○二章 ①



 生徒自治会長室は四階、高等部学舎の最上階にある。このフロアはほかに会議室だのたいはん詰め所などがひしめいて、学業のための教室は入っていない。よっていつもひとがなく、この階は第三EMPの中でも特に異質な雰囲気が漂っている。この辺りをうろついている生徒は大概において普通の連中ではないからだ。僕だってめつにここまで来ることはなく、ましてや会長室なんざ初めて来る。

 それにしても校長室もないのに生徒会長室がある学校もどうかしていると言わざるを得ない。

 階段を上り終え、左右を確認して会長室のプレートを目視、左折。リノリウムの通路を歩いていると、廊下の窓から中庭の芝生を小走りで横切って行くみやの白黒コンビが目に入った。

 宮野は白衣のすそをはためかせながら悪仏顔でロボット走り、その後ろを仏頂面の黒衣娘がついて行く。

 いそがしいやつらだ。

 想念体退治をしゆとしてやっているに違いないみやはいいだろうが、どう見ても班長と折り合いの悪そうなが嫌々のように付き従っている様子は、まあ意外といいコンビかもしれない。だれあいかたにしても精神疲労させるだけの男だから、あれくらい強固な自我を持っている女がちょうどいいのだ。

 無責任なことを考えつつ僕は歩を進めて、通路の最も奥まった場所に位置する会長室に辿たどり着くと、無愛想な四角のドアをノックした。


「は~いよっと開いてまうっす」


 ふざけた調子の女の声が答えた。こいつもまたあまり顔を合わせたくなるようなやつではない。どうして僕の周りにはそんな奴らしかいないのか、人生の不条理さをみしめながら妙に頑丈な木製のドアを開ける。たんにむっとする草いきれの香りがあふれ出した。

 入り口から奥の窓際まで、足の踏み場もないほどの鉢植えがデタラメな配置で並んでおり、青々した葉を茂らせている。花の名前には詳しくないのでどれが何かはさっぱりわからないが、応接セットのガラステーブルの上に置いてある肉厚の葉っぱがゴムの木のものであることだけは見て取れた。

 室内でよくこれだけ育つものだ。と言うより、なぜ生徒会長室が植物園化しているんだ?

 部屋に入って正面奥、し込むガラス窓の手前に、生徒自治会長とぼくこんあざやかに書かれたさんかくすいが載せられているごうしやな机がこちらを向いていたが、そこにはだれも座っていない。


「へい、ユキちゃん、こっちっす」


 観葉植物の群れに囲まれた部屋中央、来客用ソファから手が伸びておいでおいでをする。

 室内にはびこる枝葉をかき分けて進むと、しまことが二人がけの革張りソファにひざを組み、寝ころんで腕を上げていた。

 長く豊かなポニーテールをまくらわりに、僕とそう変わらない、女にしては長身の身体からだを投げ出している制服姿。知恵をつけた猫じみた笑い顔。宮野が悪い仏像なら、こっちは悪い女神の彫刻だ。ギリシャ神話の女神を当たれば一人くらいこんな顔をしたやつがいそうである。


「まあ適当にくつろいでおくれよし」


 くつろぎすぎの姿勢で、真琴はニヤリと不気味な笑みを作った。袋小路にネズミを追い込んだ猫ならこんなふうに笑うかもしれない。ガラステーブルとゴムの木を挟んだ対面に僕は腰を降ろした。


「会長はどこだ? それより、なぜ僕を呼び付けるのか、まずそれを教えてくれ」


 真琴はものげに身体を起こして立ち上がり、よいせっと言いながらテーブル上の鉢植えを床に降ろして座り直し、いつも何かをたくらんでいるような顔に猫の寝顔みたいな笑いを浮かべて、


「昨日のことはあたしのミステイクだったわね。宮野のアホにメッセンジャーが務まると考えたあたしがバカだったってことよ。やぁ、ごめんごめん。気にしないでいいわよん、ユキちゃん」

「ヨシユキだ」


 訂正してから、僕はけんを寄せた。みやは会長に頼まれたと言ってなかったか? なぜこいつがあやまる。

 僕が何か言う前に、ことが口を開いた。


「どうでもいいっしょ、んなの」


 思わず舌打ちしそうになった。ちくしょう、また思考を読まれた。


「読んでないわよ」と平然と真琴は続ける。「それくらいあんたの顔見ればわかるわけ。わざわざ読心感応能力を使うまでもなく、人間って案外解りやすい生き物よ」


 うそつけ。初対面の時「あたし、テレパスだから」と胸を反らして正体を明かし、「だからあたしの前で変な考え事しないほうがいいわよ」と嫌な笑いをよこしたのはどこのどいつだ。


