分析2 ドネーションを分析する ②

 何を言ってるのかよくわからなくなってきたので仕方なく解放してやった。

 少しくすぐるだけで過剰な反応を見せるテルが面白くて、ついつい長々と遊んでしまうくせがついたかもしれない。往来のど真ん中でちょっとやりすぎかな、とも思ったけど手が止まらなかった。ゴメンよ。

 敏感肌のテルの方はなんとか呼吸を整えて、まだ微妙に力の入っていない足をぷるぷるさせながらようやく説明に入ってくれた。


「トミノちゃん、他に入りたい部があるとかでさ。分析部には入らないが活動の際はぜひとも手伝いたいと言ってくれたんだよ、だからこうして」

「こうして詐欺の手伝いをさせてるのか」

「写真を借りただけじゃないか……それに勘違いしてるよ、これはあくまで分析調査が目的だ、お金は受け取ってない」

「受け取ってない?」

「募金の意思と額が知りたいだけだから、きちんと説明してお金は返しているさ」

「そうなのか? でも、もういくらか入ってるじゃん」


 テルの腹の前で募金箱がじゃらじゃらと小銭を鳴らしている。

 いくらになるかはわからないが、硬貨で五十枚くらいはありそうだ。ソックスに入れて振り回せばたぶんボディビルダーの腹筋でもいちげきで粉砕するだろう。


「これは私のポケットマネーだよ。少しは入れておかないと、見栄えが悪いだろ」

「おお、あざやかな詐欺の手口だな。よく勉強してる」

「ほーなるほど、私の分析が聞きたい、そういうことだな?」

「人間の言葉が通じないのか?」


 野生に戻ったの? 分析のだいしように文明を失ったの?


「純粋な疑問なんだが、二時間駅前で募金を呼びかける行為と、二時間アルバイトでかせいだお金をそのまま募金する行為では、どちらがより能率的なのか知りたかったんだ。ま、当然金額には大きく差がついたね」

「おいおい、募金ってのは人の良心からくる行動だろ、そこに効率なんてものを求めるなよ」

「効率性は万能の物差しさ、目的が定まっているのならね。だがもちろん、他の要素を考える余地は十分にある。たとえば募金活動の中でも、災害に対する募金や盲導犬援助の募金ならその行動の意味もわかるんだ。しゆうじんかんの中で募金を呼びかける行為は、言葉を聞いた人々の心に対象への情を呼び起こすことになるからね。大変なんです助けてくださいと表明することで、現実を多くの人に広く正しく認識してもらうことにつながる。だれも来ないホームページを作るよりはリアルな効果が期待できる」

「ふむふむ。腹減ってきたな? 今日はイタリアンが食べたいな」

「しかし病気の子どものために、って場合はどうなんだろうな? 広く人に病気を知らしめて何になる? この世には数えきれないほどの病人がいることは誰でも知っている。難しい手術のためにはお金がかかるのだって、普通に考えればわかることだ。いったい何を訴えているんだ? そこにどんなメリットがあるんだ? 私なら、まったく理解できない選択だね。本当にまとまった額の寄付がほしいなら金のあるところにたのみに行くべきだ。いかにも売名行為が好きそうなタレントに手紙を送るとか、いかにも人情を売りにしてそうなプロ野球選手に頼み込むとか」


 病気の子のために募金を呼びかける。

 それくらいのことをどうして素直に納得してやれないのか、なんとも嘆かわしいことだ。

 痛みを感じる人がいる、助けてほしいと呼びかける、だから誰かが助けてやる、そうして人と人とがつながっていく。素晴らしきかな人間の輪、ロープで囲うよりよっぽど強い繫がりになる。違うの?


