「わあ、びっくり」
棒立ちした姿勢をまったく崩さず、若菜はおっとりと己の感情を述べた。
双子だけあって春奈と彼女は似たような力を持っている。物理的にも精神的にも最強の不可視シールドを自分の周囲に張り巡らせる能力。防御力なら春奈より上だろう。ただしまるっきり攻撃には使えず、これはひょっとしたら性格的なものかもしれない。
何にせよ、僕の双子の妹にはどのような攻撃も無効であるのは変わりないので心配することもないのだが、死神野郎もけっこうしつこい奴のようだ、今度は僕に刃先を向けやがった。
《なにこいつ》
ぼやっとした春奈の腕が僕の首に絡みつく。
《どっかいっちゃえ》
春奈の掌に燐光が芽生えた瞬間、鎌を振り上げた体勢のまま死神の影法師はえらい勢いで後方にすっとんだ。まるで十トントラックと正面衝突したような案配だ。天井と言わず床と言わずバンバンぶち当たりながら影が跳ね、ちょうど廊下の真ん中、渡り廊下と直行するあたりでようやく停止、寝ていればいいものをまたフラリと立ち上がり、
「ああうっとうしい」
横から飛んで来た無数の蛍火が身体の半分に次々と炸裂、死神は無言の舞踏を披露するように踊り狂い、しかるのちに爆発した。
空中に墨汁をぶちまけたような断片がバラバラにされたジグソーパズルのごとく散っていき、溶けるように消えていく。
渡り廊下の角から黒衣の少女がひょっこりと顔を覗かせた。宮野の相方、光明寺茉衣子の白面の顔。
「これはこれは高崎さま一族そろい踏みではありませんか。急いで片づける必要はなかったかもしれませんわね。なにせあなた方ときたら、もう腹立たしくなるくらい無敵なのですもの。まったく張り合いがないときたらありませんわ。おまけに兄は朴念仁で妹は嫉妬深い幽霊と茫洋たる天然娘と二種類、ええ、あなた方を見ていると無性に腹部がよじれるような気がするのはなぜなのでしょうか」
腰に片手をあてがい、ポーズを取るような姿勢で優美な容貌を笑みに形作っている。その挑みかかる印象の唇に対抗するつもりか、僕の横の春奈も攻撃的な形に口を変化させた。
「茉衣子ちゃん、ありがとう」
にこやかに若菜は茉衣子の手を取ってぶんぶんと振った。
「格好いいなあ茉衣子ちゃんは、いつもこうやってあの変なのをやっつけてるんだよねすごいなあ、すごいすごい」
「こ、このくらい何でもないことですわ。あなたに賞賛されてもちっとも面白くありません」
なぜかたじろぎながら茉衣子は若菜の手を振りほどき、そしてこれまたなぜか僕をジロリと見やってから決まり文句。
「ではごきげんよう」
言い残して立ち去った。長い黒髪が廊下の角で振られて、すぐに引っ込む。去り際だけはやけに決まっている奴だ。
「うーん……つれないなあ茉衣子ちゃん。毎月頭を切らせてあげてるのにぃ。あっ、兄さん。あたし次の授業真面目に出ないとちょっと単位苦しいの。じゃあ、またね」
あちこち斜めになった髪の毛をふりふり、若菜はとことこと退場。正直ホッとして僕は教室に戻りかけ、それから思い出した。
生徒会長室だったか?