「それはあたし」


 と真琴は言った。これで心を読んでいないのだとしたら大した名探偵だ。


「まあいいじゃんよ」


 のどの奥をクククと鳴らし、真琴は長い脚を見せつけるようにゆっくりと組み替えた。

 試しに僕は頭の中で真琴の服を一枚ずつ脱がしてやることにした。ブレザーをぎ取ってスカートを脱がせタイとブラウスを引っぺがす。さて上と下のどちらを先に外そうかと考えながら、目の前でニヤつく真琴の顔を観察してみる。

 顔色一つ変えやしない。


「あのさぁ」と真琴。「信じないかもしれないけど、ほんとにあたし、今あんたの心なんか読んでないからね。ゲスな妄想をのぞき込んで楽しむほどあたしもあくしゆじゃないわけ。んんん、まああんたのそのヒネくれた精神波は嫌いじゃないけどね。一番好ましいのは、わかちゃんかしら。あの子には精神の裏表がないから、言ってることと考えてることがイコールなわけね。いっそすがすがしいわ」


 真琴は自分に感応能力があることをつねごろから公言して歩き、他人の精神を読み取ってはそれを隠すことなくからかいの対象にしたりする。テレパスであることを後で知られて離れられるよりは、最初から近づいてくれないほうがいいとでも言うように。だとしたらこいつはこいつで気の毒なやつだ。


「それにここだけの話、あんたの頭の中身は読み取りにくいわけ。後ろの背後れいさんがじやして色々精神防御してくるからね。ま、あたしほどの上級者から見れば、全然車の通らないド田舎いなかの横断歩道を赤信号無視で渡るくらいの手間でしかないけど、急ぐわけでもないし、無理して渡る必要もないわけ。道の向こうでおじいさんでも倒れていれば駆けつけるけどさ」

「……何の用だ」

「用? 用ね。そりゃ用があるから呼んだんだけど、ところであんたコーヒー飲む? あたし、ここを訪れるお客には必ずコーヒーを入れることにしてるのね」


 くれるというのならもらう。まさか毒が入っているわけでもあるまい。

 ことついたての向こうにひょいと姿を隠すと、しばらくして耐熱ガラス製のコーヒーポットと無骨なカップを持ってきて、どぼとぼといで僕に渡した。砂糖も何もない、そのまま飲めと言うことらしい。

 飲んでみた。毒でも入っているのではないかと勘ぐりたくなった。コーヒーにたいした泥水ではないのか、これは。


「泥水みたいでしょ」


 立ったまま僕の表情を観察していた真琴もそう言った。


「コーヒーサーバの調子が良くなくてね。ずっとこんなのしか出てこないわけよ。会長には新品を買い直すように言ってるんだけど、後回し後回しで、なかなかね。だからあたしは買い換えの必要性を知らしめるために、お客には泥水コーヒーを振る舞い続けるわけ。どう、まずいでしょう」


 僕はコーヒーモドキで満ちたカップをテーブルに置いた。はるの入れる糖分過多な紅茶の味がなつかしく感じられる。その春奈は、この部屋に来てから妙に大人おとなしい。

 ははん、と意地悪く笑いつつ、真琴は肩をぶつけるようにして僕のとなりへと座った。

 こうして真琴が身体からだをくっつけてきても姿を現さないし、そうれい現象も発生しない。


「そう言えば、あんたはしばらく一人部屋なんだったわよね。ふーん、よいわねえ、これで気兼ねなく部屋にこもってかわゆい妹とじゃれあえるってわけね。ふふ、あやかりたいあやかりたい。……スケベ野郎」

刊行シリーズ

学校を出よう!(6) VAMPIRE SYNDROMEの書影
学校を出よう!(5) NOT DEAD OR NOT ALIVEの書影
学校を出よう!(4) Final Destinationの書影
学校を出よう!(3) The Laughing Bootlegの書影
学校を出よう!(2) I-My-Meの書影
学校を出よう!Escape from The Schoolの書影