給食争奪戦 ④

 早食い競争が禁止されるように仕向けたのは、言うまでもなく、ダイキがデザートをどくせんしている今のシステムをこわすことが目的だった。どんなにしぼっても、今のシステムのままでは、ダイキからデザートをうばい取るのは不可能だったのだ。

 女子がゲットできないという話を盛り込んだのには、二つ理由があった。一つは新しいシステムを出来るだけ公平なものにして、ダイキの力がおよばないようにするため。そしてもう一つは、手紙のさしだしにんを女子だと見せかけて、特定される危険を減らすためだった。

 早食い競争を禁止に仕向けたのが俺だとダイキに知られれば、どんな仕返しを受けるか分からない。用心するにしたことはないのだ。幸い、先生が手紙のことをせておいてくれたおかげで、ダイキに知られる心配はなかった。

 自分の安全を確保しながら、ダイキが自分のものだと思い込んでいたデザートの権利を無効にしたのである。一班と四班ではきよはなれていたが、ダイキがイライラしているのが手に取るように分かった。最高に気分が良い。計画の第二段階も無事に終わった。


「どうしたの? テッちゃん、なんかうれしそうだね」


 マコトがシューアイスをふくろから取り出しながら言った。どうやら、喜びが表情に出てしまっていたらしい。俺は気を引きめて、さらりと答える。


「別に、なんでもないよ」

「あっ、分かった。早食い競争よりも、勝つ確率が上がったとか考えてたんでしょ」


 マコトのくせに、なかなかするどい。でも、ちがう。勝つ確率が上がったとかいう小さな話ではない。必ず勝つのだ。それも完全勝利。俺はダイキにチョコレートケーキを一個もわたすつもりはなかった。今はまだ、欠席者の分のケーキがダイキに渡らないようにしたに過ぎない。最終的にはダイキ自身のケーキまで奪おうと計画しているのだ。

 ──ここからが本番だった。


 次の日は、主食がご飯だったのでデザートはなかった。その代わり、ハンバーグのそうだつジャンケンがあった。これまでも、エビフライやコロッケといった人気メニューのときには早食い競争が白熱していたから、別におかしなことではない。

 ただおどろいたのは、ハンバーグの争奪ジャンケンにかなりの女子が参加していたことだ。そして結局、俺やマコトと同じ四班のサワコがハンバーグをゲットしていた。


「お前、女のくせにおかずゲットするなよな」


 俺は思わず、ななまえに座るサワコに話しかけた。四班は六人で俺とマコトのほかに、サワコと女子が二人、そして学校に来ていないうす君がいた。だから給食の時間はいつも、女子は三人で会話して、俺はマコトと二人で話をすることが多かった。


「うるさいなー。しいもの食べるのに、男も女もないから」

「そうだよ、テッちゃん。そういう言い方、よくないと思うよ」


 マコトが余計なフォローを入れてくる。


「それに、わたしは国語のノートを貸してあげた恩人だぞ」


 サワコが勝ちほこったように言ってきた。確かに借りたけど、だからなんだというのだ。

 サワコはほかの女子とちがい、性格がサバサバしている。女なのにジャンプを読んでいて、男子と話すことも多かった。マコトがふつうに話せるゆいいつの女子でもある。

 サワコというのはあだ名だ。人気少女まんのヒロインと同じらしいが、顔が似ているからとかではない。本名のさわケイコを縮めて、《サワコ》と呼ばれていた。少々乱暴でクチが悪いところが玉にキズだけど、顔はわいいと思う。ショートカットがよく似合っていた。

 正直なところ、俺はサワコと同じ班になれたことをうれしく思っていたのだ。


 人気メニューの《争奪ジャンケン》が始まって数日。全員に平等にチャンスがあたえられるようになって、男子も女子もほとんどのクラスメイトが喜んでいた。システムが変わって困るのは、それまでデザートをどくせんしていたダイキくらいなのだから当然である。

