第二章「インダストリアン・ギルド」 ②

「私はね、君のちちうえ……セージ・マージョラムと同じ銃器こうぼうで働いていたことがあるのだよ。君の父上が教団のきんに触れて、ギルドを追放になったあとで、グレンダランの銃器修理工として登録し、年金を受け取れるように手続きを行ったのは、この私なのだよ」


 ミントは、あわてて頭を下げた。


「では、あなたがダフ・ミルトンさんなんですね、お顔を存じ上げないとは言え、ごあいさつが遅れて申し訳ありませんでした」


 ミルトンは、微笑を浮かべて小さく首を振った。


「いやいや、君と最後に会ったときは、君はまだみ子だったのだから、私の顔を覚えているわけがない、気にしないでくれたまえ」

「父と母は、生前ミルトンさんのことをよく話していました。教団のきんに触れ、たん者のらくいんを押されても、こうして修理工として銃に関わる仕事ができるのは、ミルトンさんのおかげだ……と」


 ミルトンは悲しげに首を振った。


「セージは、私などよりずっと腕の良い、そしてめいせきな頭脳を持った職工だった……異端の発明に関わらねば、いまごろこの国のインダストリアンの歴史に名を刻んでいただろう……惜しい人だ……本当に惜しい人だった」


 そして、ミルトンはミントが提出した年金じゆきゆうに関する書類を見て、つぶやくように言った。


ちちうえが死去して五年、そして、昨年の暮れ母上も死去。君は一人っ子で兄弟はいない……」


 ミントはうなずいた。


「はい、母は元から体が弱く、昨年の暮れにをこじらせまして、この世を去りました。父の死後、グレンダランにあるじゆうこうぼうは母の名義になっておりましたので、私に書き換えるためにこのギルドにまいりました」


 ミルトンはかんがいぶかげにミントの顔を見つめた。


「……あれから十六年か……セージが都を離れたとき、奥さんの腕の中にいた生まれたばかりの娘が、まさか同じ鉄砲鍛冶ガンスミスの道を選び、跡を継ぐとは夢にも思わなかった……」

「私は、てつぽうの製造や構造について父と母からさまざまなことを教わってまいりました。それは父と母が残してくれた財産だと思っています……」


 ミルトンはミントの顔を見てつぶやくように言った。


「君の目は……若い頃の父上の目に似ているね」


 その、ミルトンの言葉を聞いたとき、ミントは、今までずっと抱えてきた疑問をぶつけてみようと思った。

 それは、ミントが、遠く離れたグレンダランの街から、このおうデメララまでやってきた理由の一つだった。


「ミルトンさん……教えてくれませんか? 父の……セージの、どこがいけなかったのですか? 教団の禁忌の目的は何なのですか?」


 ミルトンは、両目を見開いた。


「そ……それは言えん! それについて言うこともまた禁忌に触れるのだ」

「でも!」


 ミルトンは、左右に視線を投げたあとでしかりつけるような調ちようで言った。


「君は、ここをどこだと思っているのかね? ここはインダストリアン・ギルドのそうもとめなんだぞ! こんなところでそのような話ができるわけがないだろう! もっと時と場所を選びたまえ!」


