給食争奪戦 ⑩

 マコトは小さく首をった。そして、意を決したようにダイキに向けて言い返した。


「テッちゃんのケーキを手に入れる作戦、聞いたんでしょ? こんなことしてて良いの? 早くしないと、せっかくのケーキをゲットするチャンス、のがすよ」


 ダイキはハッとした様子で、体育館倉庫の外にある時計を見に行った。クジを使うにはそうだつジャンケンが始まる前に、先生を教室から追い出さなければならない。


「時間がない。お前ら、行くぞ」


 そう言って、ダイキは体育館の出口へ走っていった。ヤマダとマサオが後を追う。

 最後に、ヒロシが台詞ぜりふいていった。


「お前ら、これで終わりじゃないからな」


 四人が体育館を出て行くのを見届けると、俺は急に力がけて座り込んだ。


だいじよう? テッちゃん」


 マコトが手を差しべてきた。俺はそれをつかみながら言った。


「余計なことするなって言ったのに」

「よく言うよ。ぼくがいなかったら、殴られてたくせに」

「おせーよ。もう二発もやられた後だって」

「そうなの?」と、マコトがおどろいていた。「ゴメン、ちょっとおそかった」


 思い出したらいまごろになって、うでも足もジンジン痛くなってきた。でも、これは自分がズルイことをしようとしたバツだと思った。マコトに酷いことを言ったバツだと思った。

