給食争奪戦 ⑥

 次の休み時間から、さっそく俺は行動を開始した。ヤッチが自分のケーキをけて、ダイキと《早食い競争》をしたいと思っているらしい、といううわさを流し始めたのだ。

 ダイキに直接勝負を挑まなかったのは、ダイキのけいかい心をげきしないようにするため。しんちようなダイキのことだ。面と向かって勝負を挑まれれば、何か裏があるのではないかと疑うに違いない。警戒されて、勝負をけられてしまっては困る。だから、多少まわりくどくても、ダイキのほうから勝負を挑んでくるように仕向けたいと考えていたのだ。

 俺はできるだけあやしまれないように、なるべくダイキとかかわりの少ないグループを起点に話を広めていった。「なあ、知ってる? ヤッチの勝負の話──」


 最初にうわさ好きの女子の耳に入るようにしたのが、良かったのかもしれない。ヤッチがダイキとの《一騎打ち》を望んでいるという話は、たちまちクラス中に広まっていった。


「テッちゃん、聞いた? ヤッチの勝負の話」


 翌日の昼休み、マコトに話しかけられて、俺は思わず笑いそうになった。


「その話なら、とっくに知ってるって」だって、俺が流した噂なのだから。


「へえ、いつもは噂話にうといのにめずらしいね」


 マコトが不思議そうな顔をしている。俺は知らないふりをすれば良かったとこうかいした。

 ただ、別にマコトにならバレたって構わない。そろそろ、ころいだと思っていた。


「なあ、マコト。ちょっと──」


 ──話があるんだけど、と言いかけてやめた。ダイキの子分であるヤマダが、後ろのロッカーに何やら物を取りに来たからだ。一番後ろの席で話している俺たちの声が、聞こえるか、聞こえないかというみようきよだ。俺は勝負をけようかどうか迷った。

 ダイキじんえいに、バレンタインの前日にヤッチの苦手なホウレン草が出る、という情報を伝えるには打ってつけのじようきようだった。しかも、伝える相手としてヤマダ以上の適任はいない。取り巻き連中のなかでも、ヤマダはダイキの顔色をうかがって積極的に点数かせぎをするようなタイプだったからだ。ホウレン草の話も、確実にダイキに伝えてくれるだろう。


「テッちゃん、どうしたの?」

「……いや、なんでもない」


 俺は迷った末に、結局、ホウレン草の話はしないと決断した。せっかくうわさが良い感じに広まっている今、下手に小細工をしてダイキにあやしまれることはけたかったのだ。

 ヤマダは五時間目に使うリコーダーをふくろから取り出すと、すぐに行ってしまった。

 俺は絶好のチャンスをのがしてしまったのだろうか。いや、ないダイキのことだ。あえてこちらから情報をあたえなくても、バレンタインの前日にホウレン草が出ることはあくしているにちがいない。俺は、もう一日だけ待ってみることにした。


 その日、ついにダイキが動いた。どうやら、俺の判断は正しかったらしい。

 一日の最後をめくくる《帰りの会》が終わり、先生が一度職員室にもどったのを見計らって、ダイキがヤッチの席に歩み寄っていった。事前に示し合わせていたのか、ヒロシとヤマダが後に続く。ダイキはヤッチの机の前に立つと、声をかけた。


