早食い競争が禁止されるように仕向けたのは、言うまでもなく、ダイキがデザートを独占している今のシステムを壊すことが目的だった。どんなに知恵を絞っても、今のシステムのままでは、ダイキからデザートを奪い取るのは不可能だったのだ。
女子がゲットできないという話を盛り込んだのには、二つ理由があった。一つは新しいシステムを出来るだけ公平なものにして、ダイキの力が及ばないようにするため。そしてもう一つは、手紙の差出人を女子だと見せかけて、特定される危険を減らすためだった。
早食い競争を禁止に仕向けたのが俺だとダイキに知られれば、どんな仕返しを受けるか分からない。用心するに越したことはないのだ。幸い、先生が手紙のことを伏せておいてくれたおかげで、ダイキに知られる心配はなかった。
自分の安全を確保しながら、ダイキが自分のものだと思い込んでいたデザートの権利を無効にしたのである。一班と四班では距離が離れていたが、ダイキがイライラしているのが手に取るように分かった。最高に気分が良い。計画の第二段階も無事に終わった。
「どうしたの? テッちゃん、なんか嬉しそうだね」
マコトがシューアイスを袋から取り出しながら言った。どうやら、喜びが表情に出てしまっていたらしい。俺は気を引き締めて、さらりと答える。
「別に、なんでもないよ」
「あっ、分かった。早食い競争よりも、勝つ確率が上がったとか考えてたんでしょ」
マコトのくせに、なかなか鋭い。でも、違う。勝つ確率が上がったとかいう小さな話ではない。必ず勝つのだ。それも完全勝利。俺はダイキにチョコレートケーキを一個も渡すつもりはなかった。今はまだ、欠席者の分のケーキがダイキに渡らないようにしたに過ぎない。最終的にはダイキ自身のケーキまで奪おうと計画しているのだ。
──ここからが本番だった。
次の日は、主食がご飯だったのでデザートはなかった。その代わり、ハンバーグの争奪ジャンケンがあった。これまでも、エビフライやコロッケといった人気メニューのときには早食い競争が白熱していたから、別におかしなことではない。
ただ驚いたのは、ハンバーグの争奪ジャンケンにかなりの女子が参加していたことだ。そして結局、俺やマコトと同じ四班のサワコがハンバーグをゲットしていた。
「お前、女のくせにおかずゲットするなよな」
俺は思わず、斜め前に座るサワコに話しかけた。四班は六人で俺とマコトのほかに、サワコと女子が二人、そして学校に来ていない薄井君がいた。だから給食の時間はいつも、女子は三人で会話して、俺はマコトと二人で話をすることが多かった。
「うるさいなー。美味しいもの食べるのに、男も女もないから」
「そうだよ、テッちゃん。そういう言い方、よくないと思うよ」
マコトが余計なフォローを入れてくる。
「それに、わたしは国語のノートを貸してあげた恩人だぞ」
サワコが勝ち誇ったように言ってきた。確かに借りたけど、だからなんだというのだ。
サワコは他の女子と違い、性格がサバサバしている。女なのにジャンプを読んでいて、男子と話すことも多かった。マコトがふつうに話せる唯一の女子でもある。
サワコというのはあだ名だ。人気少女漫画のヒロインと同じらしいが、顔が似ているからとかではない。本名の澤田ケイコを縮めて、《サワコ》と呼ばれていた。少々乱暴でクチが悪いところが玉にキズだけど、顔は可愛いと思う。ショートカットがよく似合っていた。
正直なところ、俺はサワコと同じ班になれたことを嬉しく思っていたのだ。
人気メニューの《争奪ジャンケン》が始まって数日。全員に平等にチャンスが与えられるようになって、男子も女子もほとんどのクラスメイトが喜んでいた。システムが変わって困るのは、それまでデザートを独占していたダイキくらいなのだから当然である。
