○0章 ②

「すべては順調に進んでいるとも! 305号室に巣くっていた想念体は、ほれこの通り、我々の尽力によりたたき出した! 後はとっととぼくめつするのみだ! 安心して大船に乗っておいてくれたまえ!」


 そう叫んでいるのは、この学園内で妖怪退治みたいなことをしている顔見知りの二年生、みやだ。いつ見ても制服の上から白衣を着込み、せた仏像みたいな顔に会心の笑みを張りつけている。今もそうだった。僕は宮野のツラをしばらく見つめ、それからふよふよと滞空する物体に視線を移した。


「これのどこが順調なのさ。完全に実体化してるじゃないか。しかもあの廊下に転がっているドアは何だよ? ばくはつ物でも使用したのか? だれが修理すると思っているのだ。僕がするつもりもないが修理しろと誰かに言わなくてはならないのは僕なんだぞ」

「そうか、キミには思いっきり兄思いの妹ぎみいているのだったな。そうだった。うむ、つまり、」


 話を聞いていないらしい。

 僕は、びっしりと生えたトゲの先から紫色の火花をバチバチ上げ始めた物体に目を据えたまましみじみと言った。


「さっさとどうにかしてくれよ」

「本来ならいこいのひとときとなるはずの夕食後の時間帯、一日で最も貴重かもしれないこの時間におさわがせしてしまい、申しわけございません」


 今学期から宮野とよく組んで学園中を走り回っている一年女子、頭から足先まで黒ずくめの少女が優雅に腰を折った。つややかな長い黒髪が上半身の後を追ってハラリとなびく。

 葬式帰りのような格好のこうみようは、めいりような声でのたまった。


「何から何まで班長の責任です。わたくしは与えられた役割をしっかりとこなしておりましたわ。すべてはこのイカレ頭が悪いのです。わたくしがかんぺきな手際でその邪念の塊を部屋から追い立てましたのに、このトサカ頭ときたら満足にかくもできないんですの。それどころかワザと逃がして状況を悪化させているフシすらありますわ。まあ、なんてヤツでしょう。バカじゃないかと思いますわね。いえ、はっきり言いましょう、バカです。なぜそんなバカの代わりにわたくしがしやざいせねばならないのか、つくづくこの世の不条理を実感しますわ。ええ、まったくもって不条理です。と言うわけでさっきのおびの言葉はてつかいさせていただきます」

「何を言うとるのかねくん。キミの言うイカレ頭がだれを指すのかは知らんが、大した被害も出さないうちに消滅させてしまうのもびんであろうが? 第一、それでは私がちっともおもしろくない。ここは一つ、にバーンと」

「ああアホくさい。なんでまたこんなのを我がたいはんの班長としていただかねばならないのか、わたくし疑問でなりません。たかさきさま、いかが思われます?」


 黒い影のような浮遊物体がにじむようにしんどうし、前触れもなく再び僕に向かってきた。

 僕がけるより先に、そいつは先ほどと同様、激突の寸前でにじ色の火花を散らせて元の位置へはじかれる。

 僕に半ば重なるようにはるの小柄な身体からだが浮かび上がり、

《だーめ》


 僕へのこうげきはすべて春奈が張り巡らせた不可視しようへきが無効化してくれる。春奈のEMP能力はこの学園でも最強レベルだった。


「いかがも何もないね」と僕。「いいから、早く片づけてくれよ、頼むからさ」

「茉衣子くん、私はかなしいぞ。初めて対魔班に配属されてきたとき初々しくほおを染めながらよろしくごどうお願いしますと頭を下げたあの茉衣子くんはどこに行ったのかね。うむ? ひょっとしたらキミは偽物だな? おのれ偽物、あのころの純粋な茉衣子くんを返したまえ!」

