給食争奪戦 ⑦

 そんなマサオに、ひとしば打ってもらうつもりでいた。先生が教室を飛び出したあと、「チョコレートケーキの行方ゆくえは、クジで決めるように言われた」と、クラスで発表してもらうのだ。そしてそのまま、クジの箱の中に両面テープで張り付けておいた俺のネームプレートをひいてもらえば、かんりようだった。

 俺とマサオは仲が良いというわけではないから、あやしまれる心配はなかった。

 当のマサオには、このことをまだ話していなかった。ただ、協力を断られることはないだろうとんでいた。なぜなら、俺はマサオの弱みをにぎっているからだ。

 先月の漢字テストのときに、学級委員のマサオは全員分の答案を職員室まで持っていくよう先生にたのまれていた。このときに、俺はもくげきしてしまったのだ。マサオが職員室に行くちゆうに、答案の答えを書き直しているところを。おそらく、マサオは俺の視線には気づいていなかっただろう。この件をバラすとおどせば、逆らえないはずだ。


「そんなのダメだよ!」


 話を聞いていたマコトがさけんだ。


「なんだよ。いきなり、大声なんて出して」

「ゴメン。でも、そんなのテッちゃんらしくないよ。テッちゃんは、正義の味方じゃん。今回もダイキ君がつくったルールをこわしただけでじゆうぶんだよ。みんな、喜んでるよ」


 マコトが俺に食ってかかるなんて、初めてのことだった。


「落ち着けって。だから、俺のおかげで、みんなに平等にチャンスがあたえられるようになったんだろ? バレンタインのケーキをゲットしても、おりが来る働きだって」


 俺がいなければ、デザートはあのままダイキがどくせんしていたのだ。女子がデザートをゲットすることも一生なかった。それを変えたのは、この俺だ。かげでは、五年二組のジャンヌ・ダルクなんて呼ばれ、たたえられている。たったの一度、バレンタインのケーキを手に入れるためにズルをしたからって、だれも文句なんて言わないだろう。

 だが、マコトはなつとくしなかった。


「良いことをしたからって、その分、ズルしても良いの? テッちゃん、ちがってるよ。それじゃ、ぼくからプリンをうばったダイキ君と何も変わらないじゃないか」


 ダイキといつしよにされて、腹が立った。


「何だよ、それ。どこが、ダイキと一緒なんだよ」

「一緒じゃないか。ズルイことして、クラスメイトをおどして」


 だまって聞いていれば、マコトのくせに。


「だいたい、誰のためにやってると思ってるんだよ。もとはといえば、お前が!」

「ぼく? ぼくのためだって言うの? そんなのたのんでないよ」


 コイツ、誰がダイキから守ってやったと思ってるんだよ。もうキレた。


「お前なんか、俺がいなきゃ、ひとりぼっちだろうが!」


 言ってしまってから、ハッと我に返った。違う。こんなことを言いたいんじゃない。

 でも、おそかった。言ってしまったことは取り消せない。


「テッちゃん、そんな風に思ってたんだね」


 マコトが今にも泣きそうなのを、必死にまんしているのが分かった。

 違う。マコト、違うって。でも、思うように言葉が出てこなかった。


「もういい、知らない」


 マコトはかばんと上着を取ると、後ろのとびらのほうへ足早に歩いていく。

 そして、扉の前でり返った。なんだよ。


「テッちゃんになんか、わたさない。ケーキは、ぼくがゲットするから!」


 そう言い残して、マコトは帰ってしまった。

 なんだよ。気が弱くてこわがりなお前に、出来るはずがないだろうが。


 週が変わり、とうとう今週の木曜日にバレンタインデーをひかえていた。水曜日には、ヤッチとダイキの《いつち》もある。だが、決戦に向けて全く集中できていなかった。

 先週の終わりにしたマコトとのケンカを、まだ引きずっていたのだ。ケンカした状態で土日をはさんだのが、また良くなかった。月曜日の朝から、ゆううつな気持ちでいる。

 学校に行けば、マコトはケロリとした顔で話しかけてくるかもしれない。そんな期待を持って登校したが、そうはならなかった。マコトは以前のように、誰とも目を合わそうとせずに、ノートとにらめっこをするヤツにもどってしまっていた。


