給食争奪戦 ⑤

ちがうって言っても、信じてもらえなかったんだぞ。勝手に感謝されて。キリがなかったから直接、先生に確かめに行ったんだ。そこで、あの手紙を見せてもらったってわけ」


 それを聞いて、俺はようやく理解した。


「手紙の文字か」

「そう、すぐに分かったよ。自分の字なんだもん」


 サワコの言葉がよみがえる──わたしは国語のノートを貸してあげた恩人だぞ。

 そうだ、手紙のさしだしにんを女子だと見せかけるために、サワコに国語のノートを借りて文字をていたのだ。まさか、サワコ本人に手紙が読まれるとは思っていなかった。

 サワコの話では、先生も手紙の差出人はサワコだと思っていたらしい。

 違うと聞いて、おどろいていたそうだ。先生は会話の最後に「サワコも何かあったら直接でも手紙でもいいから伝えてくれよー」と言っていたという。俺はなか先生らしいと思った。


「でも、てつがなんで?」


 サワコに理由を聞かれて、俺は正直に答えた。


「ダイキのデザートを取り上げるため。借りを返したいんだ」


 それを聞いて、サワコは少しおどろいたようだった。そして、すぐにほほむ。


「バカだねー。ダイキに一度、コテンパンにやられてるのに」

だれがコテンパンだよ」


 俺は強がってみせたが、マコトを助けたあとのいやがらせの日々を思い出した。それまでふつうに遊んでいたクラスメイトに無視されるのは、相当キツかった。おそらくサワコもそのときのことを言っているのだろう。


「ヘヘッ、感心してるんだよ。こう見えて、わたしは小心者だから」


 サワコが悲しそうにつぶやいた。コイツの弱気なところなんて、初めて見た。


「学級委員の件からずっと、ダイキのことがこわいと思ってる」


 それを聞いて、俺はサワコが後期の学級委員に立候補したときのことを思い出した。

 サワコは男子にも女子にも人気があったから、誰もがサワコで決まりだと思っていた。しかし、ダイキのふざけた思いつきのせいで、サワコは落選した。

 ダイキはクラスで目立たないマサオという男子を立候補させて、裏でクラスメイトにマサオへの投票を強要したのだ。ダイキはサワコの人気にしつしていたのかもしれない。だから選挙を操作して、周囲に自分の力を見せつけたのではないかと、俺は思っていた。

 そのあとしばらく、サワコはマサオに負けた《人望ゼロ女》としてからかわれていた。

 ヒロシやヤマダは、サワコの胸のふくらみやブラジャーをしていることさえネタにするようになった。これは女子にとっては相当ずかしかったにちがいない。ただ、サワコはいつもと変わらず二人に言い返したりしていたから、はたには気にしていないように見えた。でも、心の中ではしっかり傷ついていたのだ。おびえていたのだ。


「多数決は公平だって習ったのに、ウチのクラスじゃ違うんだもん。ダイキひとりの意見で決まっちゃう。みんな、おかしいって気づいてるはずなのに。歯向かえば自分がターゲットにされるから、誰も何もできない。わたしもおんなじ」


 サワコはツラそうに、そしてくやしそうに言った。


「だから、みんなの買いかぶり。わたしは、ジャンヌ・ダルクなんてうつわじゃないよ」

「そんなことないって」


 俺は心からそう言った。すると、サワコはふと泣きそうな顔をした。


てつやさしいね。学級委員のときも、ダイキを無視して、わたしに投票してくれたよね。言わなかったけど、うれしかったんだぞ」

「別に」俺はあわてて言った。「マサオよりは、お前のほうが向いてるって思っただけだよ」


 言い訳じみているのが、自分でも分かった。照れくさかったのだから仕方ない。


「分かってるって。だからってわけじゃないけど、今回のことは誰にも言わないから安心しなよ。ダイキにバレたらマズイだろ。でも、用心したほうが良いよ。たぶん、ダイキもジャンヌ・ダルクを探してるから」