「過去のわたくしはしょせん過去、過去の集積物たる現在こそが真実のわたくしなのです。それに安易に下の名で呼ばないでください。れ馴れしい」

「最初にキミが言ったのだぞ。名字より気に入ってるのでこちらの名で呼んで欲しいとな!」

「撤回させていただきます。今すぐ撤回します。ええ、撤回しました、たった今」

「ではこうみようくん」


 素直にみやは応じた。


「前から言おうと思ってその都度忘れていたのだが、キミには目上の人間に対する尊崇の念というものはないのかね」

「ここは笑うとこですの? 誰が誰を尊崇するですって? わたくし、こらえ切れませんわ。失礼して、笑わせていただきます」


 ほほほ、と口元を手でおおって茉衣子は軽やかに笑い声を上げる。

 これだけさわいでいるのに僕以外の誰一人として戸を開けて状況を確認しようとしない。けんめいだ。出てきたら確実に巻き込まれる。


「ううむ、そう言えばキミは《ようげき》だったな。私の《こくだん》とはたいてんきゆうてきだ。相互理解の不全には互いに所属する組織的思想の違いが根底に横たわっているのかもしれん。あんなろんな部活からは即刻脱退し私の団に加わりたまえ。今なら私が手ずから参入の儀式を施してやるというサービス付きだぞ」

「お断り申し上げます。大天使召喚に失敗して校庭に全長二十メートルの塩の塊を落っことすようなインチキじゆつ結社などに、だれが入るというのです?」

「なんなら私の書いたひつせいの大作『偉大なるヘルメス魔術のせきと軌跡』全三巻を特典として付けてもいいのだが」

「漬け物石代わりにならもらって差し上げてもよいですわ」


 にらみ合う二人を眺めて僕は首を振った。


「だいたいそうだろうと思ってたけど、あのでかい岩塩の原因はそれか。あれはあれで邪魔だから何とかして欲しいね。こいつを片づけてから」

「お間違えなくたかさきさま。わたくしは班長が個人的に主宰する邪悪な黒魔術師集団などに属してなど決しておりませんので。責任のベクトルの先が全部このトンチキ頭の方を向いていることをどうかご理解くださいませ」

わかったよ」


 僕はうなずいた。みやがアホであることは周知の事実だ。


「では」とひじで宮野のわきばらを突いた。宮野はいかにも残念そうかつたいそうに両手を広げ、


「あー、ふつの方法だが、何がいいと思うかね。ラテン語のじゆを長々と唱えつつ退去を祈願するか、それとも古代ヘブライ語を用いてろくぼう魔法陣を形成するか、私個人のしゆとしてはだな」

「十秒で終わらせてくれ。余計な演出は入れなくていい」


 宮野は何やら不平不満をつぶやきながら廊下の床、ウニの化け物が落とす影のあたりをぎようした。

 スズメバチの羽音のような耳障りな効果音が聞こえたかと思った次のしゆんかん、宮野の視線の先に暗い光としか形容しようのないブラックライトが発生して床をう。宙で揺れるようぶつの影をみ込むように、光ともやみともつかない描線が通路に完全な円をなついんした。

 宮野の目がいそがしく動き、動くたびに円の内部に奇怪な記号と二つの同心円、そして五芒星が生み出される。

 巨ウニが何かを察知したように身じろぎしたせつ、魔法円から闇をこごらせたような幾条ものくさりが出現し、たちまちに絡め取った。


「説明しよう。その暗黒の鎖はめいかいにおいてケルベロスをつなぎ止めているということになっている地獄製のてつなのだ。本当はそんなものは無いのかもしれないが私がそう決めたのだ。妄念が結実した貴様のいましめとなるにはいささかもつたいないものを呼び出したかもしれぬが、いや何、お釣りをせいきゆうする気はないので気にせんでもよい」

刊行シリーズ

学校を出よう!(6) VAMPIRE SYNDROMEの書影
学校を出よう!(5) NOT DEAD OR NOT ALIVEの書影
学校を出よう!(4) Final Destinationの書影
学校を出よう!(3) The Laughing Bootlegの書影
学校を出よう!(2) I-My-Meの書影
学校を出よう!Escape from The Schoolの書影