「ヤッチ、ちょっと良いか?」


 クラスの全員が、かえたくの手を止めて、二人に注目していた。だれもが《いつち》の件だと分かっていた。勝負が実現するのかどうか、みんな興味しんしんのようだった。


「噂になってる件だけど、俺とケーキを賭けて勝負したいってホント?」


 ダイキの問いにヤッチは無言でうなずいた。それを見て、ダイキは不敵なみを浮かべる。


「そっか、良いよ」ダイキはゆうだった。「ただし、条件がひとつ。バレンタイン当日に勝負すると目立つから、決戦の日は前日のデザートがない日にしよう」


 はなれて見守っていた俺は、思わず小さくガッツポーズをしてしまった。

 決戦日について、ヤッチは「別に良いけど」と答えた。

 そのしゆんかん、ヒロシとヤマダが顔を見合わせて、ニヤリと笑ったのが見えた。勝利を確信したのだろう。本当は、敗北へと続くわなにかかったとも知らないで。


「よし、じゃ決まり。ここにいるみんなが、証人ってことでよろしく」


 ダイキの言葉に、クラス中がいた。

 そしてダイキはヤッチのほうに向き直って、付け加える。


「ヤッチ、男にごんはないからな」


 お前こそ、その言葉を忘れるんじゃねぇぞ、と俺は心の中で思った。


 ヤッチとダイキの対決が決まり、クラスメイトは興奮しながら帰っていった。

 俺はというと、今週はそう当番だったから最後まで教室に残っていた。今教室にいるのは、俺とマコトだけ。すでに掃除は終わったあとで、サワコたち女子は帰っていた。


「テッちゃん、このままじゃマズイよ」


 二人だけになるのを待っていたのか、マコトはあわてた様子で言った。


「なにがだよ」

「気づいてないの? バレンタインの前日は、ヤッチの苦手なホウレン草の日だよ」


 ほら、と言ってこんだて表を見せてきた。


「知ってるよ。でも、心配するなって」

「なんで、落ち着いてるのさ。このままじゃ、ヤッチの負けだよ。なんとかしなきゃ」

「良いんだよ、このままで。すべて順調なんだから」

「えっ?」


 マコトは間のけた声を出した。意味が分からない、という顔をしている。


「マコト、聞いてくれ。早食い競争が禁止になったのも、ヤッチがダイキと勝負することになったのも、ぜんぶ計画通りなんだよ」


 俺はこれまでのことをていねいに説明していった。裏でこんな計画が進んでいたことに、マコトはかなりおどろいたようだった。


「スゴイ、知らなかった。テッちゃんが《ジャンヌ・ダルク》だったんだね」

「いいんだよ、それは」


 ずかしくて仕方ない。だれだよ、《ジャンヌ・ダルク》なんて呼び名をつけたのは。


「でも、どうして、ぼくに教えてくれなかったのさ」


 そう聞かれて、俺は答えに困った。マコトがボロを出して、ダイキにかんかれることをけたかったとは言いづらかった。だから、はぐらかすことにする。


「言っただろ。ダイキにケーキはわたさないって」

「それだけじゃ、分からないよ」


 マコトが笑ったのを見て、俺はなんだかホッとした。


「覚えてるか? ケーキをゲットしたら、半分やるって約束」

「覚えてるけど」

「安心しろよ。そっちも、ちゃんと考えてるから」


 計画はまだ終わりじゃなかった。終わりどころか、ようやく半分というところだ。

 ダイキにケーキを一個もわたさないだけでは、足りない。ダイキが自分のものだと思い込んでいた欠席者のケーキを横取りしてはじめて、《リベンジ》は完成するのだった。


「最初に言った通り、ケーキは俺がゲットするよ。アレを使って」


 俺は黒板横のたなに置いてある《クジの箱》を指した。五年二組で何かを決めるときに、ひんぱんに使われるクジだ。あの中には、クラス全員分のネームプレートが入っている。

 そうだつジャンケンではなく、あのクジを使って、ケーキをゲットするのだ。

 作戦は考えてあった。バレンタイン当日の給食の時間、先生を教室から追い出すのだ。その方法は、職員室に電話をかけて呼び出そうと考えていた。最初に電話に出た先生に急を要する用事だと告げ、大至急、なか先生から折り返しの電話をもらいたいむねを伝える。そうして電話を切れば、先生はしばらく教室にもどってこないはずだった。

 争奪ジャンケンが出来なくなった教室では、別の方法が必要になる。そこで、このクジが登場するというわけだ。ここからは、俺ひとりの力ではどうしようもできない。協力者の手を借りようと考えていた。

 協力者とは、学級委員のマサオだ。勉強ができることを鼻にかけていて、クラスメイトからの人気はなかったが、ダイキの思いつきで学級委員になったヤツだ。本人は学級委員になれたことがまんざらでもないらしく、学級委員の仕事を積極的にこなしていた。

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