「お前には身内に大手術を経験した人がいないから、そんな風に考えるだけじゃないの?」

「そうかもしれない。だが、強い道徳心を求められる事象は分析対象にすべきじゃない……なんて考え方は好きじゃない。思想と良心だけに支えられた事物こそをもっとも分析していかなければいけない、というのが私好みの発想だね。それに」

「まだ続くのか」


 お前のとなりで話を聞いていると、駅から出てくるみんなに見られているようで実に居心地が悪いんだが。


「方法についても疑問がある。募金箱を設置すればいいだけのことなのに、わざわざ街頭で呼びかけるのはなぜだ? メリットが感じられない。特にここのような……駅前や交差点、人が多そうな場所で募金を呼びかけることが本当に有効なのか?」

「有効に決まってんだろ……」

「そうかな?」

「人が多い、だから募金してくれる人も当然多くなる、自明の理だろうが」

「浅はか」


 言葉とは裏腹に心底うれしそうに、テルが肩にもたれかかってきた。


「あ・さ・は・か。フフっ」


 ゆるふわモテカワなシャンプーの香りがした。

 女子ってどうしてこんなにシャンプーの香りがするんだろう。


「病床にせる人間のために、一円くらいなら払ってやれるという人間は多いよ。だけどそれを実行に移してもらえないことこそが問題なんだ。その子が幼いなら私は十円でも払うね。はかなげな美少女なら百円でもいけるね。さらに性格が良ければ千円でもいいね。両親が良い人そうだったら千五十円でもいける」

「募金はそういうシステムじゃないぞ!」

「だけど、その金額を必ず募金するかと問われたらだまってしまうよ。募金の意思、慈善への意思がそのまま金額として反映されるケースは、少なくとも日常の中には転がっていないと私は分析する。転がっていないなら拾いようがない。自然に発生しないなら、こちらからその機会を作出してやる必要があるよね」

「ふむ」

「募金の意思を形にすることができるかどうか。そのカギとなるのは、思うに、利便性と即時性だよ。人通りの多い駅前や交差点で、立ち止まり説明をきいてサイフを取り出し硬貨を渡し再びサイフをって歩き出す……わずらわしいことこの上ない。こんなめんどくさいプロセスがあるからいけないんだ」

「それはどうしようもない部分だろ」

「そんなことはないよ。ショートカットはいくらでも可能だ。少なくとも、サイフを取り出すという過程を飛ばしてもらうことはできる」

「ポケットの中に小銭しのばせとけってか?」

「そうじゃない。もっと単純だ、人がサイフを出す必要のあるタイミングを狙えばいい」

「はぁ」

「買い物をするその場所で、その人がサイフを仕舞う前にたのむんだ。買い物のついでに、サイフを出したついでに、手間暇のかからないそのいつしゆんならかなりの高確率で一円くらいは募金してくれると思うぞ。だからこそ、飲食店やコンビニのレジの前に募金箱を置くのが最も能率的ってわけだね!」

「そんな計算してまで募金してもらおうとは思わねーよ……」

「結果を求めないならはじめから募金活動なんてしなければいい。もしくは自己満足だと割り切って、大通りのど真ん中で無視され続ければいいさ」

「むぅ……」


 能率という刃はするどい。

 鈍重なものをなんでも切ってしまう。

 小学校の通信簿には『人の気持ちが理解できない』とか書かれて先生にニガテだと思われてたタイプだろ、お前。

 ……つーか、よく考えたらその分析っておかしいよな。

 いろんな要素を無視して考えてないか? たとえば時間、朝の忙しい時間帯じゃなくて夕方以降を狙えば良かったんじゃ? たとえば題材、だれかひとりへの募金とかじゃなくてもっと大きな目的を示せば反応も違ったんじゃ? たとえば状況、明らかに個人が行うのではなくて大人数で動けば、組織的に動いていることを示せばもっと募金の行き先についてのしんらいを勝ち得たのでは?

 …………まぁ、テルの分析だし。

 いちいち突っかかってたら終わらねーよな。


「あれ。でもヘンだな。それならなんでお前はこんなところでやってんだ?」

「む」

「さっきの理屈から言えば、券売機の近くとかでやるべきじゃ?」

「そう。そう思った。だからそうした。そしたら駅員さんがいつしゆんで駆け寄ってきてさ。危うく親と学校に連絡がいくところだったよ」

「アホかお前は」

「ハハハ」


 笑ってる場合か?


「それで、いまのところ何人が何円分だまされてくれたんだ?」

「三人で百と二円だね」

「それだけ!?」


 オニギリひとつ買えやしない。

 たったそれっぽっちしか集まらないものなのか、募金活動って。


「二時間粘ってこれだ。時給五十一円。駅前に転がっている善意の値段さ」

「そうか。まぁ……そんなもんだよな……」

「ああ……君の妹がもう少しはかなげな美少女だったらな……」

「てめーいまなんつった」

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