2 Split Game ⑤

「ここから出るには、カードのイエスボタンを押して、プレイヤーの過半数を確保することです。ボタンを押したプレイヤーが過半数となった時点で、ドアが一回だけどうします。ボタンを押せるのは一回だけです。取り消しはできません。上手うまくプレイヤー要素を分配して扉を作動させなければ、トランクの中のお金はぼつしゆうされてしまいます──って言っていたような気がする」


 舞は言ってから、ひざを抱えて目を閉じた。福原はきようたんした。この状況での記憶の正確さは、子供にしてはようだった。ほかの十人も不思議そうに舞を見つめていたが、すぐに議論を再開させた。


「確かにそんな感じだった」


 田中がうなずいた。


「上手く脱出すれば、トランクの金がもらえるってことだよな」


 周囲の人間がうなずきあっている。恐怖と希望。そんな二つの要素がこの場所で揺らいでいる。

 福原は思った。まるで人間の感情をもてあそぶかのような状況設定だ。そんな人間の感情を玩具オモチヤにしたゲームだというのか。何か妙だった。

 それでも、福原はこうを回転させ続けた。まずはこの状況からの脱出が先決だ。


「プレイヤー要素の分配か……」


 人数ではないのだ。人間をるわけにはいかないからだ。だとしたら、他に分配するべき要素が存在することになる。


「とにかく出るべきじゃないの? スイッチを入れてここから出ることが一番よ。なんかこわいもの」


 カオルが言った。


「みんなで同じターンテーブルに乗って脱出しようか。乗らなくても回転と同時に扉を抜ければ……」


 田中がカオルの意見を受けて言った。

 しかし、すぐに反対意見が続出した。


「人形の言ったルールどおりにやるべきじゃないか?」

「同じ扉から脱出したら、たぶん金は没収される」


 そんなたぐいの意見。


「待てよ、上手くやっても金が手に入る保証はないぞ」

「現金やこれだけのシステムを用意したんだぜ。たぶん、本当にもらえる可能性が高いはずだ」


 たきがわが言った。ふくはらはそんな意見を言う彼らを見て、かんおぼえた。明らかに欲望に流されすぎている。もう少し、恐怖や不安が高まってもいいはずだ。現に福原自身、このシチュエーションに足がふるえつづけている。それとも、彼らは恐怖から目をらすために、あえて現金げんなまという現実感に身をゆだねているのだろうか。

 恐怖と欲望。そんな感情が振り子のように揺れている。揺れはじよじよに大きくなっていくような気がした。この状況設定がそうさせているのかもしれない。

 議論は続いている。上手うまくプレイヤーを分配し脱出をするべきか。それとも、脱出だけを最優先にすべきか。

 この時点では皆は協調していた。協力して脱出をすべき仲間だからだ。同じきようぐうおちいった者どうの連帯感。


「ねえ、もう一回、ここに来た経緯いきさつを思いだしてみようよ」


 高校生のなか西にしが言った。しかし、しゆんに否定される。


「そんなゆうちような時間はねえ。もう十五分もってる」


 滝川が時計を指差した。針は四分の一を回っている。


「とにかく、プレイヤーを分けて、このターンテーブルの上に乗ればいいんだよな。そして、カードのスイッチを押す。六人以上がイエスにタッチすればいい」


 なかがAのドアの前に立ちつぶやいている。そんな田中を見て、福原は気づいたことがあった。


「それ……」


 福原は田中の胸を指差した。田中は指示どおりにカードを左胸にそうちやくしている。


「なに?」

「そのカードの数字」


 田中のカードには、皆と同じようにイエスボタンと、その上に1という数字が表示されている。


「1の意味はなんなんだと思う?」


 福原は自分のカードも見せた。やはり1と表示されている。


「……私は2ってあるけど」


 カオルがカードを提示した。彼女のカードには2と表示されている。


「私も」


 もカードを見せた。2と表示されている。


「性別なのかな?」


 田中が周囲のカードを調べる。確かに男性には1が表示されている。


「私はゼロだけど」


 言ったのはまいだった。カードには0が表示されている。

 福原はじっと舞を見た。分類するなら彼女も一応女性のはずだった。


「性別じゃねえな。これが、ナントカ要素じゃねえのか?」


 たきがわがカードの数値を調べながら言った。

 皆で全員のカードを調べてみる。1が一番多かった。八人の男性すべてが1を持っていた。女性の三人のうち二人が2、一人がゼロ


「これでわかった。この数値がプレイヤー要素なんだよ」


 なかがうなずいた。


「これを分けるってのか?」

「そうだよ。数字を全部足すと──12になる。だから、正解はカードの数字を分けるんだよ。カードの数字の四分の一を持っているプレイヤーがAのドア。二分の一がBの扉……」


 田中はそう言ったあと、はっと口をつぐんだ。それに気づいた周囲の人間も同様だった。おんな空気が流れた。

 ふくはらもとっくに気づいていた。

 その分配方法が正解だとすると──だれかがここに残らねばならない。この部屋に。

 この場所に残っていたプレイヤーがいた場合、その中のプレイヤーの一人が首をられてしまいます。

 そんなペナルティーを受ける人間が出現する。

 沈黙する部屋の中で福原は必死で計算をした。あせる気持ちを落ちつかせて考える。二分の一の6はBへ。四分の一の3はAへ。そして残るのは3。

 残る可能性のあるのは、3というプレイヤー要素。つまり、合計3となるカードを持っているプレイヤー。二人か三人だ。1のカードが三人で3を満たす。1と2のカードの二人で3を満たす。

 気づいた。それプラスゼロのカードを持ったプレイヤーが加わることもできる。0は要素を増やすことはないからだ。つまり0はどこでも選択できるカードだ。

 思った。そんな死の可能性があるなら、とにかく脱出だけを優先するべきだと。首を吊られるという明確なペナルティーていはあるが、分配に失敗して脱出した時のペナルティーの提示はない。ただ金を失うというだけだ。その金だって、もともと自分の物ではないのだ。

 顔を上げると、いまだに部屋の空気はよどんでいた。お互いに視線をからませ様子をうかがっている状態。


「脱出優先だよ。じゃないと、だれかが首を吊られる危険をおかさなきゃならない。考える必要はないじゃないか」


 福原はそう言った。この部屋での正論。正義ある発言だった。それが選択すべき正解であるはずだ。


「確かに」


 田中がうなずいた。周囲の人間もあいまいながらもうなずいている。福原はそんな彼らの態度に顔をしかめた。この状況で脱出に迷う必要などないはずだ。


「じゃあ、早く脱出しよう。みんな同じドアからがいい。いつしよに行動したほうが安全だろ」


 ふくはらはまくしたてた。


「待てよ、まだ時間はあるんだ。いろいろしんちように調べたほうがいいに決まってる」


 福原の意見をたきがわが制した。見ると針は二十分の位置だった。確かに調べる時間はまだあるのだが。


「早めに出たほうがいいんじゃないか。だれかに危険が及ぶことはけないといけない」


 福原は言った。当然の主張だ。タイムリミットがある以上、少しでも早く行動することに越したことはない。そんな意見に周囲はうなずいている。正当な意見を言う福原を評価している。そんなふん

 同時に妙な空気も感じた。かん。他人と違う場所にいるようなそんな感覚。このような違和感は、どこかで感じたことがあったように思えた。

 福原ののうに、ふと浮かんだシーンは教室だった。クラスメイトと笑顔をかわしつつも、違う場所にいるようなそんな違和感。


「まあ、彼の言うことももっともだよ。できるだけ調べてから脱出したほうがいい」

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