 知らなかった。ダイキが犯人探しをしているなんて。俺は、ダイキがサワコに疑いをかけることを想像した。俺のせいでサワコにめいわくがかかるなんてゴメンだった。


「もしダイキに疑われたら、俺のわざだってバラして良いからな」


 サワコはいつしゆんおどろいた顔をした。でもすぐに、満面のみで「バーカ」と言った。


 翌日、俺はいつもよりも少し早めに登校した。まだ、ダイキは来ていない。


「どうしたの、テッちゃん。今日は早いね」


 マコトに声をかけられて、俺は「まあね」とあいまいに答えた。そして《白紙のぼうけん》の続きを進めようと提案した。マコトは「朝からめずらしい」とつぶやいて、かばんから自由帳を出した。

 ただ、俺の注意は目の前のノートではなく、教室のいりぐちのほうへと向いていた。

 しばらくして、ダイキが登校してきた。一気にきんちようが高まる。

 ダイキは机の中に教科書を入れようとして、メモの存在に気づいたようだ。それを見てすぐに顔を上げる。そのまま首を左右に大きくって、クラスのなかを見まわした。俺は目が合わないように注意した。ただ、視界のはしとらえるだけでも、ダイキがキレているのが分かった。そして内心、どうようしているに違いない。これで、そうだつジャンケンで女子のほうに手をまわそうという考えを、なくしてくれればいいけれど。

 昨日、そうが終わったあと、俺はこっそりとダイキの机の中にメモを残していた。



『 女子のデザートに手を出すなら 全力で立ち向かう by ジャンヌ・ダルク 』



 これは、ダイキの動きを止めることと、サワコに疑いがかからないようにすることが目的だった。サワコの字に見えないように、メモの文字をふうしておいたのだ。

 これで、ダイキはクラスに敵がいるというしんあんにかられて、下手に動けなくなるにちがいない。少なくとも、女子には手を出しづらくなるはずだ。女子の動きをコントロールできなければ、争奪ジャンケンで勝つことは難しくなる。バレンタインのチョコレートケーキを手に入れられる見込みがなくなって、ダイキはあせるだろう。俺は、その焦りにつけこみたいと考えていたのだ。ようやく、計画を次の段階に進められそうだった。


 俺は一時間目の授業を聞きながら、あらためて今回のリベンジについて考えていた。

 クリスマスの件をはじめとしたもろもろの借りを返すために、ダイキにはバレンタインのチョコレートケーキを一個もわたすつもりはなかった。

 そのためには、これまでダイキがどくせんしていた欠席者のデザートの権利を取り上げること、そして、ダイキ自身のケーキをうばい取ることが必要だった。

 欠席者の分は、《早食い競争》を禁止に仕向けたことで、ほぼシャットアウトすることに成功した。問題はダイキ自身の分だった。

 ダイキ自身のケーキをうばう計画は、ヤッチにかかっていた。ヤッチとダイキが先生にかくれた個人的な《早食い競争》をするように仕向けて、ダイキのケーキを奪い取る作戦だった。負けたほうが勝ったほうに自分のケーキをけんじようする、という《いつち》をいどむのである。

 問題は、ダイキが自分のケーキを失う危険をおかしてまで、ヤッチと勝負する気になるかということだった。これまでそくな手段で勝ってきたダイキのことだ。自分に有利な勝負にしか乗ってこないだろうとんでいた。

 ──だから、ダイキにわなを張ったのだ。

 ヤッチにホウレン草が苦手なふりをしてもらって。ホウレン草が出る日ならヤッチに勝てると、ダイキに思い込ませたのだった。

 欠席者のケーキをゲットできる見込みが低くなって、ダイキは焦っているにちがいない。なにかほかに良い案がないか必死に考えていることだろう。

 そこに、《争奪ジャンケン》にこだわらなくても、ヤッチと《早食い競争》で勝負すればラクにケーキをゲットできる、というせんたくが加わったら?

 ダイキは飛びつくに違いない。

 勝負をセッティングするなら、今しかないと思った。

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