 マコトの言う通りだ。ズルはいけない。ケーキはダイキに取り返されてしまったけれど、そんなことはどうでも良かった。もう少しで、ダイキと同じになるところだった。


「マコト、ありがとな」照れくさくて、俺は口の中でつぶやいた。

 俺は、以前マコトを助けたときのことを思い出していた。こうして、逆にマコトに助けられる日が来るなんて、夢にも思っていなかった。マコトにあんな勇気があったなんて。


 マコトと二人で教室にもどちゆうなか先生を呼び出す校内放送が流れた。

 ダイキたちが俺に代わって、《クジの箱》を使った計画を進めているのだろう。

 五年二組の教室に入ると、まさにマサオがきようだんの上で話しているところだった。


「──だから、今日はこのクジでケーキをゲットできる人を決めます」


 俺とマコトは、それぞれ自分の席に座った。すでに給食の準備がされていた。


「二人ともいないから、代わりに準備しといたぞ。感謝しろよ」


 ななまえに座るサワコが得意気に言った。俺たちはなおに「ありがとう」と答えた。


「何だよ、めずらしい。てか、仲直りしたんだ。良かったじゃん」


 サワコは満足気に笑っていた。俺はそのがおを見るのが、なんだかずかしかった。

 そのとき、ほかのクラスメイトからどよめきが上がった。ダイキがクジで選ばれたのだ。

 あれだけ計画を練ったのに、結局、ダイキからケーキをうばうことは出来なかった。

 ダイキがケーキを取りに席を立った。そのときだった。

 とつぜん、教室のとびらが開いた。そこには、田中先生ともう一人が立っていた。

 クラス中がシーンと静まる。みんなおどろいて、声が出せないのだろう。

 先生のとなりに立っていたのは、しばらく学校に来ていなかったうす君だったのだ。


「ほら、お前たち。驚いてないで、久しぶりの薄井をかんげいしてやってくれー」


 先生に言われて、みんな、薄井君に声をかけた。「久しぶり」「元気だった?」


 その間に給食当番は、急いで薄井君の給食を準備する。

 ダイキはぼうぜんと立ちくしていた。薄井君が来たのだから、ケーキの余りはない。

 最後にケーキをトレーにせて準備が整った。それを持って、薄井君が歩いてくる。

 そして、俺のとなりの席に座った。薄井君は、俺と同じ四班だったのだ。


「マコくん、ゴメン。おそくなっちゃって。家を出るのがしんどくてさ」


 薄井君が自然とマコトに話しかけたのを聞いて、俺は驚いていた。


「来てくれないんじゃないかと思って、冷や冷やしたよ」

「いや、来るって決めたから。それが、アイツへの《リベンジ》になるんでしょ?」

「うん、見てみなよ。ダイキ君の顔、きっと呆然としてる」


 マコトは声をひそめて、背後のダイキのほうを指差した。


「ホントだ。アイツのせいで学校に来れなくなって、ずっとくやしかったんだ。マコくん、ウチまで来てくれてありがとう。もう、みんなに忘れられてると思ってたよ」


 その会話から、マコトが放課後にどこに行っていたのか分かった。薄井君の家に行っていたのだ。そういえば、うす君の家は線路のこっちがわだって聞いたことがあったような気がする。そして話を聞く限り、どうやら薄井君がこれまで学校に来なかったのは、ダイキに原因があったらしい。マコトはそれを知っていたのだろうか。

 そこでようやく、俺は思い出した。

 ダイキとマコトと薄井君は、三・四年のときに同じクラスだったのだ。


「マコくん、知ってると思うけど、ぼくアレルギーで食べれないから。これ、あげるよ」


 そう言って、薄井君がマコトのトレーに、チョコレートケーキをせた。うそだろ?


「ウス君、ありがとう」


 マコトが薄井君にお礼を言って、そのまま、俺にほこらしげな顔をしてみせる。


「ね、言ったでしょ。ぼくがケーキをゲットするってさ」

「お前、知ってたのか?」

「知ってたよ。でも、ケーキをもらうために、ウス君の家に行ったんじゃないよ」


 マコトは、薄井君の家に行った理由を話し始めた。


「テッちゃんとケンカした日に考えたんだ。テッちゃんは体を張ってぼくを助けてくれたのに、ぼくは口でえらそうなことを言ってただけなんじゃないかって。だから、テッちゃんがぼくにしてくれたように、ぼくはウス君のために何かできないか、必死に考えたんだよ」


 そして、マコトは翌日から、薄井君の家に行こうと決めたのだった。

 俺が必死になっていたケーキは、マコトにとってオマケに過ぎなかったのだろう。

 くやしいけれど、オイシイところは全部、マコトに持っていかれてしまったらしい。


「テッちゃん、ケーキ半分あげるよ。約束だもんね」


 なんだよ、マコトのくせに。最後までカッコ良すぎるじゃないか。


 そのとき、なか先生がダイキに声をかけた。


「男同士のしんけん勝負だからな、ダイキはヤッチにケーキをわたすんだぞ」


 ダイキは先生に言われて、しぶしぶ、ヤッチに自分のケーキを差し出した。

 そして席にもどちゆう、ダイキが俺のほうをにらんでいるのが分かった。俺はダイキの仕返しをかくした。どうにか、マコトや薄井君を巻き込まないようにしようと考えていた。

 すると、先生が思い出したように付け加えた。


「そうだ、ダイキとヒロシとヤマは、給食が終わったら先生と話をしよう」


 ダイキはおどろいた様子で、先生のほうをり返った。先生は構わず続ける。


「少し前からクラスがおかしくなっているのには気づいていた。でも、それを先生が出ていって解決しようとすると、どんどん悪いほうに向かっていくと思った。きっと悪いことは先生の目の届かないところで増えると思った。だからみんなから声が上がってくるのを待ってたんだ。きっといやな思いをした人も多いだろう。先生の力不足だ。すまなかった」


 そう言うと、先生は深々と頭を下げた。

 その間、だれも一言もしやべらなかった。先生は顔を上げると、再び話し始める。


「でも、今朝、たくさんの人から先生のところに手紙が寄せられた。手紙には、ダイキとヒロシとヤマのことが、いろいろと書かれていた。だから給食が終わった後、ダイキたちの言い分も聞きたいと思う。もうすぐ五年生は終わるけど、六年生が始まったらきっと、またみんなが笑えるクラスになると先生は信じている。最後に、手紙を集めて先生のところに届けてくれた、五年二組の《ジャンヌ・ダルク》に感謝したいと思う。ありがとう」


 先生はもう一度、深々と頭を下げた。

 すると、誰からともなく、はくしゆかつさいが巻き起こった。

 かげでみんなから手紙を集めて、先生のところに届けたのは、俺じゃない。

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