給食争奪戦 ⑧

 対決が決行されることが決まり、俺はホッとしていた。おそらくだいじようだろうとは思っていたが、確信はなかったのだ。

 先生に情報を伝えたのは俺だった。

 早食い競争を禁止に仕向けたときと同様にこっそりと手紙を送っていたのである。内容は、ヤッチとダイキが早食い競争を行おうとしていること、クラス中が盛り上がっているので今回だけは認めてほしいということ、できれば先生に公平な立場でしんぱんをしてほしいということだった。

 あえて先生に情報をらしたのは、ダイキにズルされないじようきようを作り出したかったこともあったが、それ以上に、ちがったカタチで先生に情報が伝わるのをけたかったのだ。何も知らされないままほかのクラスメイトから情報が伝わった場合、おそらく先生は良い気持ちはしない。禁止こうを守らない子どもには、心をおににして厳しく指導する気がした。だけど、事前に俺たちからお願いされていれば、きちんと尊重してくれる先生なのだ。


「ひとつだけ覚えておいてくれ。禁止されていることでもバレなければ良い、って考えは良くないからな。今回、例外的に勝負を認めるのは、先生のところに相談の手紙が届いたからだ。ダイキとヤッチは、そいつに感謝するんだぞ」


 先生の言葉にクラスがざわついた。手紙のさしだしにんだれなのか、気になっているようだ。誰かが「ジャンヌ・ダルクだ」と言っているのが聞こえた。


「よし、かたい話はおしまい。俺が責任持って審判もやってやるからな」


 先生が審判をすると聞いて、ダイキがかすかにどうようしたように見えた。もしかしたら、ズルしようと考えていたのかもしれない。ただ、それが出来ないと分かっても、ホウレン草がある以上、負けることはないと思っているのだろう。まだ、ゆうの表情だった。

 五分後、最後に先生自らが公正を期すため二人の給食をよそって、準備が整った。


「ケーキをけた、男と男のしんけん勝負だからな。二人ともうらみっこなしだぞ」


 先生がダイキとヤッチに声をかける。二人は教室の中央で、向かい合わせに机をくっつけて座っていた。おたがいの顔を見ながら勝負するなんて、初めてのことだろう。

 クラス中が、バトル開始の合図を待っていた。今日は日直ではなく、しんぱんである先生が《いただきます》の号令をかけることになった。そしてついに、そのしゆんかんが来た。


「それでは、みんないつしよに、いただきます!」


 バトル開始の合図を受けて、ダイキとヤッチが同時に給食に手をつけた。

 今日のこんだては、牛乳、ソフトフランスパン、クリームシチュー、ホウレン草のソテー。

 ダイキはまず、ホウレン草のソテーの皿を持つと、スプーンで一気にかっこみ始めた。ホウレン草がきらいなヤッチに、プレッシャーをかける意味があるのかもしれない。

 クラスメイトから、「おおー!」というかんせいが上がった。

 一方、ヤッチはのんきにまだ牛乳にストローをしているところだった。そのマイペースさに、俺は思わず心の中でつっこんだ。

 ──そんなのは、モグモグしてる最中にしろよ。

 スタートダッシュはダイキに軍配が上がったかに思えたが、意外にもダイキはホウレン草のソテーに苦戦していた。どうやら、一気にかっこんだのがいけなかったらしい。

 ホウレン草のソテーは、しるはあるものの、ホウレン草とベーコンがからまって、なかなか飲み込めない強敵なのだ。ダイキはたまらず、牛乳へと手をばす。

 そんなダイキをよそに、ヤッチはちぎったパンをシチューにつけると、そのまま口にほうり込んだ。一見のんきに味わっているように見えるが、これはい。パンにつけることで、アツアツのシチューを冷ます効果があるのだ。ヤッチは牛乳を織り交ぜながら、着実にパンとシチューを減らしていった。

