としれじぇ ジャンル《都市伝説》 ①

都市伝説『ベッドの下のおのおとこ



 とある男が、自分の部屋に彼女を連れ込んだ夜の事である。

 ベッドや床に寝そべり、いつも通りにダラダラとした時間を過ごしていると──彼女が突然みような事を言い出した。


「ねえ、アイスが食べたくなっちゃった」


 男が冷蔵庫からアイスを出そうとすると、彼女はもっと高いアイスが食べたいという。


「コンビニに行って買ってこよ? ね?」


 男はめんどうだと思いながらも、彼女の言うことだとしぶしぶながらコンビニへ向かう事にした。

 ところが、家を出た彼女は突然かおこわばらせると、コンビニとは反対の方向──交番の方に向かって駆け出したのだ。

 わけがわからずに男がたずねると、彼女は涙を流しながらこう答えた。


「私、見たの。あなたのベッドの下のすきに、まみれのおのを持った男がかくれているのを……!」


──昔から有名な都市伝説より



Aサイド『おのおとこの悲劇』




『先日、さいたまで起きた連続殺人事件のぞくほうですが、けん結果からきようについての情報が得られました。凶器は斧やなたといった大型のものと見られており、そう当局では……』



 電気屋に並ぶテレビに流れるニュースを見ながら、あかがみ──ルルはのんきに声をあげる。


「ねえねえ」

「ん……?」


 声をかけられた方の男は、自分が見ていたMDコーナーに目を向けたまま、あいかたに向けて気の入っていない返事をする。


「この事件が起きたのってこの辺なんでしょ? ムーも気を付けなきゃだよ」


 軽い調ちようで心配するルルに対し、──ムーはにゆうな笑みで言葉を返す。


「ルルもね」


 会話だけを聞いていると、恋人同士の二人がファンシーなあだ名で呼び合っているようにも聞こえるが、二人ともれっきとした本名である。

 高校で一緒のクラスになった二人は、お互いにみような名前という事で互いに意識している部分はあった。クラスメイトから『お前らもう付き合っちゃえよ』などとからかわれる事もあったが、特に進展もなかたがいもせず、良き同級生として付き合ってきた。

 そして今年、2年になって同じクラスになったのだが──はたから見れば十分に恋人同士といって良いほどの仲になっていた。特にのろているわけでもないのだが、昼飯や放課後の時間を共にしているだけで、周囲は勝手に盛り上がっていってしまった。

 特に告白したわけでも、『自分達って恋人同士だよな?』というけな確認もしないあいだがら。ルルとしては友達じよう恋人まんという認識なのだが、ムーがどう思っているのかは聞いた事が無かった。

 例え相手がどう思っていても、今の自分のスタンスならば関係を崩さずにいる事ができる。そんな打算的な思いもあるのだが、彼女としても特にムーとの進展を望んでいるわけではなく、今のままで十分だと考えている。

 ムーは何を考えているのか今ひとつわからない所のある青年だが、ルルは特に気にしない。

 そんなつかず離れずの間柄を続けながら、二人は今日も夏休みを共に過ごしていた。


 街の小さな電気器具りようはんてんを出ると、二人は徒歩でムーの住む部屋へと向かう。

 少し古い小さなアパートで、かんな住宅街の中に似たような建物が、通りを一本はさんで二けん並んでいた。

 二階建てのアパートという造りには全くが見られないが、ゆいいつ、屋根の色が赤と青に塗り分けられている。

 ムーの住んでいるのは青い屋根の方のアパートで、現在は彼一人しか住んでいないそうだ。


「まだ、他の人入らないんだ」

「んー、ここは駅からもバス停からも遠いからねえ。となりの赤い屋根のアパートも、まだ一部屋しか埋まってないんだ」


 特に問題が無いといった調ちようで、ムーはスタスタと自分の部屋の入口へと向けて歩いていく。一階部分の一番手前の部屋で、一方の窓が道路に面した造りになっている。

 ルルがこの部屋に来るのは既に五度目で、泊まった事も何度かある。

 だが、泊まったところで二人の間に何かが起こるわけでもなく、未だにキスすらしたことは無い。

 彼女の友人の何人かは『えー、ありえないよ、男の子の家に泊まって何もないなんて!』と驚くが、そういう人間はたいていかれどころか男友達のいない者ばかりだ。

 恐らくは男女交際に何かせんぼうへんけんでも持っているのだろう。ルルはそう判断していた。

 ──私は別に、何も起こらなくったっていいもん。別に彼氏と彼女の関係ってわけでもないし、そうなりたいわけでもないし。

 友達でも恋人でもない、きようかいの上を歩くような今の立場、ルルはその場所を心地いいとすら思っていた。

 だから、今日も何も起こらない。

 家族にはクラスメイトの家に泊まってくると言ってあるが、うそはついていない。

 適当な話をしたり、ビデオを見たりゲームにきようじたりしているうちに、眠くなって寝て終わりだ。

 何もない、何のへんてつも無い日常の風景。

 ルルは、当然それが今日も続くと思っていた。

 だが──現実には、その日常は既にほうかいしていた。

 ルル達が家に入った時点で、ムーと共に電気屋をさんさくしていた時点で既に──

 二人の日常の中に、一つのぶつが入り込んでいたのだ。


 具体的に言うならば────

 ──ムーの部屋の、ベッドの下に。



「でさー、となりのクラスにはりやまさんっているじゃん、あのと仲良くなったんだけどね? すごいよー、その娘のお父さん、有名なデザイナーなんだってさ。いろんなお店の看板とか、ゲームのタイトルロゴとかまで何でもやるんだって。金持ちなんだろーな」

「それ言ったら、うちのクラスのまるひらは漫画家だってさ。知ってた?」

「うそ!? 凄いよ! おくまんちようじやじゃん! なになに、ジャンプ? マガジン?」


 身を乗り出してたずねるルルに、ムーは薄く笑いながら首を振る。


「ううん、らいげき王者って雑誌で『ちやくだんのジャマー』っての描いてる」

「へー。もうかってるの?」

「何でもお金で判断しないの。でも、アニメ化とかもするみたいだよ」

「いいなあ。やっぱり漫画家だったらアニメ化して雪祭りでせつぞうにしてもらわなきゃね!」


 そんな意味の無い会話を繰り広げながら、ルルは床のクッションを背にゴロリところんだ。

 天井には安っぽいけいこうとうり下げられ、白く塗られた天井がその明かりをまんべんなく照り返している。

 古めのアパートとはいえ決して狭くはなく、十畳ていの広い洋室を主体として、や台所もキチンと完備されている。

 しようじき高校生が一人暮らしをするにはぜいたくすぎるとも言えるが、駅から離れているために家賃は五万円程度といったところで落ち着いていた。

 ルル達は洋室で雑談に興じており、ムーはベッドに腰をかけ、ルルはじゆうたんの上をネコのようにゴロゴロと転がっている。


「もう八時か。さすがに暗くなって来たね」


 ムーが何気なく立ち上がり、窓から外のようのぞき見る。

 ルルは床に転がったまま、窓の外に見える星の出始めた空を見て、自分のがそろそろ充足を求めている事に気が付いた。


「ねえ、夕飯どうしよっか」


 何気なく問いかけるが、聞こえていないのか、ムーは静かに外を見たままだ。


「ねえ、ねえったら」

「ん? あ、ごめんごめん。なに?」


 ムーは我に返ったように振り返り、そのまま再びベッドへと腰をかけた。


「もう、あのね、夕飯を……」

刊行シリーズ

世界の中心、針山さん(3)の書影
世界の中心、針山さん(2)の書影
世界の中心、針山さんの書影