「私はね、君の父上……セージ・マージョラムと同じ銃器工房で働いていたことがあるのだよ。君の父上が教団の禁忌に触れて、ギルドを追放になったあとで、グレンダランの銃器修理工として登録し、年金を受け取れるように手続きを行ったのは、この私なのだよ」
ミントは、慌てて頭を下げた。
「では、あなたがダフ・ミルトンさんなんですね、お顔を存じ上げないとは言え、ご挨拶が遅れて申し訳ありませんでした」
ミルトンは、微笑を浮かべて小さく首を振った。
「いやいや、君と最後に会ったときは、君はまだ乳飲み子だったのだから、私の顔を覚えているわけがない、気にしないでくれたまえ」
「父と母は、生前ミルトンさんのことをよく話していました。教団の禁忌に触れ、異端者の烙印を押されても、こうして修理工として銃に関わる仕事ができるのは、ミルトンさんのおかげだ……と」
ミルトンは悲しげに首を振った。
「セージは、私などよりずっと腕の良い、そして明晰な頭脳を持った職工だった……異端の発明に関わらねば、今頃この国のインダストリアンの歴史に名を刻んでいただろう……惜しい人だ……本当に惜しい人だった」
そして、ミルトンはミントが提出した年金受給に関する書類を見て、つぶやくように言った。
「父上が死去して五年、そして、昨年の暮れ母上も死去。君は一人っ子で兄弟はいない……」
ミントはうなずいた。
「はい、母は元から体が弱く、昨年の暮れに風邪をこじらせまして、この世を去りました。父の死後、グレンダランにある銃器工房は母の名義になっておりましたので、私に書き換えるためにこのギルドにまいりました」
ミルトンは感慨深げにミントの顔を見つめた。
「……あれから十六年か……セージが都を離れたとき、奥さんの腕の中にいた生まれたばかりの娘が、まさか同じ鉄砲鍛冶の道を選び、跡を継ぐとは夢にも思わなかった……」
「私は、鉄砲の製造や構造について父と母からさまざまなことを教わってまいりました。それは父と母が残してくれた財産だと思っています……」
ミルトンはミントの顔を見てつぶやくように言った。
「君の目は……若い頃の父上の目に似ているね」
その、ミルトンの言葉を聞いたとき、ミントは、今までずっと抱えてきた疑問をぶつけてみようと思った。
それは、ミントが、遠く離れたグレンダランの街から、この王都デメララまでやってきた理由の一つだった。
「ミルトンさん……教えてくれませんか? 父の……セージの、どこがいけなかったのですか? 教団の禁忌の目的は何なのですか?」
ミルトンは、両目を見開いた。
「そ……それは言えん! それについて言うこともまた禁忌に触れるのだ」
「でも!」
ミルトンは、左右に視線を投げたあとで叱りつけるような口調で言った。
「君は、ここをどこだと思っているのかね? ここはインダストリアン・ギルドの総元締めなんだぞ! こんなところでそのような話ができるわけがないだろう! もっと時と場所を選びたまえ!」
ミルトンの言葉を聞いたミントは、はっとしたように目を見開いた。
……そうだ! こんなことを、こんな場所で聞くなんて……私、どうかしてる。
「申し訳ありません……」
泣きそうな声でそう言って頭を下げたミントを見て、ミルトンは、なだめるような口調で言った。
「長旅で疲れているのだろう……今日はゆっくり休んで……そうだな、夕方にでも私の工房に来なさい。そこでなら君の父上の昔話などをゆっくり話すこともできるだろう」
「はい、わかりました、本当に申し訳ありませんでした……では、夕方にお伺いします」
ミントはそう言って頭を下げると、ギルドの事務所をあとにした。
気がつくと部屋の中はすっかり暗くなっていた。
窓の外に広がる空は夜の色をしており、はるか西の地平に近いあたりの空がわずかに赤く見えるだけだ。
目を落とすと、デメララの街は闇の中に沈み、大通りと王宮そして大きな建物だけが青白い電気照明の灯りによって浮かび上がっている。
デメララの街の名所だけが闇の中に浮かび上がる光景は、確かに美しく、そして幻想的な光景だった。
……綺麗だわ。受付のお姉さんが自慢げに言っていた意味がわかるような気がする。
ミントはベッドの端から立ち上がるとサイドテーブルの前に立って、壁面にある黒い大きなスイッチを入れた。
天井から下がっている電気照明器具に青い光が点った。
その青い光は、ゆっくりと光を増し始め、やがて直視できないほどの光量となった。
狭い一人用の部屋の隅々までが明るく照らされ始めたのを見たミントは、なんとなく罪悪感を感じて窓際に行くとそのまま窓のカーテンを引いた。
ミントの家と工房は、グレンダランという地方都市のそれもあまり裕福でない人々が住む一角にある。
日の出と共に起き、仕事をし、夜はろうそくと、ランプの下で仕事を続けている。
ギルドを追放され、着の身着のままで逃げるようにたどりついたグレンダランの街で、父は細々と猟師たちの猟銃の修理をやって生計を立てていた。
そして、その父が死に、跡を継いだ母が昨年の暮れに風邪をこじらせて世を去り、ミントはたった一人で父の工房を継いだのだ。
なぜ、若い女の子の身で鉄砲鍛冶などという職を選んだのか。本当のところミント自身にもわからなかった。
それしか食べていく道がない。それも大きな理由だっただろう。しかし、臨終まぎわの母が残した言葉と、そして父の形見の銃を見たとき。ミントは父の跡を継ごうと決意した。
……あの銃を、父さんは私が生まれたときに作ったんだ。
そして、あの銃のために父さんはギルドを追われた。
ミントは、今日の夕方、ミルトンの工房で見せられた一枚の銃の設計図を思い出していた。
ミントの父が作ったその銃は、画期的で斬新な設計がされており、過去百年に渡って、十年一日のごとく作られ続けてきた前装式雷管発火銃とは、まったく違うものだった。
しかし、銃の改良、特に前装式雷管発火という基本的な機構を変えることは「知の教団」が固く禁じていた禁忌に触れる行為であった。
ミントは、父の同僚だったミルトンの言葉を思い出していた。
『セージの作った銃は、まさしく青天の霹靂のようなものだった。機構といい、アイディアといい、まさしく革命的なものだったのだ。しかし、その銃を見たとき私は恐怖した。おそらく当時のギルドの幹部たちもまた恐怖しただろう。もし、その銃が量産され、戦争で使われれば、戦争における死者の数は十倍、いや数十倍に増えるだろう。セージの作った銃にはそれだけの性能があった……私がそれを言うと、セージは首を振ってこう答えた。……違うよ、ミルトンこれは、兵士が持つための銃じゃない。市民が、女子供が持つための銃だ……とね』
……そうだ。それが父さんの考え方だった。
士族以外の人間は銃を持てない。
平民で銃が持てるのは、特別に許可を受けた猟師だけだ。
だから、馬車や村々がエズオルに襲われたとき、農民や平民は、剣や弓で立ち向かわなきゃならない。
ミントは、十二歳の誕生日のときの事を思い出していた。
……あの日、私は父さんに連れられて、沼地に行き、そこで生まれて初めて銃を撃った。
私の撃った弾丸が、百メルテも離れたところに置いた的に当たったのを見た父さんは子供のように喜んでこう言った。
『どうだい? ミント。すごいだろう。お前みたいな小さな女の子だって、銃を持てばエズオルだって倒せるんだぞ』