込んでいた。

刊行シリーズ

ガンズ・ハート5 硝煙の鎮魂歌の書影
ガンズ・ハート4 硝煙の彼方の書影
ガンズ・ハート3 硝煙の栄光の書影
ガンズ・ハート2 硝煙の女神の書影
ガンズ・ハート 硝煙の誇りの書影