給食争奪戦 ⑨

「まさか、ヤッチが勝負の最中に、ホウレン草が苦手なふりをするなんて思ってなかったからさ。本当に負けちゃうんじゃないかって、冷や冷やしたよ」


 おかげで、自然なカタチで勝つことが出来たけれど。おそらく対戦したダイキも、あれが演技だったなんて、夢にも思っていないにちがいない。

 すると、ヤッチが言いにくそうにつぶやいた。


「実はあれ、ふりじゃない」

「え?」

「おれ、本当にホウレン草、きらいなんだ」


 俺はおどろいて、何も言えなかった。どうして、そんなことになるんだよ。

 聞けば、俺がホウレン草を嫌いなふりをするようにたのんだときに、ヤッチは本当のことだから別にいいやと深く考えなかったらしい。そのあと《いつち》が、ホウレン草が出る日に決まって驚いていたという。正直、勝てる気は全くしなかったそうだ。

 それでも勝ってしまうのだから、やっぱりヤッチは不思議なヤツなのだった。


 ヤッチと別れた後、校門のところで、サワコが俺のことを待っていた。

 寒そうに両手に息をきかけている仕草を見て、思わずわいいと思ってしまった。


「もう、おそいよ」


 待ち合わせをしていたわけではないのに、少しおこった口調で言われる。でも、不思議といやな気分にならなかった。そのまま、自然といつしよに帰ることになった。

 家が同じ方向だから前にも一緒に帰ったことはあるのに、なぜだかきんちようした。

 すると、先にサワコが口を開いた。


「今日のヤッチ、すごかったね。ホウレン草、苦手なのにさ」


 俺は「そうだな」とぶっきらぼうに答えた。サワコはそんな俺を気にする様子もなく、今日の《一騎打ち》について感想を述べてきた。俺はそれをぼんやりと聞いていた。


「先生に手紙送ったの、またてつなんだろ」


 ちゆうでサワコに言われて、会話に意識がもどる。


「そうだよ。ダイキにズルされないようにな」

「やっぱり。そうなんじゃないかって思った」


 サワコはどこかうれしそうだった。何が嬉しいのかは、分からなかったけれど。

 わかぎわに、サワコが言った。


「鉄、明日のバレンタイン、驚くことがあるかもよ。楽しみにしてて」


 そしてそのまま、「じゃ、また明日」と言うと、さっさと行ってしまった。

 俺は曲がり角に、ひとり取り残された。なんだよ、驚くことって。そう思いながらも、バレンタインに驚くことといったら一つしかない。俺は思わず、顔がほころんだ。


 帰り道、で学校を休んだはずのマコトを見かけた。やはり、びようだったらしい。

 一昨日おとといに見かけた場所と近かった。線路のこっちがわに何があるのだろう?

 気になったけれど、俺から声をかけるのも鹿らしかったので、そのまま帰ることにした。


 翌日、二月十四日。バレンタインデー。ついに、この日がやってきた。

 ダイキへの《リベンジ》を決意してはや数週間。俺はこの日を待ちびていた。

 ここまでは順調に来ている。ヤッチとの勝負で、ダイキは自分のケーキを失っていた。あとは欠席者のケーキを俺がゲットすれば、ダイキへの《リベンジ》は完成だった。

 このままだと、ダイキは人気ナンバーワンメニューを一人だけ食べることができない。

 その不安から、ダイキは朝からいらっていた。なんとかしようと必死なのが分かった。

 だが、そうはいかない。《クジの箱》を使った作戦は万全だった。

 今日の欠席者は、もう長いこと学校に来ていないうす君だけ。つまり、給食で余るケーキは一つだけということだ。仮に二人以上休んだ人がいた場合には、クジの箱から事前にダイキのネームプレートを取り除いておくつもりだった。作戦にかりはない。

