思ったんだけど、「誰かに話しているつもりになって書く」っていうのは、つまり、誰に話しているつもりになって書けばいいのかな。
クレリックさんが日記の宿題を出すなんて初めてだし、わたしはそもそも日記を書くのが初めて。多分だけどね。
だから、どんなふうに書いたらいいのか全然わからない。日記って聞いたときには、その日あったことをそのまま並べて書けばいいのかなって思ったんだけど、それじゃだめだってクレリックさんに言われちゃった。自分にしかわからないような書き方をしてはだめで、他の人に見せられるように書きなさいって。「その日あったことを誰かに話しているつもりになって書くといいですよ」ってクレリックさんは言ったけど、そんなのむずかしいし、他の人に見せる日記なんてへんだと思う。おまけに、ノートとエンピツじゃなくて、コンピュータとテキストエディタを使わなくちゃいけなくて、毎日最低5キロバイトも書いて、一週間ごとにデータをまとめてクレリックさんに提出するきまり。もう夜中の十一時半。まだたったこれだけしか書けてないのに。
つまり、わたしの目下の悩み事は三つ。
まず、眠いのを我慢してコンピュータに向かっていなくちゃいけないこと。
次に、それでなくってもキーボードの操作だって危なっかしいこと。
そして最後が、「誰かに話しているつもり」の「誰か」っていうのが誰なのか、よくわかんないこと。
要するに、宿題がちっとも進まないってこと。
あーあ。
なーんて行をかせいでみたりして。
どうにかこうにかここまで書き進めてきたけれど、こんなの日記じゃないってクレリックさんに怒られちゃうかもしれない。でも、「誰かに話しているつもり」の「誰か」が誰なのかを決めないと、書き方も決まらないと思う。だって、その「誰か」っていうのがわたしたちのことを全然知らない人なら、いろんな説明をたくさんしなくちゃいけなくなる。その人はわたしの名前も知らないわけだし、「今日、リーブスさんとトリガー君が発電風車の修理に行きました」っていきなり書いても、何のことか全然わからないだろうし。わたしたちが誰で、どこでどんなふうに暮らしているのかも全部知っている「誰か」が相手なら、そんな説明はひとつもいらない。そっちの方がずっと簡単。でも、それじゃ結局、クレリックさんにだめって言われた「自分にしかわからない書き方」をしてるのと同じになっちゃうような気がする。
うーん。やっぱり、「誰か」っていうのはわたしたちのことを全然知らない誰か、ってことなのかなあ。
うん。
そうしよ。決めた。「誰か」はわたしたちのことを全然知らない誰か。文句はなし。はっきり言わなかったクレリックさんがいけないんだよ。だから今日は、説明しなくちゃいけないことを全部まとめて説明しちゃうことにする。それなら後々悩まずに書けるし、その説明だけで今日の分の5キロバイトの残りが全部埋まっちゃうかもしれないもんね。しめしめ。
んーと。
まず、
わたしは今、自分の部屋でこの日記を書いています。
わたしの部屋は、いつも「家」って呼んでる十階建てのおんぼろビルの十階のかどっこにあって、そのおんぼろビルは、いつも「街」って呼んでる無人の廃虚の東のはずれにあります。指でつついたら倒れちゃいそうなビルがいっぱいあったり、地面がズレてて通り沿いの川が真っ二つに切れていたり、はがれて落ちてきた壁がアスファルトに突き刺さって迷路みたいになっていたりして、なかなか楽しい所です。
わたしはそこで暮らしています。
どうして無人の廃虚なんかで暮らしているのかっていうと、今、そうじゃない街なんてもう多分、地上のどこをどう探しても見つからないから。どうしてそんなことになっちゃったのかっていうと、三十年くらい前に大きな戦争があって、何もかも壊れちゃって、誰も彼も死んじゃったから。みんな死んじゃったのにどうしてわたしは生きてるのかっていうと、うーん、それはむずかしい質問。多分、頑丈な地下シェルターと働き者のコールドスリープ・ヴァットと、それよりも何よりも、ラッキーだったおかげなんだと思う。
そう。わたしは戦争前の生まれで、三十年間ずーっとコールドスリープしてた。
目覚めたのはたったの一年前。
これは、我ながらすごいと思う。ちょっと自慢したい気持ち。コールドスリープ連続三十年っていうのは、ひょっとしたら世界記録なんじゃないかな。でも、そのおかげらしいんだけど、コールドスリープに入る前のことを全然思い出せなくなっちゃった。記憶喪失って言うんだよね、こういうの。三十年もかちかちに凍っていたせいで、脳ミソがしもやけになっちゃったのかもしれない。
そんなわけで、わたしは外見も中身も推定年齢十三歳なんだけど、考え方によっては一歳の赤ちゃんってことになるのかもしれないし、四十代のおばさんってことになるのかもしれない。
ついでに勢いで書いちゃうけど、こんなことあんまり書きたくないけれど、そんなことないと思うんだけど、ひょっとすると、ほんとにひょっとするとだけど、わたしは、地球で最後の人間の生き残りかもしれない。
さて、ここからが大事なところ。記憶喪失で推定年齢十三歳で、人類最後の生き残りかもしれないわたしが、無人の廃虚でひとりぼっちで寂しくて寂しくて死んじゃったりしないのはなぜかっていうと。
わたしには、五人のロボットさんたちがいるからです。
すごく真面目で感激屋さんでちょっと心配症のスパイク君。
女性型戦闘用口ボットのアンジェラさん。
とっても物知りクレリックさん。
大きな身体と女言葉がミスマッチなリーブスさん。
利かん坊で鉄砲マニアのトリガー君。
そもそも、地下シェルターのヴァットの中で冷凍人間してたわたしを見つけてくれたのも、レンジでチンして復活させてくれたのも、この五人のロボットさんたち。シェルターが戦争でやられちゃったりしなかったことも、ヴァットが三十年間故障しなかったこともラッキーだったけど、それよりもずうっとラッキーだったのは、みんながわたしを見つけてくれたこと。もし、みんながわたしを見つけてくれていなかったら、わたしは今でも冷凍人間で、これから先もずーっとずーっとず────っと冷凍人間で、ず────っと冷凍人間のまま、結局いつかは死んじゃう運命だったんだもんね。
みんなのおかげ。みんながいなかったら、わたしは今ここにはいない。
スパイク君はわたしの身の回りのことを色々してくれたりするし、アンジェラさんはいざっていうときにとっても頼りになるし、何でも知ってるクレリックさんはわたしの先生だし、リーブスさんは何だか大人の雰囲気で色々相談に乗ってくれるし、困った君のトリガー君は丸まっちくてかわいいし。
以上が、わたしが寂しくて死んじゃったりしない理由。
説明終わり。さーて5キロ埋まったっと。今日はここまで。
うそ。
ここまで書いたのを読み返してみたんだけど、大事なことを説明し忘れてた。
わたしの名前は、ハルカです。
今度こそ本当に今日の分は終わり。明日からは、もうちょっとちゃんとした日記を書きます。
[ S.T.E.SUWABE Document# 1 --- 5,892 bytes(01:52 2055/02/13)EOF>>>S&C ]
手首からトランスポンダーを外すと、ベルトに隠れていた部分が日に焼け残って白かった。日に焼けたところと味が違うかもしれないと思ってちょっとなめてみる。どっちも汗の味しかしない。
白線の消え果てたヒビだらけのアスファルト。ぐにゃぐにゃに曲がったフェンス。塗料がすっかりはげ落ちて真っ赤に錆びたゴールポスト。
家から西に300メートル。いつもローラーブレードの練習をするバスケットコート。