第一話 鋼の蜘蛛と《伽藍堂》 ④

「戦場の歩くごそう、って言われたくらいだもん。大体、HAWの美味おいしい調理法のほとんどは戦時中の兵士が考えだしたんだって。この丸焼きもその一つ。大昔の日記を読んでいたら、偶然見つけたの」

「まあ、網を置いときゃとれるんだから、いい食糧だよな。……でも、どうして絶滅してないんだ? こんなにおいしいのに」

「うーん、やっぱり気持ち悪いんじゃないかな? 見た目が」

「おい」


 そうこうするうちに、手袋をはめたウカは装甲から肉をれいに剝がしとっていた。被膜の中でぷっくりと膨らんだ白身は雪のような純白。リコはとりあえずそのまま、塩もつけずに食べてみた。


「……あひゅい」

「よく火が通るよって言ったのに。お味は?」

「うーん、ちょっと肉がパサつくかなあ。美味おいしいことは間違いないんだけど」

「なるほどねー。グラタンとかに入れたら合うかも」

「……作ってくれないの?」

「残念だけどお肉以外の材料があんまりないの。お店の分だけ」


 むーっ、とほおを膨らませるリコに、ウカはどうしたものかと首をひねる。それからふと思い出したのは、朝ご飯に使った、出し汁の残り。


「ちょっと待っててね」


 中華鍋に出汁だし、ねぎの切れ端を投入して、ほぐしたHAWの肉もまぜる。ふつふつと煮立ったら、市場で買ったばかりの卵で、かき卵に。最後にしおしようで味を調えたら、かたくりでとろみをつける。出来上がったあんを、熱々の内に焼いたHAWの肉の上にたっぷりと回しかけた。


「どうかな? 戦車肉の戦車あんかけだよ」

「やっぱり、店で出す場合、名前は後で考えような……」


 そう言いつつ、あんをからめた焼きHAWを一口頰張った瞬間、リコの全身に電流が走る。無論、肉に滞留していた電気にしびれたわけではない。めちゃくちゃうまいということである。

 生来の猫舌もなんのその、はふはふと熱い吐息を漏らしながら、リコは食べる。まだまだ食べる。大皿一品が、たちまち胃袋の中に消えていく。


「うまいっ、めっちゃうまいっ!」


 火が通り過ぎて水気を失っていた肉も、あんかけにすれば大逆転。濃厚な甘みがあんに溶け込み、肉とほどよく混ざり合う。

 これなら何皿でもおかわりできそうだ、と思いつつ、不意にリコの手が止まったのは、目の前でじっと自分を見つめるウカに気付いたから。彼女はリコの食いっぷりに至極満足そうだったが、やはり美味おいしいものは分かち合ってこそ。リコは一切れを箸で摘まみ、ウカの方に差し出した。


「ほら、ウカも食べなって」

「え、いいよ! 自分で食べられるし!」

「いいから、ほら、早く! 熱いうちが美味おいしいに決まってんだからさ!」

「……分かったよー……」


 カウンター越しにウカは背伸びをする。リコが差し出した一切れをぱくりと食べると、つぶらな瞳が見開かれた。


「な? すっごく美味おいしいだろ?」

「……」

「……あれ? そうでもないか?」

「……おいしいけど……」


 むぐむぐと口を動かすウカの眉間には、それでも小さなしわが一つ。ほんのり桃色に染まった頰は、やはりぷっくりと膨れていた。


「……また、わたしのこと子供扱いしてる」

「してないって。単純に、ウカの顔に『食べたいよー』って書いてあったんだ」

「もー、リコちゃんと一緒にしないでっ!」


 ウカはやにわにリコから皿をひったくると、猛烈な勢いであんかけ肉を食べてしまう。不意を突かれたリコは口をあんぐりと開け、肉が消えていく様を見つめるばかり。


「あーっ! オレの戦車肉、全部食いやがった!」

「独り占めしてるリコちゃんが悪いんだもん!」

「んだよ、やっぱり食いたかったんじゃん! ったく、ウカは素直じゃないなあ」

「はいはい、そーですよーだ! わたしは素直じゃないし、子供っぽいですよーだ! でも、リコちゃんの方がもっと子供っぽいんだからね!」

「なんだとー! オレのどこが子供っぽいんだよ!」

「見たらわかるもん! ほら! 今だって、ほっぺをあんで汚してるし!」


 ウカの指さす右頰を、リコは手でぬぐい取る。きまりが悪そうに顔をしかめる彼女だったが、すぐさまウカの顔を見つめると、にんまりと満面の笑みを浮かべた。


「ウカだって、汚れてるじゃんか」

「え? うそだ、そんなわけ──」


 慌ててウカがごしごしと口元をこすった途端、リコが叫ぶ。


うそでーす! 簡単にひっかかってやんのー!」


 ウカは新雪のように真っ白な顔を耳の先まで赤に染め上げ、押し黙った。しかし、リコは不意にウカの頭をでると、偽りのない笑顔で言う。


「あーあ、うまかったなあ! やっぱ、ウカはすごいよ。何作っても、間違いないもん」


 するとますますウカの頰は鮮やかな紅に染まるのだが、彼女はじっとリコを見上げ、それから小さないきを漏らした。


「……当たり前でしょ。わたしは《らんどう》のコックだもん……」

「うん、そうだな」

「……それに……」

「……それに?」

「……リコちゃんも、重たい荷物運んでくれて……ありがと」

「ま、オレは《らんどう》の雑用だからな。役割分担は必要だ──って、ふわぁ……」


 思わずリコの口かられたのは、大きな大きなあくびである。その様子を見て、ウカはどこかあきれたように、しかし優しげな笑みを浮かべた。


「後片付けはわたしがやっておくから、少しお昼寝したら?」

「うーん……そうする。今日は夜も忙しくなるだろうしな……」

「そうだね、記念すべき新メニューも加わったことだし」

「でも……名前を……考えないと……」


 全てを言い終わる前に、リコは机につっぷし、すっかり眠りに入る。その寝顔に柔らかなまなしを注ぎながら、ウカは音を立てぬよう、静かに片づけを始めた。

 同居二年目に突入した、春の昼過ぎ。

 穏やかな《らんどう》の一幕である。

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ヒトの時代は終わったけれど、それでもお腹は減りますか?(2)の書影
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