第3話 だましてるみたいだぞ!? ①

 ──半年前。四月のちゆうじゆん

 空き教室で行われた、その年初の図書委員会合で。


「──はじめまして」


 水曜担当に任命された俺は、同じ曜日になった一年生女子のとなりこしけた。


「君が……さんだよね?」


 となりの女子──さんは。

 読んでいた文庫本に目を落としたままそっけなく答える。


「はい、そうです」


 ふんふん。どうやら、あんまりあいのいいタイプではないっぽいな。

 さりげなく、その姿をながめた。

 短めに切られたかみ。きゅっと閉じたくちびる

 読んでいる本は純文学みたいだし、なんとなく内向きな性格の予感がするかも。

 いかにも図書室にいそうなタイプ。文学少女ってやつかもしれない。

 けど……よく見ると、それだけじゃないふんだ。

 制服の下にはフーディを着込んでいるし、かみがたもシンプルながらなんとなくおしや

 目元や口元にはうすくメイクしてるみたいだし……顔立ちだって、かなり整っている。


「同じ水曜担当になった、二年生の長谷川はせがわそういちです。よろしくね」

「……さき、一年生です。よろしくお願いします」


 相変わらず、こちらを見ることもないままのさん。

 ……ああ、もしかしてきんちようしてるのもあるのか?

 まだ入学から日もってないし、相手は年上の男子だしなあ……。

 そして……そのときふいに実感がいた。

 俺は──この子の『せんぱい』なんだと。

 去年までは一年生で、周りを見れば年上ばかりだったけれど……。現在俺は二年生。つまりこのさんに色々教えたりフォローしたりする立場なわけだ。

 困ったり不安に思うところがあれば、助けてあげなくちゃいけない──。

 ……なんか、なぞの使命感がいてきたぞ!

 よし、そうなれば、まずはもう少しリラックスしてもらうところからだ。

 そんなに大変な仕事でもないし、せっかくだから気楽にやってもらいたい!


「俺、去年も図書委員やってて、作業は一通り知ってるからさ。わかんないことあったら聞いてよ」

「ええ、ありがとうございます」


 もう一度うなずき、さんは手に持った文庫本のページをめくる。


「……本、好きなんだね」

「……そうですね」

「助かるよー、そういう人が来てくれるの」


 一気に心強い気分になって、俺はそう続けた。


「俺、小説のこと全然くわしくないからさあ……」


 ──なぜだろう、なんだかうまくいく予感がした。

 俺とこの子は、きっと図書委員同士としていいコンビになれる。

 こんきよも理由もなにもない、ただの直感。

 むしろ──現実にはさんはそっけないままだ。

 まだ一度も俺の方を見ていないし、口調だって固い。

 俺に心を許していないのはあきらかだろう。

 けど、なぜか確信があった。この一年は、きっと楽しいものになる──。

 と──さんが顔を上げ、こっちを見る。

 切れ長の目が、まっすぐ俺の顔に向く。

 読んでいた本の雰囲気そのままの、深みをたたえたとうめいひとみ

 ──そこから、彼女がなにを言ったかだとか、どんな話をしたのかはよく覚えていない。

 適当な雑談をした気もするし、仕事のことを話した気もする。ほとんど話をしなかったような気もする。

 けれど、俺はそのときの表情を。

 まっすぐ俺に向けられた顔を、今でもはっきり覚えていた──。


 ──それが、そっけなくてあいの悪いこうはいさきと。

 適当でへいぼんせんぱい長谷川はせがわそういちの、不思議なコンビ誕生のしゆんかんだった。


       *


「──あれから、もう半年か……」


 水曜日。日付の変わる少し前。

 自室でてろてろギターをきながら、俺はに出会った日のことを思い出していた。

 図書室での会話と、そのときのの表情。

 ……確かに、なんか予感はあったんだ。

 この子とは特別な仲になれそうな、不思議な予感。

 実際は、あの日以降もしばらくは俺のことをけいかいしていた。

 ほとんど顔を見られることもなかったし、向こうから声をかけてくることもなかった。

 それでも、予感は俺の中で消えなかったし、結果としてこうして仲良くなったわけだ。

 とはいえ、


「まさか、こんな風になるとは思わなかったな。あいつの配信、ぐうぜん見つけて……しかも、その中で俺のこと……うおお……」


 予想外だ。それは完全に予想外だ。

 俺はただ、れんあいうんぬんじゃなくていい図書委員コンビになれるんじゃないかと……。

 おたがいの苦手分野をフォローし合ったり、楽しく話したりできるようになるんじゃないかと思っただけで……。

 ……これ俺、どうすればいいんだろうな?


「……はぁ」


 思わず、ため息もれてしまう。

 このじようきようで、どういう身のかたするのが正解なんだろう……。

 考えるうちに、時刻は午前〇時に近づく。


「そろそろ始まる時間だ。もうわくできてるかな……」


 ギターを置きスマホをタップし、俺はの配信を探し始める。

 と、同時に部屋のドアがノックされ、


「──お兄、送ってくれたワンコーラスいたよー。入っていいー?」

「……おう、いいよ」


 答え切る前に、とびらが開きがやってくる。


「やーよかったよ。今までで一番好きかも」


 どうやら、本当に今ファイルをいてくれたところだったらしい。

 テンションが上がっているのか、はなんだか歌うような口調だ。


「で、仮歌るのは土日でいい?」

「そうしよう。歌詞はいつも通り、が好きに書いてくれていいよ」

「りょうかーい」


 と、彼女は俺のスマホにちらりと目をやり、


「……って、お兄今週も例の配信くの?」

「ああ、うん。なんか気になるし……」


 なんとなく、画面をかくしながらもごもごとに答えた。


ぬすきみたいで、申し訳ないけど……」


 ……本当は、そういうのはよくないのかもしれない。

 本人も、かれたくないだろうし、こっちだっていたところでどうにもできないし。

 でも、やっぱり気になる。気になってしまう。

 そのゆうわくに逆らえるほど、俺は意志が強くはなかった。

 ただ、が気になったのは他のポイントだったようで、


「ふうん、気になるねえ……」


 と、意味ありげなみでこちらをのぞむ。


「なんだよ」

「今回の曲、なーんか今までよりロマンチックだなーと思ったけど……。なるほど、そういうことかあ……」

「……べ、別にそうじゃねえよ!」


 思わぬ誤解に、大声が出た。

 こいつ……なにかんちがいしてるんだよ! 別にそこ、全然つながってねえよ!

 けれど、は反省する様子を一ミリも見せず、


「ふふふ、お兄も思春期ってことだね……」


 うれしげに口元に手を当て、そそそそ、と部屋を出て行く。


「じゃ、そんだけだから! おやすみー!」


 バタンと閉じられるとびら

 消化不良のまま、部屋に一人取り残された俺……。


「……なんなんだよ、あいつ。別にそんな、曲には関係ねえのに」


 なんでそんな、すべてをれんあいに結びつけたがるんだよ。女子中学生かよ……(正解)。

 しかも、こういうときだけあし早いんだよなあ……。

 明日顔合わせたら、そういうことじゃないってみっちり説明してやらねえと……。

 ──なんて、そんなことを考えているうちに、


「……あ、やべ、配信始まってる!」


 気付けば時計は十二時を回っていた。

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恋は夜空をわたって2の書影
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