 ミルトンの言葉を聞いたミントは、はっとしたように目を見開いた。

 ……そうだ! こんなことを、こんな場所で聞くなんて……私、どうかしてる。


「申し訳ありません……」


 泣きそうな声でそう言って頭を下げたミントを見て、ミルトンは、なだめるような口調で言った。


「長旅で疲れているのだろう……今日はゆっくり休んで……そうだな、夕方にでも私のこうぼうに来なさい。そこでなら君の父上の昔話などをゆっくり話すこともできるだろう」

「はい、わかりました、本当に申し訳ありませんでした……では、夕方におうかがいします」


 ミントはそう言って頭を下げると、ギルドの事務所をあとにした。


 気がつくと部屋の中はすっかり暗くなっていた。

 窓の外に広がる空は夜の色をしており、はるか西の地平に近いあたりの空がわずかに赤く見えるだけだ。

 目を落とすと、デメララの街はやみの中に沈み、大通りと王宮そして大きな建物だけが青白い電気照明のあかりによって浮かび上がっている。

 デメララの街の名所だけが闇の中に浮かび上がる光景は、確かに美しく、そしてげんそう的な光景だった。

 ……れいだわ。受付のお姉さんが自慢げに言っていた意味がわかるような気がする。

 ミントはベッドの端から立ち上がるとサイドテーブルの前に立って、壁面にある黒い大きなスイッチを入れた。

 天井から下がっている電気照明器具に青い光がともった。

 その青い光は、ゆっくりと光を増し始め、やがて直視できないほどの光量となった。

 狭い一人用の部屋のすみずみまでが明るく照らされ始めたのを見たミントは、なんとなくざいあくかんを感じてまどぎわに行くとそのまま窓のカーテンを引いた。

 ミントの家と工房は、グレンダランという地方都市のそれもあまりゆうふくでない人々が住む一角にある。

 日の出と共に起き、仕事をし、夜はろうそくと、ランプの下で仕事を続けている。

 ギルドを追放され、のままで逃げるようにたどりついたグレンダランの街で、父はほそぼそりようたちのりようじゆうの修理をやってせいけいを立てていた。

 そして、その父が死に、跡を継いだ母が昨年の暮れにをこじらせて世を去り、ミントはたった一人で父のこうぼうを継いだのだ。

 なぜ、若い女の子の身で鉄砲鍛冶ガンスミスなどという職を選んだのか。本当のところミント自身にもわからなかった。

 それしか食べていく道がない。それも大きな理由だっただろう。しかし、りんじゆうまぎわの母が残した言葉と、そして父のかたの銃を見たとき。ミントは父のあとを継ごうと決意した。

 ……あの銃を、父さんは私が生まれたときに作ったんだ。

 そして、あの銃のために父さんはギルドを追われた。

 ミントは、今日の夕方、ミルトンの工房で見せられた一枚の銃の設計図を思い出していた。

 ミントの父が作ったその銃は、かつ的でざんしんな設計がされており、過去百年に渡って、十年一日のごとく作られ続けてきたぜんそう雷管キヤツプ発火銃とは、まったく違うものだった。

 しかし、銃の改良、特に前装式雷管発火という基本的な機構を変えることは「知の教団」が固く禁じていたきんに触れる行為であった。

 ミントは、父のどうりようだったミルトンの言葉を思い出していた。


『セージの作った銃は、まさしくせいてんへきれきのようなものだった。機構といい、アイディアといい、まさしく革命的なものだったのだ。しかし、その銃を見たとき私は恐怖した。おそらく当時のギルドの幹部たちもまた恐怖しただろう。もし、その銃が量産され、戦争で使われれば、戦争における死者の数は十倍、いや数十倍に増えるだろう。セージの作った銃にはそれだけの性能があった……私がそれを言うと、セージは首を振ってこう答えた。……違うよ、ミルトンこれは、兵士が持つための銃じゃない。市民が、女子供が持つための銃だ……とね』


 ……そうだ。それが父さんの考え方だった。

 ぞく以外の人間は銃を持てない。

 へいみんで銃が持てるのは、特別に許可を受けたりようだけだ。

 だから、馬車や村々がエズオルにおそわれたとき、農民や平民は、剣や弓で立ち向かわなきゃならない。

 ミントは、十二さいの誕生日のときの事を思い出していた。

 ……あの日、私は父さんに連れられて、沼地に行き、そこで生まれて初めて銃をった。

 私の撃っただんがんが、百メルテも離れたところに置いた的に当たったのを見た父さんは子供のように喜んでこう言った。


『どうだい? ミント。すごいだろう。お前みたいな小さな女の子だって、銃を持てばエズオルだって倒せるんだぞ』

刊行シリーズ

ガンズ・ハート5 硝煙の鎮魂歌の書影
ガンズ・ハート4 硝煙の彼方の書影
ガンズ・ハート3 硝煙の栄光の書影
ガンズ・ハート2 硝煙の女神の書影
ガンズ・ハート 硝煙の誇りの書影