 ダイキは苦戦しながらも、ひとあし先にホウレン草のソテーをたいらげた。そしてようやくパンとシチューに取りかかる。そのころ、ヤッチはすでにパンとシチューをほとんど食べ終わっていた。残すは、ホウレン草のソテーのみ。俺はヤッチの勝利を確信した。

 しかし、パンとシチューを完食したヤッチは、ホウレン草のソテーをひとくち、スプーンにせたまま動きを止めてしまった。ダイキはここぞとばかりに、追い上げてくる。

 俺は一瞬まどったが、すぐにヤッチの演出だと気づいた。このたんで、ホウレン草が苦手だという演技をするゆうがあったことに、俺は感心していた。意外だった。

 クラスメイトから「ヤッチ、がんれー」という声が上がった。ヤッチがホウレン草を苦手だと思い込んでいるのだ。だれも疑っている様子はない。

 ダイキは先にホウレン草のソテーから片付けたことで、アツアツだったシチューが食べやすい温度になっていた。ものすごいスピードで、ヤッチとの差を縮めていった。これまで、ズルをしていたとはいえ、ヤッチに何度も勝ってきただけのことはある。

 俺はあせっていた。そろそろ、ヤッチも食べ始めないとマズイ。しかし、ヤッチは一向に動こうとしなかった。ダイキがホウレン草のソテーに手間取っていたのを、見ていなかったのだろうか。もう演技はじゆうぶんだから。早く食べ始めないとおくれになる。


「ヤッチ、もうリードはほとんどないぞ!」


 俺は思わずさけんでいた。近くに座っていたサワコが、おどろいたように見てくる。

 俺の声が届いたのか、ヤッチは意を決したようにホウレン草を口へと運び始めた。

 それを見て、クラス中からかんせいが上がる。「そうだ、ヤッチ、がんれー」


 おうえんのボルテージは最高潮にたつしていた。みんな、給食の手は完全に止まっている。

 ようやくホウレン草のソテーに取りかかったヤッチだったが、やはり相手は手ごわかったらしい。早食いチャンピオンのヤッチといえど、なかなか思うように減っていかない。

 一方、ダイキのスピードは落ちない。残りのパンはもうふたくちほどだ。

 ヤバイ。このままじゃ、勝負は分からない。ここへ来て、ヤッチが負ける可能性も出てきてしまった。そうなれば、すべてが水のあわだ。俺は必死で勝利をいのった。

 たのむ、ヤッチ!

 結局、二人が最後の一口を口にふくんだのは、ほぼ同時だった。あとは、先に口の中を空にしたほうが勝利ということになる。もう、どっちが勝ってもおかしくなかった。

 クラス中が息をんだ。勝つのは、ドッチだ!

 次のしゆんかんだれもが予想しなかったことが起こった。

 ヤッチが飲み干したと思われていた牛乳に手をばしたのだ。そして残りの牛乳で、一気に口の中のホウレン草を流し込んだ。すべてを飲み込んだのをかくにんして、先生が宣言した。


「ヤッチの勝ちだ」


 クラス中がいた。まだ給食のちゆうなのに、ヤッチの周りにどっとけ寄った。

 ダイキはぼうぜんとしていた。負けることなど、全く想像していなかったのだろう。だんなら周囲をにらみつける場面だろうに、たましいけたようにうつむいていた。

 アツアツのシチューを後回しにした作戦は悪くなかった。ただ、スタート直後にホウレン草のソテーをかっこんだのが、ダイキの敗因だろう。あそこでに牛乳を消費せずに温存できていれば、勝負は分からなかった。ヤッチが負けることも充分にあったのだ。

 途中、冷や冷やさせられたけれど、ヤッチのおかげで、ダイキ自身のチョコレートケーキをうばうことに成功したのだった。ありがとう、ヤッチ。


 放課後、ヤッチが一人になるタイミングを見計らって、声をかけた。


「ヤッチ、やったね。でも、心臓に悪いって」

「へへ、ゴメン」


 ヤッチは照れくさそうに笑った。ヤッチと言葉をわすのは久しぶりだった。ダイキにあやしまれないように、なるべく会話をしないようにしていたのだ。

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