給食争奪戦 ②

 マコトは、俺がじゆんすいに《早食い競争》に参戦するものだと、信じて疑っていない。だけど、ふつうに勝負してもダイキやヤッチに勝てないことは、自分が一番よく知っていた。

 チョコレートケーキをうばうためには、作戦を立てなければいけない。俺は計算問題を解くふりをしながら、必死にしぼった。

 単純に早食い競争に勝つ方法なら、すぐに思いついた。ダイキのそくな手段をて、自分の給食の量を少なくしたり、自分の分をマコトの皿に移したりすればいいのだ。

 しかし、それでは全く意味がないことに、すぐに気づく。早食い競争に勝ってチョコレートケーキをゲットしたところで、ダイキにひどい仕返しをされて終わりだ。ケーキを奪いつつ、ダイキに目をつけられない、そんな夢のような作戦を立てる必要があった。

 いくつかアイデアが浮かんだが、どれもくはいきそうになかった。まった末に、ダイキの給食に《おなかをくだす薬》を混ぜることまで考えたほどだ。もちろん、実際にそんなことをしたら大問題になる。なかなか思うようにいかなかった。

 俺はいつたんえんぴつを置いた。現状のシステムでは、どうがんってもダイキに勝てる気がしなかった。もっと根っこの部分から見直したほうが良いのかもしれない。

 視点を変えてみると、少しずつ自分のするべきことが見えてきたような気がした。

 そして授業が終わるころには、ぼんやりとだが作戦が完成していた。上手くいけば、欠席者の分だけでなく、ダイキ自身のケーキまでうばうことができるかもしれない。

 俺は、作戦のかぎにぎる人物のほうをながめた。

 ──ヤッチはスヤスヤとねむっていた。


 翌日、二時間目の理科が終わった後、俺はヤッチに声をかけた。


「ヤッチ、今ちょっといい?」


 ほかのクラスメイトが理科室から五年二組の教室にもどっていくなか、俺とヤッチだけが理科室に残るカタチとなった。ヤッチは無言のまま、俺の次の言葉を待っていた。


「あのさ、このまま何もしなきゃ、バレンタインのチョコレートケーキは確実にダイキの手にわたると思うんだ。まともに勝負しても、ヤッチは不利だよ」


 ヤッチは少し意外そうな顔をしていた。ヤッチとはよく話をするほうだが、これまで給食そうだつ戦に関する話は一度もしたことがなかったからかもしれない。


「だから?」

「もし、ズルされないじようきようでダイキとしんけん勝負できるとしたら、どうする?」


 俺はマコトから借りてきたこんだて表を見せながら、ケーキをけた公平な早食い競争を実現するための大まかな作戦内容を伝えた。勝負に負けた場合はケーキを一個も食べられない可能性があることも。対戦の準備のために今日のオレンジゼリーをあきらめてもらう必要があることも。もしかしたら俺の読みが外れて対戦が実現しない可能性があることも。

 ヤッチは俺の説明をだまって聞いていた。


「……話は分かった」

「ヤッチがいやなら、無理にとは言わないけど」

てつは、おれにやってほしいのか?」


 ヤッチに聞かれて、俺はいつしゆんまどった。ヤッチを個人的なリベンジに利用するようで、気が引けたからだ。でも、もうこの方法しかない。俺はなおに答えた。


「ダイキにクリスマスの借りを返したいんだ」


 ヤッチの太めのまゆがピクリと動いた。どうやら、クリスマスの一件を覚えていてくれたらしい。なぜ俺がこんな話を持ちかけたのか、なんとなく理解したようだった。


「分かった。てつの言う通りにする」


 すんなりと話がまとまったことに、俺は少しおどろいていた。ヤッチの性格からして、こうした計画をわずらわしく思うような気がしていたのだ。本来、策略とはえんの人物であるし。