てつとマコト、ケンカしたの? めんどうだから、早く仲直りしちゃいなよ」


 俺たちの異変に気づいたサワコが声をかけてくる。俺だって出来るものならそうしたい。

 ただ、少し言い過ぎたとは思っていたが、チョコレートケーキを手に入れる意志は変わっていなかった。どうして、そこまで意地になっているのか、自分でも分からなかった。ダイキに借りを返したいというしゆうねんなのか、マコトに言われて考えを変えるのがしやくだからなのか、はたまたチョコレートケーキの味にりようされているだけなのか。どれも合っているような気がするし、どれもちょっとちがうような気がした。

 結局、マコトと一言も言葉をわすことなく、一日が終わった。

 放課後はほとんど毎日のようにマコトと遊んでいたから、マコトとの予定がなくなると急にひまになってしまった。いつもは少しでも早く遊びに出かけたくて、急いで帰っていたけれど、今日は急ぐ必要がない。道草を食いながら、ダラダラと家を目指した。

 そのちゆう、思いがけずマコトを見かけた。マコトの家は線路の反対がわだから、家に帰る途中ということはありえない。どこへ行こうとしているのだろう。

 だれかと約束しているのだろうか。いや、今日は誰とも話している様子はなかった。

 もともとひとりで遊ぶことに慣れているマコトのことだから、図書館かどこかでひとりで時間をつぶそうとしているのかもしれない。勝手にしろよ、と思った。

 水曜日、ついにヤッチとダイキの《いつち》の日をむかえた。

 朝から教室内がみようにそわそわしている。みんな、今日の対戦を待ち望んでいたのだ。

 ダイキは、いつもと変わらない様子でゆうを見せていた。すでに、チョコレートケーキを手に入れた気でいるのかもしれない。勝利を確信してくれているのなら、余計な小細工をけてくる心配がない分、こっちとしては安心だった。

 当然ながら、ヤッチのほうもいつも通り。そもそも、ヤッチが心を乱しているところを見たことがなかった。常に平常心。常にマイペース。今日の勝負もやってくれるだろう。

 対決には関係ないが、マコトが学校を休んでいた。先生は「だ」と言っていたが、本当のところは分からない。俺に腹を立てて、学校をサボっているのかもしれなかった。

 ただ、今日はマコトに構っているひまなんかない。別に、どうでも良かった。

 四時間目のしゆうりようチャイムと同時に、クラス内があわただしくなった。

 給食当番が準備を始める。ウチのクラスでは、一班の人から順番に、食器をトレーにせて列に並び、給食をよそってもらうことになっていた。

 早食い競争において、給食の量は重要だった。ちょっとした量の差が勝敗を分けることもめずらしくない。だから、ダイキはこれまで裏で量を操作して、勝負を有利に運んでいたのだった。今日の対決でも、ダイキはそくな手段を使ってくるつもりだろうか。


「みんな、ちょっと聞いてくれー」


 給食の準備が進められるなか、なか先生が全体に向けて言った。


「今日、ダイキとヤッチが《早食い競争》をしようとしていることは知っている」


 教室内がどよめいた。先生に情報が伝わっていたことで、対戦が中止されるのではないかと不安に思ったのだ。俺も思わず、息をんだ。

 そんな空気を察知したのか、先生はハッキリと宣言した。


「安心してくれ。勝負をやめさせるつもりはない」


 クラスからあんの声がれる。先生は続けた。


「ただし、《早食い競争》は今回限りという条件付きだ。今回は、先生が責任を持って二人を見守るから良いけれど、目の届かないところでかくれてコソコソ勝負をして、事故が起こってしまったら取り返しがつかないからなー」

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