○0章 ③

 ぎちぎちと全身に電流のようなこうをまとって暴れる想念体だが、宮野のじゆばくじんも揺るがない。


「初めからこうしておけばよかったのですわ。変に実体化を誘発するから、わたくしまで高崎さまに同じ穴に住むたぬきとムジナを見るような目を向けられるのです」


 黒衣のそでひるがえしては左手の小指と薬指以外の指を立てて、口元に持っていく。手の甲側からふっと息を吹くと、人差し指の上に蛍火のような光球が現れた。茉衣子が吐息を吹きかけるたびに光はさらに青白くかがやき、九度目の息でピンポン球大となる。


「消えるがよいですわ」


 茉衣子はボールをとうてきする要領で手首を返し、光球はばくのいましめを受けて動けないでいる浮遊体へと一直線に飛び、吸い込まれるように激突し、そして、

 大おんきようとともに四散ばくはつした。

 爆風が茉衣子の腰まで届く黒髪を盛大に乱し、みやにたたらを踏ませる。しかしだんまつのようなしようげきも、辺り一面に吹き荒れた大気のかくはんも、僕の身体からだに届く前にはじかれるか、湾曲して後方へ流れていく。


「ありがとさん」


《うふふ》


 内耳の奥で誇るような笑みが生じる。

 宮野が何か言ってる。


りようちよう殿、これで万事解決だ。別の部屋に退たいしていた学生たちにも言っておいてくれたまえ。もはや二度とかん、息切れ、体力減退、だれかに見張られているようなはいが原因の精神疲労、などの諸症状から解放されること対魔班班長たる私の折り紙付きだとな!」


 怪物の消滅とともに魔法円もくさりも蛍火も消えている。後に残されたものはかべと床を汚している木炭のような焦げ跡と、もうもうと舞う大量のほこりだけである。雪のように降り注ぐ埃の粒子が肩や髪に舞い降りる。


「うむ、なるほど。やつが実体化に使用していたのはやはり305号室に積もり積もっていたちりあくたであったか。いや、だんの定期的な掃除がいかに大切かを物語るエピソードではないかな? 茉衣子くん、キミの部屋は大丈夫かね」


 こうみようです、と茉衣子は唇をとがらせて、


「幸い同室のかたがちようめんな性格の持ち主ですの。それはともかく、清掃の重要性をおっしゃるなら、ゴミめのようになっている対魔班詰所の衛生状態をどうにかしていただきたいと思いますわ。あそこはどこからどう見ても魔界です」

「キミがやればいいだろう」

「なぜです?」

「知るものか」


 二人が何か言ってる間に僕は部屋に引っ込むと、ほうきとちり取りを持って取って返した。僕が手にする清掃道具をめざとく見つけた宮野は大仰に両手を広げ、


「すまないな、後かたづけを任せてしまって! なあに、ちょいと床に焦げ焦げと見渡す限りのほこりの層をこさえたくらい、小一時間ほど根を詰めて掃き清めればれいさっぱりだろう! では我々はこれで!」

「待てよ」


 僕はみやの首根っこをひっつかむ。


「これをどうにかしてから帰ってくれ」

「なぜかね?」

「不思議そうな顔をするな。僕は305のあくりよう退治は依頼したが、りようの廊下を汚せと言った覚えはないぞ」

「私も聞いた覚えはないな」

「まあ、たかさきさま。髪にちりがついていますわ」


 作り物のような笑みを浮かべてがすすっと僕の横に張りついた。アーモンド型のひとみが深いやみ色をたたえてこちらを見つめる。あでやかな笑みを向けられて、僕はわけもなくぞっとした。


