給食争奪戦 ③

「テッちゃん、聞いてる?」


 マコトが自由帳を開いて、俺のことを見ていた。《白紙の冒険》の最中だった。

 白紙の冒険は、真っ白な自由帳のなかで展開される冒険ゲームだ。主人公も、武器も、アイテムも、ダンジョンも、モンスターも、すべてマコトの手でかれていた。マコトは自由帳のなかに自分だけのゲームを作り上げて、いつも一人で遊んでいたのだ。

 最初は鹿らしいと思ったけれど、実際にプレイさせてもらうと、これがなかなかおもしろかった。モンスターとのバトルでは、マコトが攻撃の効果音を口で表現し、ダメージの分だけHPの数値を書きかえる。全てがマコトの意のままに進むのだが、そのさじ加減がぜつみようだった。

 俺はいつのまにか夢中になり、マコトが続きのダンジョンを書き進めるのを心待ちにするようになった。ゲームが進むとともに、マコトの口数もだいに増えていった。

 人を見かけで判断してはいけないのだなあ、とつくづく思う。実際に話してみるまで、マコトがこんなに面白いヤツだったなんて知らなかったのだから。



 その日、オレンジゼリーをけたそうだつ戦は、ダイキの圧勝だった。


「ヤッチ、ホウレン草が苦手だったらしいよ。知ってた?」


 マコトがおどろいたように言った。ほかの班でも、その話題で持ち切りのようだ。

 ヤッチが得意であるはずの《パンの日》に早食い競争でボロ負けしたので、同じ班の女子が体調でも悪いのかとたずねたのだ。それに対して、ヤッチはそれとなくホウレン草が苦手であることを告白していた。それが、クラス中に広まったというわけである。

 俺はホッとしていた。何も知らないマコトの反応から見ても、どうやら不自然さはなかったようだ。これだけ話題になれば、確実にダイキの耳にも届いているだろう。

 数時間前、理科室で俺はヤッチに、今日のオレンジゼリーをあきらめてくれないかと持ちかけていた。ホウレン草が苦手なふりをして、争奪戦にわざと負けてほしいとたのんだのだ。そのフェイクがこの先、ダイキをわなにはめる上で役に立つのだと話していた。


「ちょっと待って」マコトがあわてて、机の中からこんだて表を取り出した。「ああ、やっぱり。気の毒だけど、来週にもホウレン草の日があるよ。バレンタインの前日」


 俺は心の中で「知ってる」と答えた。だから、ホウレン草を選んだのだ。また給食にホウレン草が出ることは、いずれダイキも気づく。ずるがしこいダイキのことだ。見のがすはずがない。そうなれば、こちらのえさにも食いつきやすくなるだろう。

 一班のほうに目を向けると、二個目のオレンジゼリーを満足気に口へ運ぶダイキの姿が見えた。せいぜい味わって食べるといい。そのオレンジゼリーとえに、バレンタインにはチョコレートケーキを失うことになるのだから。

 ヤッチのおかげで、計画の第一段階は無事に終わった。


 次の日は、朝から雪が降っていた。雪はきらいじゃないけれど、雪が降る日は寒いから嫌いだった。学校に来た時点でくつしたれていて、朝から気が重かった。こういう日は、たいてい一日中ツイていない。何か良くないことが起こりそうで、いやだった。

 一時間目の国語の時間には、音読のトップバッターに選ばれた。やはり、運が悪い。

 五年二組では、授業で当たる人をクジ引きで決めるのだ。先生お手製のクジで、ちょうど黒板消しクリーナーと同じくらいの箱に、クラス全員のネームプレートが入れられている。そのクジは便利なので、授業以外でも何かを決めるときに使われていた。

 結局、一時間目の国語から四時間目の社会まで、合計六回も当てられた。一日に一度も当たらない日もあるのだから、やっぱり今日はツイていないらしい。


「今日はテッちゃん、よく当てられてたね」


 給食の準備が進められるなか、マコトが机をくっつけながら笑っていた。「何か悪いことでもしたんじゃないの」と、からかってくる。俺は適当に返しながら、黒板横のたなに置いてあるクジの箱をぼんやりとながめていた。

 給食の準備が整った。今日のデザートはシューアイス。冬限定の人気メニューだった。

 ダイキは今日も競争に勝つために、ライバルであるヤッチの給食を大盛りにしただろうか。そんなことを考えていると、とつぜん、担任のなか先生が言った。


「《いただきます》の前に、みんな、ちょっと聞いてくれー」


 先生の呼びかけに、それまでざわついていた教室内がいつしゆんで静かになる。

 先生はきようだんに立って教室全体を見わたすと、さらりと言った。


「デザートをけた《早食い競争》なんだけど、あれ、もうやめにしようか」


 突然の禁止令に、教室中からおどろきの声が上がった。ほとんどが男子の声だった。

 先生はいつたん、クラスのふんを落ち着かせると、簡単に理由を話した。

 要は、早食い競争で事故が起こったら大変だから、ということだった。過去に別の学校で、給食のパンをのどまらせてくなってしまった子がいたという。


「本来はもっと早く禁止すべきだったんだろうけど、それは先生が悪かった。でも命にかかわることだからな、今日から早食い競争はやめてくれよー」


 先生の話に、クラスメイトのほとんどがなつとくしたようだった。相手が田中先生だからだと思う。これが一組のおか先生だったら、きっと反発があっただろう。

 田中先生はほかの先生よりも若かったけれど、今回のように、たとえ相手が俺たちのような子どもであっても自分がちがったと思ったことはなおに非を認める。そんな性格だから、クラスメイトから好かれていた。


「よし、分かったら、みんな手を出せー。デザートそうだつジャンケン、始めるぞ」


 先生は早食い競争の代わりに、クラス全員が参加するジャンケン大会をすると話した。いつせいに先生とジャンケンをして、《負け》と《あいこ》の人がどんどんだつらくしていく。そして、最後まで勝ち残った人がデザートを手に入れられるというシステムだ。

 説明を聞いて、男子だけじゃなく、女子のテンションも上がっているような気がした。これまでデザートの権利は男子が(ほとんどはダイキが)どくせんしていたが、やはり女子のなかにもデザートをおかわりしたいというおもいはあったのかもしれない。


「ジャーン、ケーン、ポン」


 結局、今日のシューアイスを手にしたのは、だんは目立たないぐちという女子だった。彼女はデザートを受け取ると、同じ三班の女子とひかえめに喜んでいた。

 その様子を一班のダイキが冷たい目で見ていることに、俺は気づいていた。昨日までデザートを独占していたダイキにとって、これはおもしろくないに違いない。


「テッちゃん、残念だったね」


 マコトがスパゲティをモグモグしながら、話しかけてきた。シューアイスのことではなく、《早食い競争》がなくなってしまったことについて言っているのだろう。


「せっかくやる気になってたのに、ツイてないね」

「別に、仕方ないさ」


 俺は軽い調子で答えた。早食い競争がなくなってしまっても、俺は冷静だった。それはそうだろう。禁止になるように仕向けたのは、自分なのだから。


 昨日の放課後、俺は職員室に行った。

 職員室には先生だけではなく子どもが入る機会も多いため、堂々としていればあやしまれる心配はない。いりぐちなか先生の席のまわりに人がいないことをかくにんして、先生の机にこっそりと手紙を残してきた。

 手紙の内容は、早食い競争は危険だと親が言っていたという話と、今のシステムだと女子がデザートをゲットできないという話。できれば、先生にそうだつ戦を仕切ってほしいということも書いた。自分だと特定されないように、名前は書かずに、文字もふうした。

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