早食いが得意だったヤッチには、《早食い競争》がなくなることを事前に話していた。ダイキへのリベンジに協力してもらうヤッチには事前に伝えておかないと、フェアじゃない気がしたのだ。話を聞いたヤッチは、みんなに平等にチャンスが与えられるようになるなら別に構わない、と言っていた。それに、ジャンケンも得意だから問題ない、と。
あのときは、ジャンケンに得意も苦手もないのではないかと不思議に思っていたが、実際にヤッチは相当ジャンケンが強かった。争奪ジャンケンが始まってからまだ一週間ほどなのに、すでに二回もデザートをゲットしている。本当に不思議なヤツだった。
計画を次の段階に進めるタイミングをうかがっていると、想定外のことが起こった。
ダイキが手を打ってきたのである。考えてみれば、当然かもしれない。つい先日まで当たり前のように独占していた権利を失って、ダイキが黙っているはずがなかったのだ。
「おい、俺たちの指示があったら、争奪ジャンケンのときに《後出し》で負けろ」
ダイキの子分であるヒロシとヤマダが、クラスの男子にふれまわっていた。おそらく、ダイキの指示があったのだろう。
ダイキの意図は分かった。争奪ジャンケンに勝つために、ライバルを減らそうとしているのだ。ただ、人気メニューの争奪戦なのに参加しない人が多いと、先生に怪しまれる。だから、参加した上で負けろ、ということなのだろう。卑怯なダイキのことだ。自分たちは《後出し》で勝つ気でいるに違いない。
これはマズイ状況だった。このままでは、ダイキが再び争奪戦を牛耳るのも時間の問題かもしれない。そうなれば、これまでの苦労が全て水の泡になってしまう。それはこの先、ダイキ自身のケーキを奪い取る計画においても大問題だった。ダイキを罠にはめるためには、ダイキが欠席者の分を手に入れられない状態を作る必要があるのである。
なんとかして、ダイキの策略を潰さなければならなかった。
バレンタインまで、あと八日。そろそろ計画を次の段階に進めないとマズイ。しかし、ダイキの動きを止める良い案が、なかなか思いつかなかった。
それなのに、またしても想定外のことが起こった。
「早食い競争を終わらせたの、鉄だろ」
突然、真相を言い当てられて、俺は心臓が止まるかと思った。思わず、持っていたゴミ箱を落としそうになる。掃除当番で、一階の《ゴミ捨て場》へ向かうところだった。
「なんだよ、いきなり」
俺は数歩うしろを歩いていたサワコを振り返った。サワコは足を止めて、俺の顔をじっと見つめてくる。その瞳に、ピンチな状況にもかかわらずドキリとした。
「先生に手紙を送ったの、鉄だって知ってるよ」
なんで──言葉が出てこなかった。
どうして、お前がそれを知っているんだよ。
俺が答えに詰まっていると、サワコの表情がすっと笑顔に変わった。
「やっぱり、そうなんだ。《ジャンヌ・ダルク》は男だったってわけね」
ジャンヌ・ダルクって何だよ。意味が分からなかったが、サワコにバレてしまった。
サワコは、早食い競争を終わらせたのが俺だと、特定した経緯について話し始めた。
なんでも、今回の一連の流れは誰かが先生に働きかけたのではないかと、早くから女子の間で話題になっていたという。別の学校で給食の事故が起こったのは最近の話ではないのだから、何か他にきっかけがあったのではないかと考えたのだ。
それがいつのまにか、陰ながら女子の権利を復活させた英雄がいるという話になっていた。誰が言い出したのか、五年二組の《ジャンヌ・ダルク》という呼び名までついて。
歴史上の《女英雄》に重ねられていることからも分かるように、クラスの女子は誰ひとりとして、早食い競争をなくした英雄が男子だなんて思いもしなかったのだ。
ジャンヌ・ダルク探しで、真っ先に名前が挙がったのがサワコだったらしい。曲がったことが大嫌いで、行動力があり、何より食べることが大好きだったからだろう。