 早食いが得意だったヤッチには、《早食い競争》がなくなることを事前に話していた。ダイキへのリベンジに協力してもらうヤッチには事前に伝えておかないと、フェアじゃない気がしたのだ。話を聞いたヤッチは、みんなに平等にチャンスが与えられるようになるなら別に構わない、と言っていた。それに、ジャンケンも得意だから問題ない、と。

 あのときは、ジャンケンに得意も苦手もないのではないかと不思議に思っていたが、実際にヤッチは相当ジャンケンが強かった。争奪ジャンケンが始まってからまだ一週間ほどなのに、すでに二回もデザートをゲットしている。本当に不思議なヤツだった。

 計画を次の段階に進めるタイミングをうかがっていると、想定外のことが起こった。

 ダイキが手を打ってきたのである。考えてみれば、当然かもしれない。つい先日まで当たり前のように独占していた権利を失って、ダイキがだまっているはずがなかったのだ。


「おい、俺たちの指示があったら、そうだつジャンケンのときに《後出し》で負けろ」


 ダイキの子分であるヒロシとヤマダが、クラスの男子にふれまわっていた。おそらく、ダイキの指示があったのだろう。

 ダイキの意図は分かった。争奪ジャンケンに勝つために、ライバルを減らそうとしているのだ。ただ、人気メニューの争奪戦なのに参加しない人が多いと、先生にあやしまれる。だから、参加した上で負けろ、ということなのだろう。きようなダイキのことだ。自分たちは《後出し》で勝つ気でいるにちがいない。

 これはマズイじようきようだった。このままでは、ダイキが再び争奪戦をぎゆうるのも時間の問題かもしれない。そうなれば、これまでの苦労がすべて水のあわになってしまう。それはこの先、ダイキ自身のケーキをうばい取る計画においても大問題だった。ダイキをわなにはめるためには、ダイキが欠席者の分を手に入れられない状態を作る必要があるのである。

 なんとかして、ダイキの策略をつぶさなければならなかった。


 バレンタインまで、あと八日。そろそろ計画を次の段階に進めないとマズイ。しかし、ダイキの動きを止める良い案が、なかなか思いつかなかった。

 それなのに、またしても想定外のことが起こった。


「早食い競争を終わらせたの、てつだろ」


 とつぜん、真相を言い当てられて、俺は心臓が止まるかと思った。思わず、持っていたゴミ箱を落としそうになる。そう当番で、一階の《ゴミ捨て場》へ向かうところだった。


「なんだよ、いきなり」


 俺は数歩うしろを歩いていたサワコをり返った。サワコは足を止めて、俺の顔をじっと見つめてくる。そのひとみに、ピンチな状況にもかかわらずドキリとした。


「先生に手紙を送ったの、鉄だって知ってるよ」


 なんで──言葉が出てこなかった。

 どうして、お前がそれを知っているんだよ。

 俺が答えにまっていると、サワコの表情がすっとがおに変わった。


「やっぱり、そうなんだ。《ジャンヌ・ダルク》は男だったってわけね」


 ジャンヌ・ダルクって何だよ。意味が分からなかったが、サワコにバレてしまった。

 サワコは、早食い競争を終わらせたのが俺だと、特定した経緯について話し始めた。

 なんでも、今回の一連の流れはだれかが先生に働きかけたのではないかと、早くから女子の間で話題になっていたという。別の学校で給食の事故が起こったのは最近の話ではないのだから、何かほかにきっかけがあったのではないかと考えたのだ。

 それがいつのまにか、かげながら女子の権利を復活させたえいゆうがいるという話になっていた。誰が言い出したのか、五年二組の《ジャンヌ・ダルク》という呼び名までついて。

 歴史上の《おんなえいゆう》に重ねられていることからも分かるように、クラスの女子はだれひとりとして、早食い競争をなくした英雄が男子だなんて思いもしなかったのだ。

 ジャンヌ・ダルク探しで、真っ先に名前が挙がったのがサワコだったらしい。曲がったことがだいきらいで、行動力があり、何より食べることが大好きだったからだろう。

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