 ただひとつ、わずかに《不安要素》があるとすればマコトだ。

 先週、ケンカ別れをした際に、自分がケーキをゲットするとか言っていた。弱虫のマコトに横取りされる心配などしていなかったが、計画を台無しにされる可能性はあった。

 だから、念のためくぎしておいた。「昨日、風邪だとうそをついて、遊びに出かけていたことは知っている。余計なことはするな」という内容の手紙を送っておいたのだ。

 あとは、協力者であるマサオを取り込めばかんぺきだ。マサオに話をするのは、四時間目の体育が終わった直後にしようと考えていた。下手に考える時間をあたえないためである。

 俺はマサオを呼び出すために、手紙を送っておいた。


 四時間目の体育が終わり、先生とほかのクラスメイトは教室へともどっていった。

 俺はマサオと二人、体育館倉庫に残っていた。

 漢字テストの答案を書き直していた件を持ち出して、手紙で呼び出していたのだ。


「何の用だよ」と、マサオがふてくされたようにいてくる。


「あまり時間がないから、だまって聞けよ」


 俺は《クジの箱》を使った作戦を、マサオに手短に説明した。


「やってくれるよな?」


 マサオはなかなか答えようとしなかった。でも、だいじよう。コイツにせんたくはない。

 するととつぜん、体育館倉庫の重いとびらが開いた。

 だれだよ。俺は扉のほうをり返って、頭が真っ白になった。

 意味が分からない───どうして?

 そこには、ダイキが立っていた。ヒロシとヤマダもいる。

 なんで?


「最初から外で聞いてた。全部、お前のわざだったのかよ」


 ダイキがめ寄ってくる。気づいた時には、うでしびれていた。なぐられたのだ。

 そんなに痛みを感じていないのに、足がガクガクふるえていた。


「震えてんじゃねーよ」


 今度は、ローキックを食らった。痛い。たまらず、ひざをつく。

 ダイキはいつたんこうげきを止めて、言った。


「お前が《ジャンヌ・ダルク》だったんだな。見つけるの苦労したぞ、このろう


 いつもの冷静なダイキではなかった。完全にブチ切れている。


「こっちは昨日、先生のところに行って手紙を手に入れてたんだよ。そして犯人さがしてるところに、お前がマサオに手紙を送ったってわけだ。ほら、同じだろうが」


 ダイキは手紙をゆかにバラまいた。その中に、俺がマサオに送った手紙もあった。

 なんで、お前が、これを───思っても、声が出ない。


「お前、バカだな。マサオが書き直してたテストは、俺のだよ。俺が命令したの」


 ダイキに言われて、ようやく自分のミスに気がついた。

 あのとき、マサオは自分の答案ではなく、ダイキの答案を書き直していたのだ。

 マサオを呼び出した手紙が、ダイキの手元にあるのも当然だ。

 最初からつながっていたのである。


「お前、自分が何したか、分かってんの? タダで済むと思うなよ」


 ダイキにすべてバレてしまった。この先の仕返しを思うだけで、意識が飛びそうだった。

 ヒロシとヤマダがニヤニヤしながら、にじり寄ってくる。二人ともこぶしにぎめた。

 ああ、なぐられる。かくして、俺は目を閉じた。そのときだった。


「やめろ!」


 だれかのさけごえが聞こえた。その声のおかげで、俺は殴られなかった。

 目を開くと、マサオが押さえるとびらの向こうに、マコトがいた。信じられなかった。

 マコトは体育館倉庫に入ってくると、そのまま、俺とダイキたちの間に割って入った。

 そして、今にも消え入りそうな声で言った。


「暴力、反対」


 声がふるえていた。こわいのだ。怖くないはずがない。人一倍、おくびようなのだ。それなのに、ダイキに立ち向かっている。それも、ひどいことを言ってしまった俺をかばうために。

 気づけば、俺は泣いていた。それまでまんしていたのに、なみだが止まらない。


「うわ、コイツ泣いてるよ」と、ヒロシがバカにするように言った。

 ダイキはそれを無視して、乱入してきたマコトのことをにらみつける。


てつの金魚のフンが。お前も仲良く痛めつけてやろうか?」

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