「ヤッチって結構、俺に甘いよね」


 なんとなく、思ったことをそのまま言ってみた。だんは他人に無関心なのに、俺にはやさしい気がする。クリスマスには、俺のためにプリンをゲットしてくれたくらいだ。

 すると、ヤッチは少し困ったような顔で言った。


「……マコトがノートを破られそうになったとき、おれ、何もできなかったんだ」


 意外な告白に俺は驚いた。ヤッチが《あの件》を気にしていたなんて知らなかった。


 五年二組の教室にもどると、マコトが席で俺の帰りを待っていた。


「ヤッチに《早食い》のコツでも聞いてたの?」

「まあ、そんなとこ。これ、ありがとな」


 俺はヤッチに持ちかけた話のことは伝えずに、借りていたこんだて表を返した。


「じゃ、《白紙のぼうけん》の続きやる?」


 マコトが《自由帳》を開くのを、俺はなつかしい気持ちでながめていた。


 俺とマコトは五年生になって、初めて同じクラスになった。それまで一言も話したことはなかったし、同じクラスになってからも、しばらくかかわることはなかった。

 マコトはクラスのだれとも話そうとはせずに、休み時間はずっと席でノートに絵をいているようなヤツだったからだ。俺はトモヒロとかほかのクラスメイトと遊びながら横目で、きっとコイツとは一生話す機会はないだろうな、と勝手に決めつけていた。

 そのうち、クラスではダイキがリーダーシップを取るようになった。すると、それまで小さなグループに分かれて遊んでいたクラスメイトが、自然とダイキの周りに集まるようになった。ダイキを中心に、最初はふつうに楽しく遊んでいたような気がする。

 しかし、いつからかダイキは遊びのなかで他人を《いじられキャラ》に仕立て上げて、笑いものにするようになった。そのことについて、みんなは感がなかったのかもしれないし、心の中では「何かおかしいぞ」と思っていたのかもしれない。みんなの気持ちは分からなかったけれど、だいにダイキが《王様》のごとくうようになっても、いじられキャラへの仕打ちがエスカレートしても、誰も何も言わなかった。

 あるとき、それまでの遊びにきたのか、ダイキはマコトに目をつけた。


「なあ、誰があいつに一番おもしろいイタズラできるか、競争ね」


 ダイキの発案を受けて、もともとダイキの遊びにそつせんして参加していたヤマダが、マコトに向かって消しゴムを投げつけた。当たらなかったが、マコトが体をビクッとさせたのが分かった。それを見て、何人かがクスクスと笑う。

 ダイキがきよかんのヒロシに小声で、「あいつの大切なノート、破いてやれよ」と命令しているのが聞こえた。ヒロシはニヤリとみを浮かべ、マコトの席に向かって歩き始める。そしておびえるマコトを無視して、ヒロシはノートをひったくった。


「やめろよ!」


 とつぜんの大声に、ヒロシは破ろうとしていた手を止めた。男子だけじゃなく女子もふくめてクラス中がおどろいていた。ただ、一番驚いたのは俺だ。その声の主が、自分だったからだ。俺は自分の行動が理解できなかった。ただ、腹が立っているのだけは分かった。


「まあ、なんだ。これはちがうだろ」


 俺は自分に言い聞かせるように言った。どこか、言い訳のようにも聞こえた。そのままヒロシに近づくと、ノートをうばい返した。クラス中があつにとられているのが分かった。俺はもとの輪にもどりづらくて、仕方なく、一度も話したことのないマコトに話しかけた。


「なあ、いつも何してるんだよ」


 マコトは怯えながら、小声で答えた。「《白紙のぼうけん》って遊びなんだ」


 この日を境に、クラスの様子が少し変わった。ヒロシやヤマダはダイキにもっと過激な遊びを期待するようになったし、逆にトモヒロとかはダイキときよを取るようになった。ダイキのげきりんれた俺とマコトは、翌日からいやがらせをされるようになった。

 今でこそあからさまにこうげきされることはなくなったけれど、一時期はかなりいん湿しつな嫌がらせも受けた。今回のリベンジで下手をすれば、再びターゲットにされるかもしれない。

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