……私は半分べそを掻きながらこう答えた。
『でも、怖いよ……』
父さんは真面目な顔でうなずいた。
『そうだ、銃は怖くて強い。だから絶対に弱いものに向けちゃいけない。父さんは、銃を女の人や年寄りに持ってもらいたいと思っている。剣や弓を使えない弱いものでも、銃なら持てる。もし今、ここにエズオルが出てきても、銃があればミントのような子供でも自分の身を守ることができるんだ、違うかい?』
……私には、あのときの父さんの言葉の意味がわからなかった。銃の轟音と衝撃に驚いていただけだった。
でも、今ならわかる、父さんの言っていた言葉の意味と、そしてなぜ父さんがギルドを追われたのか。
……父さんは、あの銃を作ったからギルドを追われたんじゃない。
士族の特権に異議を申し立てたからなんだ。
平民に銃を持たせるなんてことを、士族が認めるわけが無い。父さんにだってそれはわかっていたはずだ。
でも……父さんはその信念を追いかけた。
デメララを追われ、グレンダランで、銃の修理工となって、一生を終えた。
……父さん。
それで満足だったの?
それで、良かったの?
本当に?
ミントは、再びベッドに座ると、サイドテーブルの上に置いてあった何冊かの銃器のカタログの中の一冊を取り上げて開いた。
それは上級士族向けのものなのだろう、どのページにも銃身やサイドプレートに、きらびやかな彫刻を施し、グリップに虹色に光る貝殻の微細な破片をはめ込んだ豪華な短銃の写真画が掲載されていた。
……美しく装飾された銃たち……でも、どれも皆同じ機構だわ。
先端から発射火薬を詰めて、弾丸を押し込み、撃発部分に雷管をはめ込み、引き金を引くとハンマーが雷管を叩いて発火する、という単発式で、父さんが考えたような新しさが一つもない。違うのは外装の装飾だけ。
ミントはもう一冊のカタログを手に取った。
それは、下級士族や、平民の中で特別に銃の許可を与えられている猟師向けに作られた長銃のカタログだった。
どのページに並んでいる長銃も、外部の装飾や、台尻の形が少し違うぐらいで、銃としての構造は短銃と同じ、銃口から火薬を入れて弾丸を押し込み、雷管をはめ込んで撃つ、というものだった。
猟銃の中には、二本の銃身を持つダブルバレルライフルと呼ばれるものもあったが、これはエズオルなどの猛獣を狩るときに、一発目が外れたとき、すかさず二発目を撃って止めを刺すために作られたもので、銃としての基本的な構造は変わらない。
カタログを閉じてため息をついたミントは、小さな声でつぶやいた。
「銃って……なんのためにあるんだろう?」
ミントの胸の中に、もやもやとした感情が漂っていた。
それは、昼間、デメララの街の中で出会った若者たちの持っていた銃を見てからずっとミントの心の中に留まっていたものだった。
……あの上級士族の息子たちが持っていた、派手な彫刻がついた短銃。
そして、あの紅毛のチンピラみたいな若者が持っていた、大きなリベットが打たれた長銃。
どっちも銃である必要がない。あの人たちが必要としているのは装飾品と……鈍器だ。
ミントの脳裏に紅毛のチンピラ風の若者の言った言葉がよみがえった。
『こいつは、撃つための銃じゃねえ、ぶん殴るために改造した特別製だ!』
その言葉を思い出すたびに、ミントの心の中にあるもやもやが濃くなっていく。
……そんなの「銃」じゃない! だったら鉄のこん棒を持って歩けばいいじゃない! なによ! 自慢げに振り回したりして!
それが、一種の八つ当たりであることはミント自身にもわかっていた。
ミントは、あの紅毛の若者に好意を持っていた。
いや、好意というよりは、田舎者の自分を助けてくれた恩義を感じていたと言った方が正しいかもしれない。
警備隊が来たら、この人は、自分を助けてくれたのだと証言するつもりだった。
でも、あの若者が言い放った言葉を聞いたとき。ミントはショックを受けた。
下級士族の銃士隊の間に、長銃を使って格闘するという武術が伝えられているということは知っていた。
戦場では、むしろそうやって使うことの方が多いということも知識として知っていた。
しかし、銃としての機構を必要としないと言い切った人間を目の前で見たとき、ミントはその事実に耐えられずにその場を離れた。
あの紅毛の若者に、ミントの父がやってきたことと、そしてミントがこれからやろうとしていることのすべてを否定されたような気がしたのだ。
サイドテーブルの上に置かれたきらびやかな銃器のカタログを見つめてミントはもう一度つぶやいた。
「銃って……何なんだろうね……お父さん」
青白い有機交流照明の照らし出す小さな部屋の中で、ミントは考え込んでいた。