「じっとしてらして。いて差し上げますので」


 桃色の唇をようえんり上げてスカートのポケットからハンカチを出し、僕の頭に触れようとしたしゆんかんに、


「あち!」


 茉衣子の手の中のハンカチが燃え上がった。反射的に手を離す。木綿もめんの布は床に落ちる前に一つかみの灰へと変じた。

 振り向くと、半透明のはるが怒ったような顔を作り、黒きじよにらんでいた。


「わたくしとしたことが。忘れておりましたわ。高崎さまにほかの女は近づけないのでしたね。おお怖いこと」


 眼光するどく、茉衣子は僕と春奈をいちべつ


「ではごきげんよう」


 みやびいちゆうして、そのまま髪をことさらになびかせて背を向けた。


「待ちたまえ、茉衣子くん。キミが帰ってしまったらここの掃除はだれがするのかね?」

こうみようです」


 と、それだけ言って後ろを見ずに片手を振った。ふんぜんと。一直線に伸びた後ろ姿はいっさいの応答を拒否しているようで僕は声をかけそびれ、まあいいかここ男子寮だしと思い直して、立ちつくす宮野のえりもとをつかんで引き寄せ言った。


「お前がするんだよ」



 この学校にいる生徒は誰もが余分な力を持っている。能力のはつに何かを介したり手続きが必要であったりなかったり地味だったりだったり、それぞれの生徒によって千差万別だが、全部ひっくるめてEMP能力と呼ばれている。

 十代の初めで突如発現し、十年とたずに消失するこの世ならざる能力。人口比率から言って微々たる数の子供しか「発症」しない理由、日本にしか存在しない理由、能力者たちを集めて調べても何の共通性もなくまったくのランダムに発現するとしか思えない理由、そもそもそんな物理法則を無視した力がどこからどうやってき出してくるのか、EMP能力にまつわるあらゆるなぞは最初の一人が登場して以来三十年近くった今でも解明されていない。

 ちなみにEMP学園は中等部から大学部までしかない。よって中学以下で能力を発現させた子供たちは、よほどのことがない限り小学卒業までは親元にとどまり、その後現在三つあるうちのどこかのEMP学園に入学することになる。僕も一つ下のわかも自宅近所の小学校から巣立つや否や遠く離れたこの学園に放り込まれた。

 生徒たちが「超能力者」とか「じゆつ」とかいうだけならまだしも、この学校には色んな物が出る。さっきのウニモドキもその一つだ。EMP能力者が集まっているとお互いの能力にえいきようを及ぼし合って無意識のうちにたいの知れないモノを生み出すというメカニズムだそうだ。おおかたにおいてそいつらは人間に対し悪意に満ちた行動を取るのが常だった。

 そうやって出現した得体の知れないモノ、想念体とかようじゆうとかじやれいとか時には悪魔とも呼ばれるそいつらを退治するのが、生徒自治会保安部対魔班、という大層な名称を持つ部署で、みやはその一員である。



 結果から言うと、廊下掃除はごく短い時間で完了した。

 それまで硬く扉を閉ざしていたりようせいたちが一様に顔を青ざめさせて用具片手に三々五々、集合してくれたことによる。一様に彼らは部屋のかべからはるが出現し怖い顔で見つめるのでいたたまれなくなって出てきたと証言し、僕の背後をおびえた目でうかがいながら率先してほうきを使ってくれた。

 みんなとともにちりやらほこりやらを片付け自室に戻った僕の手元にカップとポットと紅茶パックが空中を飛んできて勝手にお湯を注ぎ始め、その後を数個の角砂糖が追って来た。

 別に飲みたくもなかったが、飲まないと機嫌を悪くした春奈がどんな悪さをするのか知れたものではない。


「まあ何だ、便利なものだな。茉衣子くんもこれくらい気が利けばよいのだが。で、春奈くん、私のぶんのお茶はどこにあるのかね」


 さり気なく掃除の集団から逃れていた宮野が部屋の真ん中でふんぞりかえっていた。

刊行シリーズ

学校を出よう!(6) VAMPIRE SYNDROMEの書影
学校を出よう!(5) NOT DEAD OR NOT ALIVEの書影
学校を出よう!(4) Final Destinationの書影
学校を出よう!(3) The Laughing Bootlegの書影
学校を出よう!(2) I-My-Meの書影
学校を出よう!Escape from The Schoolの書影